大田康子 その10
―大田康子 その10―
もう走っても意味無いだろうから、わたしは湯浴みをして汗を流してから着替えてお姉様の部屋に向かう。
着いてみると部屋の外にはミラーズ王子が居て、一生懸命ドア越しにお姉様に謝罪をしていた。
面倒なので私は一旦外に出て、二階にあるデルリカお姉様の部屋の窓に飛び上がる。
身体強化魔法、便利です。
「キャ・・・ヤスコーでしたか。ふふ、窓から現れるなんて物語のヒーローのようですね。」
よかった、はしたないって怒られるかもと思って少しビビってたけど、許されたみたい。
部屋に入ると、お姉様はそっとお姉様の隣の椅子を勧めてくれる。
座ると、お姉様が今しがたまで手紙を書いていたことが分かった。
「お姉様、手紙を書いていたのですか?」
すると、お姉様はさもなんでもないことのように答えてくれた。
「はい、ワタクシに婚約を申し込んでくれた皆さん全てにお断りのお手紙を書いているんですよ。人を使って調べさせた結果、ヤスコーの悪口を少しでも言った人はお断りしする事にしていましたの。そうしたら全員ダメでした。ひどいですよね。ヤスコー、殿方はみんな碌な者ではありません。ですから一緒に隠棲いたしましょう、ずっと一緒に隠棲しましょう。カイルが来てくれたお陰で、家の心配もしなくて良くなりましたし。そうしましょ、ヤスコー。ミラーズ王子やピッツ王子にヤスコーには渡せませんもの。ヤスコーはワタクシだけのものですよね。」
微笑むお姉様の顔に、何ともいえない歪みのようなものを感じた。
今の言葉も静かだけど正常じゃない。
静かに病んでいる。
そうか・・・お姉様はもともと病む素質があったんだ。
12年前、松尾を逃がしたくないという理由で斧で殺して自分も死のうとしたと言っていた。
そうか、お姉様がいつもニコニコしていられたのは壊れていたからなんだ。
現実を受け入れていないから、ニコニコしていられたのかもしれない。
なぜか急にそんな考えが頭をよぎる。
だからだ。
ゴーレムで無邪気に遊ぶお姉様に感じた違和感の意味が分かった。
あのときのお姉様の笑顔を見て幸せだと思った意味が分かった。
仮面の笑顔を捨てて笑うお姉様に幸せを感じたんだ。
もしかするとこの状況は、前世だったら腰が引けたかもしれない。
怖くなって逃げた可能性もある。
でも私は目をつぶってデルリカお姉様の言葉をゆっくり咀嚼する。
でも何か引っかかる。
なんだろう、なんでずっと一緒に隠棲しようと言うお姉様の言葉に引っかかるんだろう。
ずっと一緒にか・・・
この先の未来を一緒に・・・・
あ!なんで今まで気づかなかったんだ!
とんでもない事なのに、何で!
そこで急に私の頭にイカズチが走るような衝撃があった。
物理的な衝撃ではない。
ある事実に気づいて、恐怖したのだ。
「お姉様!今すぐ私の部屋に一緒に来てください!」
その言葉に病んだ微笑をしていたお姉様が一瞬正気に返った困惑の表情になる。
返事が無いけど今は居てもたってもいられない。
「お姉様、失礼します。」
「きゃ、どうしたのヤスコー」
かまわず私はお姉様をお姫様抱っこして窓から飛び降りた。
確認しなければ、そして真実を考えなければ。
私は外にでると、今度は自分の部屋の窓に飛び上がる。
部屋に入り、私は攻略ノートを出した。
「ヤスコー、それはなに?」
なんて答えようか・・・
真実を言うか?誤魔化すか?
よし、誤魔化そう。
「これはナガミーチさんがマリユカ様や大天使様のちからを借りて書いた予言書です。まずは見てください。」
うん、いい感じに言い訳できた。しかも嘘言ってない。
お姉様はそのノートを開いて絶句した。
そこには私の恋愛の可能性が書いてあったのだから。
みるみるお姉様の顔が怖くなる。
狂気の顔・・・そうとしか言えない顔だった。
「ヤスコー、これは由々しき問題ですね。こんな未来、ワタクシは許せません。」
私はお姉様の隣に座る。
「今まで黙っていてすいませんでした。」
すると狂気の顔のままお姉様はニーと笑う。
「いいえ、ヤスコーは悪くありませんよ。・・・・ただ・・・ワタクシのヤスコーに言い寄る奴らが分かったのですから、・・・・・こいつらは全員殺さないと。」
最後のほうは小声だったけど、聞こえてしまった。
やっぱり12年前から、デルリカお姉様は何も変わってなかったという予想はあっていそうだ。
お姉様の持つノートに手を伸ばし、そっとページをめくった。
「見てくださいお姉さま。これはカイルの説明ページです。ジャーニーさんの事もかいてあります。」
それを見てお姉様は無反応だ。
私はそれでも次はダイエーン先生のページを開く。
「みてください、ダイエーン先生すら私の人格形成に影響を与えた重要人物として説明があります。」
さらにページを進めて私のページを開く。
「そしてこれが私のページです。いろいろ細かく書いてあります。」
お姉様はしがみつくように私のページをジロジロ見出す。
慌てなくても、ゆっくり見て良いのですよ。
ページを貪る様に見るお姉様に、私は本題を語った。
「この予言書に出てこない人物は今のところ3人だけです。1人はこのノートを書いた本人のナガミーチさん。もう1人は、この予言を引き出すために協力したであろうマリーです。」
そこでお姉様は、グルリと首を回して見開くような目で私を見た。
ホラーっぽい。
「ヤスコー、そのもう1人は誰ですか?サムソン王子?」
ああ、お姉様の中で私と一番可能性が無い人としてサムソン第二王子が頭に浮かんだんですね。
ですが、サムソン王子はちょろっとピッツ王子の説明に出てきます。ピッツ王子の性格を説明している『2人の兄より大人しく』という表現の『2人』の中にサムソン第2王子も含まれているのだから。
私は、そっとデルリカお姉様の手を握った。
「いいえ・・・・このノートに出てこないもう1人と言うのは・・・お姉様です。」
それを聞いてお姉様はクワっと目に力を入れると、猫背になって必死にノートを読み出した。
私はそのお姉様の背中を抱いた。
一時間ほどお姉様は黙って必死にノートを読む。
まるで何かに取り憑かれたように。
わたしは髪を振り乱してノートを読むお姉様の背をただ抱いた。
抱きしめながら、この11年間を思いだしていた。
優しかったお姉様。
微笑むお姉様。
私を呼ぶお姉様。
何かと私の面倒を見たがるお姉様。
私は、これから始まる乙女ゲーにばかり目を向けていて、本当はお姉様を真っ直ぐ見ていなかったんじゃないだろうか。
どこか、異世界の登場人物程度の気持ちで接しては居なかっただろうか。
お姉様はこれほど執着するくらい、私を想ってくれていたのに。
そう、今思うと、お姉様が私の事以外で楽しそうにしている姿は一度しか見た事がなかった。
あの、ゴーレムで遊んだときだけ。
私は、あのとき初めて私の事以外で楽しそうなお姉様を見たんだ。
だから幸せだと思ったんだ・・・・。
悔いが残る。
そこでお姉様は、歪んだ表情のまま私を向いた。
「なぜ、なぜワタクシの名はないのでしょうか。ヤスコーに姉が居たことすら書いてないではないですか。」
私はさらにきつく抱きしめた。
「はい・・・なのでこれは私の勘なのですが聞いてもらえますか?」
「ええ、聞かせてください。」
一息ついた。
「何らかの理由で、私が16才になる前にお姉様はいなくなってしまうのではないかと考えました。」
すると何故かお姉様は私の腕に噛み付いてきた。
痛い。
けど私はじっと我慢した。
きっとお姉様は混乱されてるだけだ。
目をつぶって我慢しているとお姉様は私の腕から口を離し、かんだ箇所をそっと撫でてくれる。
「嘘です、そんなの嘘に決まってます。だってワタクシはずっとヤスコーと一緒にいるのですもの。」
「私もそのつもりでした、お姉様。ですが、この予言は大天使様やマリユカ様が関る予言。もしもお姉様がここに出ている人物の誰かを殺害しようとしたらどうなるでしょうか・・・。」
そこでお姉様はビクリと体を震わせる。
想像してしまったのだろう。
マリユカ様の決めた運命に逆らう。つまりマリユカ様に敵対してしまう自分を。
そして長道さんから一回聞いたことがある。
『マリユカ様は最高神ですから人1人の生き死になんて何とも思っていないんですよ。だから僕も不要だって言われないように頑張らないと。』
だから、私は確信している。敵対したら容赦なく滅ぼされると。
だからこそ、私は私の決断を口にした。
「私は、たとえお姉様がどんなに苦しんでも、お姉様に消え去って欲しくない。」
恐る恐るという感じにお姉様が私を見る。
「ヤスコー、何を言っているの?」
「お姉様に、未来を変えてマリユカ様のお怒りを受ける危険を犯させたくありません。ですから、私が・・・。」
そこで、背後でがたりと音がした。
振り向くと、入り口にカイルが立っていた。
「お姉様、今の話は本当なんですか?」
「どこから聞いていた?」
「デルリカお姉様がみんな殺すと言ったあたりから・・・。」
最悪だ。
どうしよう。
大田康子編、佳境になってまいりました。
デルリカ「みんな殺す!ナガミーチ、惑星破壊爆弾だしてよー。」
ナガミーチ「でたなヤンデレ、もう逃げたい。逃げていいですか?」
マリユカ「(ニッコリ)ダメ。」




