吉田保 その4
―吉田保 その4―
ナガミーチ殿が使用人の再募集を行ってくれているので、私は代官の元に向う。
当領の代官はドルマンという60歳を超えた男で髪もひげも白い。
はやく若者に変えてリフレッシュしたいところだ。
「ドルマン、私が指示した懸案についてはどうなっている。」
目の下に隈をつくったドルマンはノロノロと私のほうに来た。
「公爵様。とてもではありませんが、これほどの仕事を同時に命じられましてもこなせません。せめて去年の資料の作成だけでも一旦中止させていただけないでしょうか?」
ちっ、使えない役人どもだ。
「わかった、では去年の資料作成の期限を半年先まで猶予をあたえる。で、選挙の用意のほうはどうなっている?。」
「はい、まずは領地を100に分けて、選挙の立候補を募集しております。」
「どのくらい集まった?」
「・・・0人で御座います。」
まあ、まだ締め切りまで一週間ある。慌てないでいいだろう。
「では昨日の目安箱はドコにある。開封する。」
「それでしたらコチラに。」
案内されて鍵を開けて中を見ると、一つも投函されていなかった。
「誰か勝手に開けたか?」
「いいえ、回収したまま保管しております。」
なんと覇気が無い領民達だ。
では次は
「税制改革はどうなっている。税の取立てを半分にする通達はしたか?」
するとドルマンは言いよどむ。
「そちらは後回しにしております。半分の税で領が回るのか確認が出来ておりませんので。」
「言い訳はいらない。無駄を無くせばいいだけだろう。今日中に告知しろ。」
「・・・・はい。」
あとは医療などの福祉問題か。
「医療などの福祉の補助についてはまとまっているか?」
「いえ、それはまだで御座います。どのように補助金のやり取りをするかも決まっておりませんので。」
「その程度頭を使え、今日中に関係者を集めて方向を決めろ。」
すると、ドルマンの後ろから40代くらいの男が顔を出す。
代官の補助をしている、リンクだ。
「公爵様、なんでもかんでも今週中にしろだの、今日中にやれだの言われも無理です。しかも大雑把に指示をして細かい事はこちらに丸投げで、解決できないと馬鹿扱いするとか、いい加減にしてください。」
リンクを慌ててドルマンが制する。
「公爵様、リンクが生意気な事を申しまして申し訳御座いません。なにとぞご容赦を。」
しかし、仕事が出来ないことを棚に上げて絡んでくるようなやつは使いたくない。
「クビにしろ。新しい人材を広く募集して優秀なものを雇いたいな。今日中に告知を出せ。一ヶ月後に審査して、優秀なものを雇うようにしよう。」
そういって私は役場を後にする。
役場は屋敷から馬車で5分ほどなので、日に1~2回は顔を出す。
それでも問題ないだろう。
次に、私は自ら目安箱の前に行った。
少し離れたところから、そっと監視してみる。
まず気に入らないのは目安箱の横には誰も番人が居ない。
ばか役人どもめ、もう決めたルールも守れないのか。
見ていたら、銀髪ツインテールの大海姫がニヤニヤしながら投函していった。
どうせ碌な内容ではあるまい。
つぎにデルリカも何かを投函していた。
一日眺めたが、この2人以外は何も入れていなかった。
夕方近くになり、代官補助のリンクが目安箱を回収に来る。
すすとリンクは、その場で蓋を開け、投函された内容を読み出した。
『あいつ!何をしているのだ!。』
内容を確認した後、リンクは投函された紙を自分のポケットにいれて目安箱に鍵をして持ち帰ろうとする。
私は怒鳴りつけるために飛び出そうとした。
しかしそれよりも早く、ナガミーチ殿が彼を呼び止める。
そしてリンクがポケットに入れた紙を受け取り読み出す。
「はー、大海姫さんもデルリカさんも困ったものだな。もしも目安箱の中身の抜き取りが公爵様にバレたら僕の責任でこの紙を抜き取ったと説明してください。それで多少は僕とモメる事になっても公爵様とデルリカさん達がぶつかるよりはマシですからね。」
その言葉に対し、申し訳なさそうに頭を下げるリンクに手を振り、ナガミーチ殿は去っていった。
なるほど。国で有数の賢者か。
私の頭は急激に冷えた。
大海姫とデルリカが投函した内容は、間違いなく私を貶す内容だろう。
それを先に抜き取ってしまうことで、トラブルを防いでくれようとしているのか。
たしかに、昨日屋敷に死体が並んだのは私が投函内容に激昂して指示した結果だ。
あれが繰り返されないように、そっとフォローしてくれているのか?
なんとも虚しくなった。
役場に顔を出してから帰るか。
驚いた事に、役場に行くと去年の資料が出来上がっていた。
ところどころ数字や内容が抜けているが、それを『わからない』と割り切って制作を進めたという。
この『わからない』部分の確認で進まなかったらしく、それを『わからない』まま進めたことで素早く完成したという事だった。
恐る恐るドルマンがその資料を出してす。
わからない部分を飛ばすという、大胆な事をするのはこの連中の発想じゃないな。
さらに私のやりたい事をするためには、戸籍の整理が最優先だと言い出した。
医療の補助金の制度は、領民に戸籍の証明書を作成し、その証明書を利用して還付金とするのはどうかというのだ。
さらに還付金の割合は、税制改革の後に余力金を計算して行うべきだという資料を渡された。
そのために、今年一年は医者に患者と病気のデーターをとってもらう。
さらに税金を納める人間から『病院に行きたかったけど、お金の都合で行かなかった回数をアンケートをとる』をしてから決める必要があるとも言うのだ。
最速でも3年は期間が必要だと説明してきた。
そこからリンクが説明を引き継いだ。
どうやらこの先はリンクの担当らしい。
税の引き下げに関しては、2~3年の税の収支を計算し、30人程度の数字に強い専属チームが一年くらいかけて計画を練るべきだと言われた。
選挙も、戸籍を作ったあとで、人口分布を把握し、人口分布や地域性の差などを考慮して選挙区を分ける必要があると言われた。さらに選挙を運営する組織の計画と、議員選出後の給与や任期機関、不正に対する対応方の検討をする必要があるという。
選挙区も、25地域程度に分けて、中選挙区制から始めるほうがよいとも言いだしてきた。
その作業と平行して議会の建物の作成。議会を運営するスタッフの選出。それから議員がやるべき仕事の明確化。
それを踏まえたうえで、選挙による政治参加がどのような事かを人々に説明する必要がある。
だから、手際よく行っても2年は準備期間が必要だろうとも言われた。
人材の確保については確かに早めに行うことが必要だが、それを行うならば軽々しく税率の引き下げを告知すべきではない。優秀な人材には高い給与を払う必要がある。だからその人件費を削らないようにしないといけない。とも言われる。
その説明を聞いて、私は疲れたように椅子に腰掛けた。
周りの人間は緊張している。
だが、連中は言わないが私にはわかってしまった。
雲を掴むような私の指示が、いきなり整然と整理されすぎている。
しかも、私が指示もしていない『戸籍の整理が最初に必要』と言ってきたのだ。
これは、昨日までいなかった優秀な人間が、私が居ないうちに指示をとばしたとしか思えない。
賢者・大魔道師ナガミーチ殿
なるほど。王の周りの人間でさえ敬意を払うわけだ。
そして彼は昨日の約束の通り、どうやら私を助けてくれているようだ。
私は26年も国会議員をしてきたが、本当はまったく政治の仕方を知らないんではないだろうか?
与党の議員から、野党は何も仕事をしていないと言われた事があるが、これでは言い返せないではないか。
文句と反対ばかりして、予算の事なんて考えないで福祉をおし進めることしかしていなかった。
日本でもナガミーチ殿のような優秀な人材が、私のわがままを助けてくれていたのだろうな。
きっとベルセック家でもナガミーチ殿は見事な采配を振るっているにちがいない。
私の思いつきのようなアイディアを、軽々実現可能な状態にしてしまったのだから。
溜息が出た。
ここまで現場の変化を見てしまうと、急に現実を見せられた気分だ。
「わかった、では戸籍の整理を今年の最優先事項としよう。他の事に関しては後日に委員会を作り実現に近づけるので良いな。」
すると、周りの人間が安堵しているのが伝わってくる。
そのあと、屋敷に戻ると数人の使用人が働いている。
どうやら何人か雇い入れることが出来たようだ。
ナガミーチ殿は驚くほど有能な男だ。
私が馬車から降りて屋敷に入ると、執事1人とメイド3人がエントランスで出迎えてくれる。
「お帰りなさいませ、旦那様。」
何ともいえない気持ちになった。
するとナガミーチ殿がエプロンをしたまま出てくる。
「タモツさんお帰りなさい。新しい使用人の教育は僕の方で行いましたがよろしいですよね。食事が出来るまでサロンで待っていてください。」
そういうなりまた奥にいってしまった。
執事が私の荷物を受け取る。
「旦那様、本日より御雇い入れ頂いたドルマンと申します。代官のドルマンの息子でございます。今後ともよろしくお願いいたします。」
「うむ。宜しく頼む。」
すぐに3人のメイドも自己紹介をしてきた。
「うむ、よろしくな。ではみな仕事に戻ってくれ。」
四人は一礼すると足早にエントランスを去った。
今度は逃げられないうに気をつけなくては。
サロンに入ると、大海姫とデルリカがお茶を飲んでいた。
う、逃げたい。
しかしメイドが気を利かせて、席を用意してしまった。
しょうがないので、大海姫やデルリカと同じ席に座る。
するとメイドは顔を赤らめて微笑んだ。
「旦那様、究極淑女といわれるデルリカ様とお茶を飲めるなんて、さすが公爵さまですね。」
そう言いながらお茶を入れて、サロンの壁に立つ。
冷たい目でデルリカが私を見てくる。
「今日一日で、なにか変化はありましたでしょうか?」
恐怖で胸がどきどきする。
胃が痛くなりそうだった。
だが、どうにかお茶を一口飲むと深呼吸して落ち着いてみる。
「役場も屋敷も急激に進化したようだ。見事な手腕だ。ナガミーチ殿は当家に来て欲しいくらいだ。」
するとデルリカは、ほころぶ様に微笑んだ。
「ナガミーチはベルセック家のものです。王家にだって渡しませんわ。羨ましければご自分でナガミーチ並の人材をお探しなさりませ。」
その言葉に苦笑いが出た。
「ナガミーチ殿以上の人材などいるのですかね。彼の半分程度の優秀さであっても賢者と呼べる気さえします。」
するとデルリカは初めて、優しい微笑を見せた。
「分かればよろしい。」
そこに別のメイドが現れた。
「旦那様、お客様、お食事の用意が整いましたので食卓の方へいらしてください。」
呼ばれたので食卓に向う。
食卓には私達3人が座る。
「そういえばナガミーチ殿はどうしたのだ?この席で食べないのか?」
するとナガミーチ殿はひょこりと顔を出してきた。
「タモツさん、僕は使用人ですので普段は貴族の方と一緒にはお食事はしませんよ。あとで賄い(まかない)をいただきます。」
すると大海姫がナガミーチ殿を手招きした。
「じゃあアレやってよ。ひょいパクってするやつ。」
ナガミーチ殿が苦笑いした。
「マリーちゃんにするやつですか?子供じゃないんですから自分で食べればいいじゃないですか。」
「いいの。私達は普段は誰かの世話をするのが仕事だから、誰かに世話してもらうのが嬉しいんだよ。」
「ふーん、そんなもんなんですかね。」
そういいながらナガミーチ殿はスプーンで大海姫の口にスープを流し込む。
「うまい。そうそう。地上に降りている間は私も休暇みたいなものだから、サービスしてよね。なんせ私達は世界のために動いているんだから。」
「なんで僕が世界代表でサービスしないといけなんですか。はいパン押し込みますよ。・・・・ま、大海姫さんの事は嫌いじゃないから良いですけどね。そのかわり、あとでツインテいじるから。」
するとナガミーチ殿は私を見た。
「あ、それと申し訳ないんですが、また陛下に呼び出されてしまったので明日はココをたちます。何か困ったらまた知らせてくださいね。」
「そうか、ナガミーチ殿も忙しい身だからな。残念だがしょうがないか。そういえば一つ意見を聞きたいのだが良いかな。」
ナガミーチ殿は大海姫がイヤイヤしているのに、芥子漬けを口に放り込んでアゴを押さえながらコッチを見る。
「なんでしょう、僕に答えられることであれば。」
「うむ、じつは目安箱がまったく役に立っていないのだが、何故だろうかと思ってな。」
「ああ、それは当然ですよ。」
「え、当然なのか?」
「ええ、だって番人がいるのに自由に意見なんて入れられませんよ。
庶民は貴族のご機嫌を損ねることを恐れていますから、その意味で何を言っても大丈夫と言う『信用』を得るまでは誰も入れません。
まして今回は意見を唯一入れた大海姫さんとデルリカさんに兵を向けたじゃないですか。
それをみた人たちは、もう二度と絶対に意見は入れませんね。」
「だが・・・日本だったらもっと気軽に文句すら言ってくるぞ。」
すると、ナガミーチは大海姫が吐き出した芥子漬けを再度強引に口に突っ込んで、大海姫の口を手で押さえつつ答えてきた。
「でしたら、その日本の民はよほど為政者を信じているのですね。
文句程度をいっても絶対に領民を傷つけないという信頼があるのではないでしょうか?
だとしたら素晴らしい国ですよ。
民衆がいくら文句を言っても傾かない国なんて僕程度では信じられません。
どれほど素晴らしい執政が行われているのやら、想像もつきませんね。」
私は頭を殴られるような衝撃を受けた。
日本は駄目な国だと信じていた。
与党の政治は馬鹿だと思っていた。
しかし、この世界で私よりも遥かに優秀な仕事をするナガミーチ殿でさえ、日本を『信じられない』『想像もつかない』良い国だと言うのだ。
私は、自分がいた国が本当は凄い国だった事を少しずつ理解し始めた。
そうだ、考えれば愚かだった。
私は野党だったので日本はダメだといい続けてきた。
しかし、この世界に来たらココより日本の方が素晴らしいと疑いもしなかったではないか。
自分が恥ずかしい。
私も、私程度が何をしても壊れないと信じて、日本の政治を邪魔していた。
それが出来たというだけで、日本は凄い国だったのだ。
感傷に浸る私の前で、大海姫が泣かされていた。
「観念してください。ここの庭にあった死体を見れば大海姫さんとデルリカさんの仕業だってことはすぐわかるんですよ。これはその罰です。さあ飲み込め!」
ボロボロ泣きながら芥子漬けを口に押し込まれる大海姫を見ながら、デルリカは青くなっている。
当然次はデルリカが芥子漬けの刑なのだろうからな。
賢者・大魔道師ナガミーチ。
まるでこの2人のお母さんみたいな事をしている姿からは、その英知の深さを想像もできない。
お読みくださりありがとうございます。
デルリカ「イヤ!そんなもの突っ込まれたら壊れちゃう」
ナガミーチ「ぐわははは、抵抗は無意味だ。マリーちゃんで鍛えられたツッコミスキルを甘く見るなよ。」
デルリカ「いやあああああ。」
数分後
大海姫「うわー、デルリカちゃんが芥子漬けを口に突っ込まれたせいで、タラコ唇になりながらボロボロ泣いてる。レアすぎて面白い。」




