石田長道 その3
―石田長道 その3―
僕達は、松尾さん達が騒ぐ酒場の向かいにある建物の屋根に腰下ろしていた。
マリユカ様は楽しそうに足をプラプラさせて酒場を見下ろしている。
そのマリユカ様を挟むように、僕と大海姫さんは呆れ顔だ。
デルリカにチュッチュする松尾さんを眺めていた。
あ、ここで始めちゃうの?
嘘でしょ、人目を気にしないにも程があるでしょ・・・。
微妙な気持ちの僕達。
さすがに松尾さんの行動に、大海姫さんも目から光が失われた顔で呆れている。
そんな中、空気を読まないマリユカ様は、僕の顔を見て大きく口を開く。
そろそろ僕もなれてきたので、落ち着いて手に持ったトレイの上にある歌舞伎揚げを放り込んであげた。
嬉しそうにバリバリ食べるマリユカ様。
なんだろう、小動物に餌付けしてるような癒しの気持ちになれる。
まだマリユカ様は口をあけて催促してきてないけど、僕はもう一枚歌舞伎揚げをトレイからつまむとマリユカ様の顔前に持っていった。
パク
小鳥が餌に食いつくように僕の手から歌舞伎揚げを食べた。
ああ、癒されるなあ。
もう一枚あげようと思ってトレイに手を伸ばそうとしたら、大海姫さんがそんな僕に声を掛ける。
「長道君、マリユカ様の可愛さに現実逃避してていいの?アレ、どうする。これじゃ一日で終わっちゃうよ。マリユカ様に怒られるぞー。」
「え、怒られる・・・、あ、そうでした。ホントどうしよう。まさかアレほどまで危険な方向に一直線にいくとは思ってませんでした。」
そう、松尾さんはまるで攻略ルートを知っているんではないかと思うほど、精密にバッドエンドに向っている。
逆に凄い。
絶対やらないだろうと思って保険で入れておいた「人目のある場所での乱交」や、「ベルセック伯爵フラグ」まで<魅了>で回収するとは思わなかった。
でも最期の分岐ルートだけは絶対大丈夫だと思う。
大海姫さんは、無責任にからかう様に僕に聞いてくる。
「大丈夫なの? いや私はむしろ最悪ルートに進んでくれたほうが楽しいけど、長道君は回避したいんでしょ。」
「まあそうですけど。ですがここまで欲望の権化だったからこそ、最期のフラグは立たないと思っているんです。最期のフラグは『手放す』事ですから。」
それを聞いて、夜風に水色の髪を揺らすマリユカ様が驚く顔でこっちを見る。
「長道・・・、まさかと思いますが、今ネタバレしてますよね。」
あ、しまった。
ヤバイと思って急いで大海姫さんを見直すと、慌てて遠くを見て口笛を吹きはじめた。
ズルイこの天使、誤魔化して自分だけ逃げるつもりか!
もういちどマリユカ様を見る。
大海姫さんとの会話で、バッドエンドまであと一手まで来ているとネタバレをされてしまった事に気づいて怒っておる。
頬っぺたをプクーと膨らましているのは可愛いけど、実際は僕は絶体絶命なんじゃ。
一か八か、僕はマリユカ様のバカっぷりに掛けてみた。
そっと歌舞伎揚げをマリユカ様の口の前に差し出す。
パク
バリバリ
飲み込んだのを確認してもう一個差し出す。
パク
バリバリ
そこでトレイの上においてあったポットから紅茶を入れてマリユカ様に差し出す。
無表情でそれを受け取ったマリユカ様は紅茶を飲むとニカーと笑った。
お菓子を食べて怒りを忘れてくれたようだ。
ふう、マリユカ様が無邪気なバカで助かった。
マリユカ様が一旦落ち着いたのを確認したとはいえ、まだ終わっていない。
ココから本番。汗ダラダラで口から出まかせを言ってみる。
「す、すいません。実はココから趣向変えようと思いまして。」
「趣向?変えたら面白いのですか?」
よし、ギリギリ聞く耳を持ってくれた。
「はい、ここからはむしろフラグの内容を知っていたほうが手に汗握ると思います。」
「ふーん、詳しく言ってみてください。」
「はい、さっきの話で予想がつくと思いますが、後一つフラグが立てば松尾さんはバッドエンドに突入します。そのフラグを回避するかしないかが今回の見所です。」
内心、冷や汗ダラダラさせながら言ってみた。
マリユカ様は少し考えると僕の肩をタンと叩いく。
え、それはどういう意味?
焦っているとマリユカ様はニマリと微笑んだ。
「緊張感も楽しめるってわけですね。さすが私のディレクター。良い仕事していますよ。」
ふうううう
良かった、誤魔化せた。
無責任に、向こうで大海姫さんも「さすが!」とか気楽に言っている。
なんかイラっとくるな。
夜風に揺れる銀髪の長いツインテールが可愛いから許すが、次は無いからね。
気を取り直して、もう一枚歌舞伎揚げをマリユカ様の口に放り込んでから説明を続ける。
「バッドエンドへのフラグは全部で15。人の心が有ったら行わないであろう15の鬼畜所業を行ってバッドエンドとなります。それをたった一日でリーチまで進めたのは驚きで一杯です。」
「はい、松尾の鬼畜っぷりには驚きました。」
「ですよねー。で、フラグの最期の一つなのですが、それは<魅了>で手に入れた女性を捨てることです。<魅了>で心を縛って置きながら捨てるという所業はあまりに残酷です。今後、その15番目のフラグを彼が立てるかどうかを見つめるのが緊張感があって面白いと思うのです。」
そして忘れず愛想笑いを付け足した。
するとマリユカ様がなんとも言えない微妙な表情で微笑み返してくる。
「折角の長道の趣向ですが、どうやら松尾では意味が無かったようです。」
言いながらマリユカ様は酒場を指差す。
すると、松尾さんが必死にすがるお婆さんを引き剥がして、道にポイ捨てする姿があった。
え?
・・・・・・
おおおおおおい!松尾おい!
一日でフラグ全回収とか、どんだけ鬼畜なんだよ!
僕は驚きで口をパクパクさせてしまう。
その僕の口にマリユカ様は、同情をこめて歌舞伎揚げをつっこんできた。
「長道、あなたの善良さで他人を測れば、かなりの人が鬼畜です。なんといいますか・・・ドンマイ。」
怒られないのが、むしろ辛かった・・・。
だが、本当に辛いのは松尾さんだ。
これから最高神と大天使が楽しみにしていた、バッドエンドが始るのだから。