ー10ー
別館への通路まで、あと少しなのに、化け物に囲まれてしまった。3対1、しかも、そのうち1体は、勇猛果敢、数々の武勲を挙げたエルマッハ隊長だ。
首まで鎧に被われているが、顔中血がこびりついている。その中でも左耳の辺りが特に酷い。恐らく、化け物に喰い千切られたのだろう。
「……私を下ろしなさい」
状況が見えているのか、エレイン様が身を捩る。
「ダメです。貴女は、俺が護ります」
部屋の隅に、三方からジリジリと追い詰められている。
「お前、剣術は素人でしょう。力任せで倒せると思うの?」
「命に代えても護ると――誓いましたから!」
スッと身を屈め、跳躍する。天井と化け物の間ギリギリをすり抜けて、背後に回ると同時にターン。小柄な1体が振り向く前に蹴り飛ばし、ヒョロリと細い、もう1体の首をはねた。
「うぐ……っ!」
死角から、エルマッハ隊長の拳が飛び、壁に叩き付けられた。咄嗟にエレイン様を庇ったので、剣を持つ右腕から当たり、ビリッと痺れが走る。
「馬鹿者! 下ろせと言ってるでしょ!」
「だからっ! 下ろしませんってば!」
歯を食い縛り、剣を構える。真っ向から斬りかかっても、鎧が邪魔だ。エルマッハ隊長を凝視する。どこだ――どこかに弱点がある筈だ。
「……そうか」
確りとした足取りで、真っ直ぐに向かって来る。白濁した瞳を剥き出し、口の端から泡を吹きながら、それでも獲物を喰らわんとする一念のみで。
やや腰を落とし、剣を横に構える。
「ガゥ……グウゥ」
呻くと、エルマッハ隊長の両手が伸びてきた。捕まえんと広げた掌も鎧で防御されているが、剣を当てると反射的に握った。その瞬間、柄を離し、短剣を抜き、化け物の両眼を真横に切り裂いた。
「グルルァ!」
ヤツの顔面から血飛沫が迸り、剣を捨てて叫びながら両手で顔を覆う。素早く短剣を収めると、床に落ちた剣を拾う。化け物は、顔を押さえたまま頭を仰け反らせて呻いている。両腕の間に見える喉を、下から突き刺した。
「……ゴブッ」
喉を突き上げた剣の先は、ヤツの脳天まで貫いた。ピクリ、動きが止まる。力の限りに引き抜くと、ゆっくりと後ろに倒れた。ガシャンと大きな音を立て、隊長は動かなくなった。
化け物は、まだ残っている。一番小さな1体だが――。
「ヴィル!」
部屋の隅に蹴り飛ばした筈の1体が、いつの間にか背後に回っていた。エレイン様の声に振り向くと、既に飛び掛かって来ている。ダメだ、間合いが近すぎる――剣が間に合わない、噛まれる!
パァン……!
銃声に続いて、化け物が真横に吹き飛ばされ、グシャリと床に落ちた。頭部を撃ち抜かれ、痙攣している。
「油断するな、ヴィル!」
「親父……」
別館の通路の方から、短銃を手にした親父が現れた。
「エレイン様、お怪我はございませんか」
「……ジャレンか」
身を捩った彼女を下ろし、腰を支える。
俺達の前まで歩み寄ると、親父は跪いて一礼した。
「お約束のものは、塔に運んでおります」
「そう……ご苦労でした」
エレイン様は右手を伸ばすと、親父の頭に軽く触れた。無表情ながら、穏やかな眼差し。満足しているらしい。
「グゥ……ガアァ……」
静寂は刹那だった。
直ぐに、ライトウィングの廊下から化け物共の唸りや呻き、生臭い気配が集まってきた。
「早く、別館に行け。ここは、私が抑える」
「……だけど」
多勢に無勢、銃弾が切れたら――切れたら。
「早く行け、ヴィル!」
俺の迷いを断ち切るように、親父は言い残すと廊下に踊り出た。恐らく、これが最期になる。分かってる。でも。
「エレイン様、失礼します!」
再び彼女を担ぎ上げ、親父とは逆の別館の通路に駆け出した。通路の扉を開けた時、数発の銃声が聞こえた。




