ー13ー
親父が、エレイン様と俺を守って、どれ程壮絶な死闘を繰り広げたかが、化け物の姿に刻まれていた。身体中至るところが、噛まれ喰い裂かれた傷で血塗れだ。その上、親父の太い首には、真っ赤なチョーカーのように掻き切った深い傷痕が付いている。恐らく、自らが怪物と化さないよう、首を切るつもりだったに違いない。死にきれない内に、化け物に変わってしまったのだろう。
親父の無念を思うと、胸が潰れそうだ。
「親父ぃ!」
「ウグ……グルル!」
堪らず叫ぶも、白濁した瞳に映る俺は、ただ襲うべき獲物にしか見えないのだろう。悔しさに唇を噛む。
剣を構えるが、迷いに手が震える。親父が、一歩間合いを詰めてくる。駄目だ、足が――動かない。
「ガァ……グガァ……」
ブンッ、と右横から鋭いフックが飛んできて、剣で防ぐも、壁まで弾かれた。衝撃で、壁際の食器棚が倒れた。
「――ってぇ!」
相手は親父だ。親父だけど、化け物だ。情に流されたら、殺られる。
首を振って、もう一度剣を構えた。
右に走る。回り込んで、切りつける。が、体を避けながら、片腕で柄の近くを叩くようにして防ぐと、左の拳が死角から現れた。早い。何とかかわそうと身を捩ったが右肩を打たれ、再び背中から壁に激突した。一瞬、息が詰まり、咳き込んだ。
呼吸を整える間もなく、目の前まで迫って来ている。噛まれることを恐れないのなら、懐に飛び込んで腹を狙いたいのだが、それは難しい。
迷う暇はない。ギリギリまで引き付け、斬りかかると見せつつ、素早く親父の股下を潜り抜け――ようとしたが、左の足首を掴まれてしまった。グイと持ち上げられ、宙吊りになる。噛み付かれる前に、必死で顔面を蹴り付けた。ガキッ、と顎に入った感触がある。足首を掴む力が緩んだ隙に上体を捻り、剣を突き立てる。
――バンッ!
「ぐっ!」
剣先を左腕で食い止め、親父はブンと俺を投げ飛ばした。柄を離さないよう両手で握って死守するも、全身を床に強く叩き付けられた。
「流石、強ぇな……」
呟いて起き上がる。顔を歪めた親父が、ズンズン近付いてくる。体力は敵わない。動きを封じなくては。
床に剣を突き立てる。柄を踏み台に飛び上がり、天井すれすれまで跳躍する。突っ込んできた親父の頭上を超え、背後に下り様に短剣を抜くと、後頭部目掛けて思い切り突き刺した。ズブリと深く、項辺りに根元まで刃が刺さる。
「ガアァァァ!」
着地して振り向く。親父は仰け反り、両手を伸ばして短剣を抜こうともがいている。
ダッシュして回り込むと、床から剣を抜き――腰を低く落として、渾身の力で足に狙いを付けた。
グシュッ!
「ウグアァァァ……!」
右足が膝下から離れ、グラリ傾いた身体が、ドウと仰向けに倒れた。
「親父……ごめんなっ!」
その瞬間を逃さず、彼を見下ろす格好で、真上から剣を降り下ろした。
「アグ……ゴブ……ッ」
伸びた右手が、俺の脛を強く掴む。噛みつこうと大きく牙を剥いたが――その形相のまま、首だけゴロリと転がった。
「……畜生……親父ぃ……」
涙が溢れる。固く握られた脛から、食い込んだ太い指を1本ずつ外していく。これが、親父に触れる最後だ。剣を背中に収めて短剣を回収し、腹の底から溜め息を吐いた。
――シュッ……
小さな影が、滲む視界を掠めた。涙を拭い、消えた先を追って、愕然とする。塔へ続く扉が半開きになっている。
「嘘だろ!」
椅子を掴むと、慌てて扉の中に駆け込んだ。これ以上、外から化け物が侵入して来ないよう、ノブに椅子を噛ませてストッパーにする。気休め程度だが、時間稼ぎにはなる筈だ。