大田康子 その11
同時進行でこちらも書いています。
「イケメンスイッチ」
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―大田康子 その11―
カイルはフラフラと入ってくるとドアを閉めて、ご丁寧に鍵まで掛けた。
すると予想外の事を口に出したのだ。
「僕が殺してきます。お姉様達は相手の名前だけ僕に教えてください。マリユカ様の怒りは僕が受けます。」
驚いた。この子は何を言ってるんだ。
さすがにデルリカお姉様も驚いたらしい。
「カイル、あなたは何を言っているか分かっているのですか?マリユカ様に逆らうのですよ。」
だがカイルは落ちついていた。
「お姉様たちの敵は、たとえ神様でも僕の敵です。僕は最初にこのお屋敷に来たとき、絶対にいじめられると思っていたのですよ。ですがココは僕にとって優しい世界でした。デルリカお姉様もヤスコーお姉様も優しくしてくれて感謝してるんです。だからお姉様たちの敵は僕の敵です。たとえマリユカ様でも。」
カ、カイル・・・私達の事をそこまで想ってくれていたなんて。
私は本当はカイルの事もちゃんと見ていなかった。
申し訳ない気持ちで一杯だ。
デルリカお姉様は立ち上がるとカイルを抱きしめた。
「いいのよカイル。あなたはこのベルセック家をお願い。」
そしてまるで三日月のような口で笑い、手に斧を持った。
「そう、カイル以外は殺しましょう。全員。」
ダメだ、きっとお姉様は止まらない。
ダメだ、このままじゃお姉様が本当に消されてしまう。
斧を持って立つお姉様をそっと後ろから抱きしめた。
「お姉様、貴女に罪を被せられない。だから私が・・・。お姉様、今まで本当にありがとうございました。私の代わりに、かならず幸せになってください。」
お姉様はすごい顔で振り返ると私にしがみつく。
「何を言っているの!ダメ!いかないで、私が悪かったから。もう変な事言わないから!誰も殺さないからお願い、置いて行かないで。」
スイマセンお姉様、初めてお姉様の言葉を疑います。
ここで信じたら、きっとお姉様はどこかで間違いを起して消されてしまう。
もう一度抱きしめた。
「ほんとうに大好きです、誰よりも。ですから、絶対幸せになってください。」
お姉様をベッドに向けて突き飛ばした。
「カイル!お姉様を頼んだぞ。私の命より大事な人だ!」
叫ぶと同時に窓から飛び出した。
向うのはチャペル。
教会や神殿などでリタイアを望めば日本に帰れる。
私は、お姉さまに間違いを起こしてほしくない。
すいません、お姉様。
本当は、私もずっと一緒にいたかった。
敷地内にチャペルがあるから走ればすぐだ。
チャペルの入り口まで行くと、目の前に斧が降ってきた。
あぶない!
とっさに避けて飛び下がる。
すると空からカイルを抱えたデルリカお姉様が、髪を振り乱した凄まじい形相で降ってきた。
そして私を見ると、いつもの優しい笑顔にもどる。
その普通の笑顔が今は余計怖かった。
「ヤスコー。ワタクシ、松尾様を失った日から誰かを追いかける力を磨いてきましたの。アナタに追いつけてよかった。ナガミーチに協力してもらって空中飛翔と言う高難度魔法を習得した甲斐がありましたわ。さあ、諦めてお屋敷に帰りましょう。今日のディナーはヤスコーの好きなクリームシチューも出ますよ。」
カイルを抱えたまま、お姉様は地面に刺さった斧を手に取る。
諦めるか・・・。
タブン小脇に抱えたカイルは人質だ。
私が逃げたら殺すということを暗に示している気がする。
諦めて空を見上げた。
そこで気づいた。
なんかテンションが上がってしまったけど、まだ消されると決まったわけではないし。
それこそ長道さんやマリユカ様に直に聞いてから考える内容だな。
「わかりました。まずはクリームシチューを食べてから、先の事は考えましょう。」
それを聞いてお姉様は斧とカイルを手放して私に抱きついてきた。
そうだ、お姉様と離れるなんて私にも無理だものな。
すると背後からチャペルの扉が開く音が聞こえた。
振り返ると、チャペルから意外な人がひょこりと現れる。
ピッツ第三王子がチャペルから出てきた。
本当にひょこり出てきたのだ。
そうか、さっき走ってどこかに行ったと思ったらチャペルに逃げ込んでいたのか。
聞かれたか?
言い訳を考えなくちゃな・・・。
お姉様が私からすぐに離れたので、お姉様に背を向け私はピッツ王子に歩み寄ろうとした。
「あ、ピッツ殿下、そこにいらしたんで・・・・」
「ヤスコーの敵が出ましたわ!」
王子様に近づこうとしたとき、お姉様の声と共に私の後ろから王子に何かが飛んで行く。
それは斧だった。
まさか、お姉様!
斧はピッツ殿下の首元に向って飛んでいく。
間に合わない!けどダメ元で私は助けるために飛び出そうとしたが体が動かない。
く、どういうことだ!
焦ったけど、そのとき世界の異変に気づいた。
飛んでいったはずの斧が王子に当たる直前で止まっていた。
さっきまで風に揺れていた木々も動いていない。
首だけで振り返ることは出来た。
するとやはりお姉様がフルスイングで斧を投げたフォームで止まっている。
驚いたのは、カイルも丁度ナイフのようなものを投げた直後で止まっていた。
2人とも、息がぴったりね。
妙なところに感心している私に、ぽんっと誰かが肩を叩く。
そのほうを見ると、白い炎の羽を広げた大天使・大炎姫様だった。
「大変でしたね。時間を止めたからひとまずは安心ですが・・・しかしさてどうしたものか。」
大炎姫様は考える仕草をした。
体の動かない私だが声は出せた。
「あの斧とナイフをどかせば解決ではないのですか?」
すると、大炎姫様の後ろからマリユカ様がヒュコリと現れた。
「ダメですねー。私の設定した運命に牙を向くとかダメですねー。デルリカには消えてもらいましょうか。」
それを聞いて私の背筋は震え上がった。
それだけはダメだ。
「マリユカ様!」
叫ぶとニッコリと私を見る。
く、何かお姉様を守る方法を考えなくちゃ。
全力で脳細胞を酷使する。
考えろ、考え出せ!
「なーんですか、ヤスコー。」
私は一か八かお願いの賭けに出た。
「マリユカ様、私はまだ乙女ゲーの恋愛イベントが始まっていません。ですからまだお願い事は叶えてもらっていないのと同じです。ですからお願いを変えてください。」
すると、小さくマリユカ様は可愛く小首をかしげた。
「モノによりますよ。一応言って見てください。」
よっしゃ!
このチャンスの神の前髪は逃がさない!
「はい、私の願いはデルリカお姉様の幸せです。どうかデルリカお姉様に未来を!」
「・・・・幸せは保証できませんが、未来は与えましょう。ですがそうしますとヤスコーはもうこの世界に居る意味がありませんから、世界から弾き飛ばされますが、それで良いですか?」
私は安堵した。
よかった。
「デルリカお姉様さえ無事でしたら何もいりません。」
そうだ、聞こえていないだろうけど、デルリカお姉様の方に首を回して、お別れの挨拶をしよう。
「デルリカお姉様、いつか結婚してもヤンデレはホドホドにしてくださいね。」
お姉様はまるで私を凝視しているようだった。
ふふ、お姉様らしいですね。念のためもう一度マリユカ様に念押ししなくちゃ。
このひと、天然だから念のため。
「マリユカ様、しつこくてスイマセンが私はどうなっても構いません、どうかデルリカお姉様に未来を必ずお願いします。私の一番大事な人なんです。」
マリユカ様が無邪気な笑顔で頷いたのを確認し、私は目をつぶる。
私の夢は始まりもしなかった。
でも、代わりの素敵な夢が見れた。
次は貴女が素敵な夢を見れますように。
それが私の新しい夢だ。
さようなら、お姉様。
体が光に包まれる。
急いで最後にお姉様の方を向いた。せめてこの世の最期に見るのはお姉様が良い。
そして見た。
動かないお姉様から涙が落ちるところを。
そっか、お姉様も体が動かないだけで、聞こえているんですね。
「さようならお姉様、お姉様が私の全てでした。」
そして私はこの世界から消えた。
クリームシチュー、食べたかったな。
ネタバレ:ヤスコーは大丈夫です。




