吉田保 その11
急いで吉田保編を進める予定です。
―吉田保 その11―
私は目を覚ます。
周りを見ようとしたが首が動かない。
白い殺風景な天井だけが見える。
ベッドも硬くて上質とはいえないところをみると、自室と言うわけではなさそうだ。
「誰か…居ないのか…?」
声を出すが掠れて上手く喋れない。
そうとうぐっすり寝ていたようだ。
私はどうなったのだろうか?
最後の記憶は、大量の水に押し潰されたところで終わっている。
死んだと思ったのだが、生き残ったのか?
だが背骨が折れて、水圧で砦の三階から投げ出されたはず。
生きているとしたら、奇跡的ではないだろうか。
「お、気づいたのかな?」
女の声がした。
そして、私を覗き込む。
銀色のツインテールの女。
大海姫だった。
どうやらココは地獄らしい。
「私はお前に殺されたのか?」
すると大海姫の後ろから若い声が聞こえた。
「いや、ギリギリ助かっているよ。」
私を覗き込んできた青年は、砦で出会ったスパル君だ。
「君も助かったようだな。なによりだ。」
「ああ、あんたが突き飛ばしてくれたお陰でなんとかな。」
「そうか、それなら良かった。」
そして一呼吸おく。
気が重いが聞かなければいけないことがある。
スパル君にユックリと尋ねた。
「それで、今回はどのくらい犠牲者が出た?」
辛そうに目を閉じた後、スパル君は重々しく口を開く。
「785人…砦に居た半分が死んだ。…申し訳ないことをした。」
私は視線を大海姫に移す。
「何故殺したのだ?お前は大天使なのだろう。」
その言葉にスパル君は驚いた声で大海姫を見る。
そうか、君は大海姫を人間だと思っていたのか。
驚くスパル君を無視して大海姫は、すこしイタズラを反省した程度の表情をした。
「連中は運がなかったのさ。マリユカ様の思惑に逆らった行動してしまったからね。私は大天使だからこそ天罰を落とすのさ。」
「説得すればよかっただろう。」
「多分出来なかったね。運悪く世界の生贄の役目を演じてしまっているなんて、どうやって理解させるのさ。私がやらなければマリユカ様(世界)の意思で滅んだだろうよ。だが私が代理で罰を落とせば
それで終わる。タモツは勘違いしているようだが、私が天罰を落としたから半分も生き残れたんだよ。」
その言葉に違和感を感じた。
大海姫の言葉を信じるならば、砦での殺戮は砦の連中を助けるために行ったように聞こえる。
「生贄?あの人の良さそうな女神がそんなものを求めるとは思えないが。」
「歴史への生贄だよ。アンタが求めた選挙と言うものは無血で貴族制度と対抗できるものじゃないだろ。それともあんたの世界では血を流さずに貴族制度と民主主義は共存できたのかい?」
そこまで聞いて、私は背筋が寒くなった。
私が思い出した地球での選挙への道筋は血塗られた道だったのだから。
日本では選挙の歴史は2000年以上前のギリシアが起源だと習う。
そんな民主主義の大先輩であるギリシアでも、本当の意味で平民まで選挙権が降りてくることはなかった。
奴隷をこき使う特権階級の多数決だったので、今我々が思うような民主主義とは程遠い。
それと、余談だが実は日本の民主主義はまったく別系統で民主主義にたどり着いたイギリスの流れだ。
そのイギリス議会は700年の歴史を持つが、それは議会をめぐる血の歴史でもある。
イギリスでも選挙が、本当の意味で平民に降りてくるまで600年かかっている。
その間は、何ども反乱による為政者の討伐が行われ、少しずつ民主的に変化していったのだ。
民主主義をポンと与えられて成功する国が登場するのは本当に近年からだ。
呑気な日本ですら、じつは選挙を手に入れるまでは殺し合い歴史だ。
そのような血を流しながら作られた歴史を、日本の内政知識を利用して早足で進めようとしたが、そのために今回の内乱を『引き起こしやすい土壌』を作ってしまったのだろうか?
私は、おそらく青い顔をしているだろう。
大海姫を見ると、いたって真面目な顔で私を見下ろしていた。
「大海姫よ、今回の犠牲はどのような意味を持つのだ?」
「あんたの新しい行いについていけない人間が淘汰された。これで少しだけ社会にアンタのやってきたことが馴染むよ。領民達には望んでもいない改革を押し付けられたと思っている連中も多い。今幸せな連中に改革は不安要素でしかないからね。そんな旧勢力が少し減ったんだ。歴史のコマが少し進むことになる。」
私は、領民を見ていなかったのだろうか。
そして、今回の700人以上の犠牲者を出した責任は私に有るという事なのだろう。
恐ろしい。
為政者の責任と言うのは、本当に恐ろしい。
「大海姫よ、もう一つ聞きたい。もしも私が改革を推し進めなければ今回のような犠牲者はでなかっただろうか?」
「出るに決まってるじゃん。むしろ今回は何百年もかけてコツコツ犠牲者を出すよりも、破格な少なさで済んでいるよ。それは私が保証する。人間同士で殺しあうよりもはるかに少ない犠牲だったよ。それは本当に保障するよ。」
そこでスパル君が補足をしてくれた。
「タモツ様、あんたは魂が異世界人らしいから知らないだろうけど、マリユカ様が邪魔者に与えるのは滅びだ。それではあまりに熾烈なんで代理で罰を与えて最小の被害にしてくれるのが大海姫様なんだ。だから大海姫様の罰は、どれほど酷く見えてもありがたい罰なのさ。マリユカ様のご意志で下される神罰よりも、はるかにユルイ罰だからな。」
そうか、大海姫は仏教でいう明王みたいな存在なのだろう。
だから恐ろしい奴ではあるが『大天使』なのだな。
悪名を被ってお役目を全うするから、ナガミーチ殿はあんなに親しくしているのかもしれない。
なるほど、納得がいった。
モノを知らない領民が今回は沢山犠牲になった。
だが、賢くない領民を安心させることをしなかったのは私の責任だ。
ならば私も、汚名を着る事を恐れてはいけないだろう。
私に悪態をつかれながらも、困った私を助けてくれたナガミーチ殿。
世界から恐れられてもお役目を全うする大海姫。
この2人を見ている私が、汚名を恐れるなど恥ずかしいではないか。
「ビレーヌを呼んでくれ。大事な話がある」
10分ほどでビレーヌは私のベッドの脇に来た。
後ろには、サビアン嬢、ジリアン君もついてきている。
「お義父様、意識が戻ったのですね。」
「ああ、心配かけたな。そこでお前に大事な話がある。ついでに若い貴族達にも聞いて欲しい話だ。」
四人は顔を見合わせて、真面目な顔で私に向き直る。
ビレーヌは恭しく礼をした。
「謹んでお伺いいたします、タモツ公爵閣下」
「まずは、爵位をビレーヌに移譲する。そして、焦らず民の平和に必要な事を勧めてほしい。」
その言葉に、みなが一瞬緊張した。
だが構わず私は続ける。
「それと、動けない私を向こう一ヶ月毎日広場に送ってくれ。そこで私に石を投げようが私を殺そうが、それは一切の罪を問わない事とする。もちろん送り迎え以外の警備は不要だ。」
「お義父様、それはなりません。反乱が出たような領です。危険すぎます。」
「だが、私に罰を与えたならば、民からのビレーヌへの反感は減るであろう。それで領の運営が楽になるのであるなら私の身の危険なぞどうでもよい。」
「お義父様…」
「それと、若い貴族達にも一緒に覚えておいて欲しい。民は貴族の庇護下で生きるが、貴族は民の血を吸って生きている。どちらが偉いわけでもなく、お互いがそれぞれの役目を負っているに過ぎない。それを忘れず、民を幸せにすることに責任を持って欲しい。それをわが義娘に望むとな。」
ジリアン君が、私に近づき恭しく頭を下げる。
「アナタを誤解して過ちを犯しました。よろしければ僕はこれからどうすればよいかご意見をいただけないでしょうか。」
真っ直ぐな瞳だった。
剣は弱いが、心根は素晴らしい若者だ。
この様な若者が公爵と言う高い地位に居ることが嬉しくなった。
おもわず微笑がこぼれる。
「ジリアン君。失敗は決して取り返せない。人の命を償うことなんて出来るはずもない。
だからこそ為政者は怖いのだ。それでも時には兵士に死を命じないといけないときもあるだろうし、一部の民を切り捨てた政策を行わないといけないときもあるだろう。
それらは決して償えない。それでもそれから逃げずに背負って、少しでも多くの民を幸せにしないといけない。
だから為政者は恐ろしいのだよ。
もしも我ら為政者に償いができるとすれば、それでも折れずに、全力で考えて、汚名を着てでもよりよい政をすることだろうな。」
ジリアン君は涙を流しながら頷いた。
この国の将来は有望そうだ。
そして3日後、私は王城に行った。
どうにか上半身だけは動けるようになったが、背骨が折れたせいか下半身はもう動かない。
車椅子で王前まで行くと、爵位の譲渡を行う。
申し込みから三日で用意が整うというのは、異例の早さだ。
それだけ、今回の騒動は王都内でも話題だったのだろう。
爵位の譲渡を終え、場を離れようとするとミラーズ王子が歩み寄ってきた。
「タモツ卿よ、話によるとこのあと広場にその身を晒すというが本当か?」
「はい王子殿下。反乱を招いたことへの責任をとりたく思います。」
「死ぬぞ。」
「覚悟の上です。」
王子は、かたく私の手を握り頷く。
「そのような貴族の覚悟もあるのだな。卿にはイロイロ学びたかった。」
「もったいないお言葉です。」
礼をしてそっと場を辞する。
何事もなく王宮を出る。
私の車椅子を押すビレーヌは苦しそうな表情になった。
「本当に行かれるのですか?」
「私の最後のわがままだ、どうしても聞いて欲しい。」
「…わかりました。お義父様にマリユカ様のご加護があらんことを。」
その足で馬車に揺られて我が領の中央広場に着く。
すでにこの数日、私がここで一ヶ月は復讐や制裁を受け入れることは告知済みだ。
広場に降り立って、ビレーヌは泣きそうな顔で一礼すると、馬車で去っていった。
さて、私は何時間もつだろうか。
すぐに屈強な若者が、手に武器を持って私に近寄ってくる。
これは意外に早く終わるかもしれないな。
すると若者達は私の前で足を止めると私を囲んだ。
「公爵様、俺達は難しいことは分からないがアナタが俺達の為に一生懸命頑張ってくれていたことは知っている。公爵様を襲うのが自由だっていうなら、公爵様を守るのだって俺達の自由だろ。」
わたしは意外な展開にポカンとしてしまった。
すると、特別体が大きい若者が一歩出る。
「そうだよ公爵様、俺の親父は砦で公爵様に攻撃したのに、公爵様から『早く逃げろ』と言われたお陰で大海姫様の罰から逃げられたって感謝していた。そんな領民想いの貴族様なんて他にいねえですよ。俺は死んでも公爵様を守るから安心してください。」
わたしは少しずつ現状を理解してきた。
見ると、ドンドン人が集まってきて私を囲んでくる。
みな、私を守ってくれるのか?
涙がでてきた。
「ありがとう。みんな本当にありがとう。わたしは領主として君達が一番の自慢だ。」
自分がやってきたことが、これほど報われたと思う瞬間を私は知らない。
生涯で、これほど感動したことはなかった。
それから毎日、彼らは私を守ってくれた。
一ヶ月のあいだ、3回ほど襲撃があったが全て撃退される。
その間、私はできるだけ皆に声をかけた。
そして私が知る限りの、様々な知識を与えようと努力したのだ。
この時間を無駄にしたくなかった。
すこしでも守ってくれる彼らの役に立とうと思う。
それなら、私には彼らに知識を教えることしか出来ないとおもい、必死で私の全てを伝えようと努力したのだ。
そうして一ヶ月たち、私は贖罪を終えた。
久しぶりに屋敷でユックリしている。
さて、役場にでも行ってみようか?
そう思っていると、ナガミーチ殿と大海姫が屋敷を訪ねてきた。
「おお、ナガミーチ殿。よくいらしてくれた。」
「お元気そうで何よりです。」
スグに座ってもらい、メイドにお茶の用意を頼む。
するとナガミーチ殿は私に申し訳なさそうな顔をした。
「先月の反乱は僕自身もうっかりしていました。歴史の早回しの危険性を理解していなかったのです。本当に申し訳なく思っています。」
「ナガミーチ殿が謝ることではありません。」
するとナガミーチ殿は少し言いにくそうにして、モゾモゾと口を開く。
「それと…じつは最初に騙してしまったのですが、僕は天界でお会いした長道です。あの時は本当の事を告げると悪い方向に回るのではと思い嘘をつきました。申し訳ないと思っています。」
それを見て大海姫がニヤニヤ『ホントの事を言う必要なんてないのに、お人よしだねー』と小声で言いながらナガミーチ殿の肩を抱いた。
ホント、お人よしな人だ。
「いえ、今ならあの頃の私には嘘が必要だったことはわかります。管理者側なら当然なことです。気にしないでください。」
私の言葉に、ナガミーチ殿は表情を明るくした。
賢者のクセにお人よしか。
面白い人だ。
すると大海姫が私を見る。
「そうそう、タモツ。お前のその体はもう限界そうだから、おそらく明日の夜には死ぬ。明日中にでも異世界に帰ったほうがいいかもしれないな。」
「は?どういうことだ?」
「聞いたまんまだよ。お前のこの世界の寿命は砦で一気に減ってしまったんだ。奇跡的に助かったがあと二日だ。長道君がどうしても伝えたいって言うから今日はそれを言うために来たんだよ。」
本当なのかと思いナガミーチ殿を見ると、辛そうに唇をかんでいた。
なるほど真実か。
ならば、遺言を残さないといけないな。
私は執事のドルマンを呼び、明日に急遽人を集めるよう手配を頼んだ。
お読みくださりありがとうございます。
デルリカ「ところでナガミーチはいつマリーと結婚するんですか?」
ナガミーチ「え?そんなイベントは生涯ないと思いますよ」
デルリカ「まさか大海姫様狙いですか?それとも意外なところでビレーヌ様狙い?」
ナガミーチ「どっちもないですね。」
デルリカ「っということは…、まさかワタクシ狙い…ですか?」
ナガミーチ「それが一番有りませんよ。マジ絶対ないです。」




