石田長道 その1
―石田長道 その1―
僕は石田長道、29歳になるプログラマー。
ブラック企業のゲーム会社で必死に働いていたけど、辛いとかはなかった。
部外者からは同情されたりしたけど、必死に打ち込んで人に喜ばれるモノを作るのは本当に楽しい。
だから何日徹夜しようが、あまりどうでもよかった。
ただその日は無理をしていたのだと今では思う。
眠気が酷すぎて頭痛がしていた。でも納期がギリギリだったので僕は頑張った。
どうにか朝一で納品できたのだけれど、頭痛が酷くてクラクラしたので気分転換にベランダで少し外の空気を吸おうとフラフラ外に出たんだ。
ベランダに出て伸びをした瞬間、寝不足のせいでフワっと瞬眠で意識が途切れ、気がついたらベランダの手すりにぶつかり、そのまま落ちるところだった。
体が少し落下するまで僕は自分に何が起きたか分からなかった。
だけど、浮遊感で一瞬で目が覚めて世界の動きがユックリになる。
『ヤバイ、助けて!助けて!何でもいいから助けて神様!』
心で絶叫した。
すると不思議な事が起きた。
頭の中に直接響く、太陽のように朗らかな女性の声。
『おっけーね』
そして気づいたら、僕はふわりと着地するように床に座った。
恐怖で強く目をつぶっていたけど、地面にたたきつけられたわけでは無いようなので、恐る恐る目を開く。
すると目の前には二人の女性が居た。
金髪の縦ロールと炎の羽根が印象的な、悪役令嬢みたいなキツイ顔をした女性と・・・
青く長い髪をボサボサにしたまま微笑む、可愛らしい美人が。
『ああ、そっか。僕は天国に来れたんだ』
最初はそう判断してしまった。
ーーーーーー
マリユカ宇宙に召喚されたんだと説明を受けても不思議と混乱は無かった。
あの時、確かに僕は8階から落ちた。
だけど生きているのだから、そんな事でもないと説明できないしね。
それに僕はゲーム製作に関っていたから、異世界転生みたいなものには馴染みがあったし。
すぐに、さらに3人の天使さんが来て、女神様と向こうの部屋で話し合いを始めてしまった。
だから僕は、一緒に呼ばれた人達と話して、現状の確認をしてみたんだが。
そこで驚いたのは、全員がすんなり異世界召喚されたことを受け入れていたことだ。
ただ話を聞いて分かったんだけど、死亡確実な状態で召喚されたのは僕だけで、他のみんなは普通に生活していて呼ばれたらしい。
だから僕以外は、日本に帰ると言う選択肢もあるというわけだ。
そっか、僕だけ片道切符なんだ。
でも、逆に自分のありえない強運にも驚いている。
召喚されて助かった。
ありがたい。
しばらくすると、四人の天使を従えて女神様が再登場してきた。
ボサボサだった髪は綺麗に整えられ、長いストレートの髪が緩やかに揺れている。
服装も、いかにも女神様って感じの緩やかな白いガウンに、白いロングスカートの姿。
見とれてしまった。
そして女神様はぴょこりとジャンプするように僕らの前に来ると、両手を広げて嬉しそうに言うのだった。
「みなさーん、これからこの世界で生きていく皆さんの願いを一つだけかなえまーす。全員好きなお願いを言ってくださいねー。異世界召喚名物のチートプレゼントのお時間でーす。」
「「「おおおお!」」」
みな歓声を上げる。
そして最初に声をあげたのは近くに座っていた太った人・・・たしか松尾健太さんだったかな。
太った体を揺らしながら目の色を変えながら叫ぶ。
「ハーレム!ハーレム!拙者にハーレムをお与えください!」
「よきかな、よきかな。この最高神マリユカちゃんにお任せアレ。あなたにハーレムを作る能力を与えましょうー。」
「うほー。異世界召喚素晴らしい!マリユカたん萌え!」
それを皮切りに他のみんなも、目の色を変えて願いを叫びだす。
みんな楽しそうだな。
僕はそっとその輪から外れて、離れたところにあるベンチのような場所に腰掛けた。
僕にこれ以上の望みは無い。
生きられればそれでいい。
すると僕の左隣に誰か座ってきて肩を組んできた。
「ヘイ、あんたはお願い言わなくていいの?マリユカ様の気が変わらないうちに何でもお願いしちゃいなよ。」
明るい声で僕に話しかけてきたのは銀髪ツインテールの天使さんだった。
羽根が水で出来ている。
いいキャラデザインだ。
こんなキャラでゲーム作りたかったな。
人気でたろうな。
おっと、もう日本には帰れないんだった。忘れよう。
「ありがとうございます、水の天使さん。でも僕は死ぬところを召喚されただけで感謝しているんです。これ以上のお願いは有りません。」
「お、欲が無いじゃない。でもダメだよー、チャンスを逃すのは神への冒涜だよ。あと私は確かに水の天使だけどその最上位、大天使・大海姫っていうの。覚えておいてね。」
そう言いながら僕の体をグイグイゆすった。
「大海姫さんですね。よろしくお願いします。・・・そっか、チャンスを逃すのは神への冒涜ですか。確かに善意を『いらない』では失礼ですよね。どうしようかな。じゃあマリユカ様に恩返しするチャンスが欲しいですね。それが僕の願いです。」
すると今度は僕の右隣に黒髪のポニーテールの天使が座ってきて、やっぱり僕の肩に腕を乗せてきた。
「く、貴殿はなんと気持ちの良い人間でござろうか。恩に奉公で返そうとするその心意気や良し。この大天使・大空姫の胸にも届いたでござる。長道氏、それがしは貴殿を気に入りったでござるよ。」
なんか女侍みたいな天使さんだな。
ガラスのようなシャープな羽根がカッコいい。
このキャラも良いキャラデザインだ。
特に胸が薄くてシャープでスピードがありそうなところとか、キャラデザインのツボを抑えていて素晴らしい。
「ありがとうございます大空姫さん。」
あ、なんか美人天使に挟まれて僕幸せかも。
うっかりベランダから落ちたけど、むしろラッキーだった可能性も有るな。
モテない僕の人生で、いま一番リア充だ。
幸せな目でポアーンとしていたら、目の前に大きな胸が見えた。
「あらららら、今の話は聞かせてもらっちゃいましたよ。私は大天使・大豊姫、よろしくお願いしますね。それであなたはお願いが無いって言うなら、私達のためにお願いを使ってくれませんけね。ね?」
ブラウンのふわりとした髪をした大豊姫さんは、胸の大きな天使だった。
大豊姫さんはすこし血走った目で、前から俺の肩をグワシと掴んできた。
ビッグなお胸がどアップすぎるっす。
う、目のやり場に困る。
ひとまず大空姫さんの胸に視線を避難させるか。
っていうか、左右と前方から美人天使に捕まるとか、なんて凄い日なんだ。
僕は今日一日で運を使い果たして死ぬんじゃないだろうか。
・・・いや、もう一回死んだんだった。
じゃあこれは、死ぬまで使わなかった女性運の貯金を今一気に使ってるんではないだろうか?
それなら納得、うんスッキリした。
そんな僕の思考を知ってかしらずか、胸の大きな大豊姫さんは話を続ける。
「その前に確認なんですけどね、もしもあなた達が呼ばれた理由がマリユカさまの娯楽のためだっていわれたら怒りますか?」
そんな事、言われるまでも無い。
「そういう可能性もわかっています。日本のオタクにとって、そのくらいは余裕で許容範囲内ですから心配ご無用です。ですからマリユカ様が望むなら、ピエロでもアクターでもやってみせますよ。」
その言葉を聞いて『ほー』と大空姫さんが感心してくれた。
僕の言葉を聞いて安心したといわんばかりに大豊姫さんは続ける。
「よかったです。ではあなたにお願いしたいことを言いますね。アナタってゲームを作る人だったんですよね。」
「ええ、本職はプログラマーですが、小さい会社だったんでシナリオやキャラデザなんかもやりましたよ。」
そこで大豊姫さんは妙に怖い目になり、僕の肩においていた手を離すと、僕の頭をガッツり掴んできた。
「あなたはとっても逸材なんです。これからマリユカ様はチートを得た日本人の行動を見て楽しみます。だから!、あなたには!、ディレクターとして!、マリユカ様の!、付き人として!、サポートを!、お願いしたいのです!!!」
まるで一言一言押し込むように言われた。
グイグイくるな、この大天使。
このグイグイ感は苦手かも。
すると横から大海姫さんは嬉しそうに言う。
「そりゃいいじゃない。マリユカ様の遊びに私達が付き合わないで済むなら大助かりだからね。世界の維持も結構大変だから、マリユカ様のお守りをしてもらえると大助かりだよ。この世界にとってもさ。」
うわー、世界のためにって、話が大きいな。
でも、そういう話ならむしろ僕の想いとも一致する。
マリユカ様にとっても、
大天使さんたちにとっても、
世界にとっても、
そして僕にとってもいい話なら、
断る理由はない。
返事をしようとして顔を上に向けようとした瞬間、僕は心臓が飛び出しそうになった。
いきなり、僕と大豊姫さんの間に、下からマリユカ様が潜り込んできたのだ。
鼻がぶつかるほど顔が近い。
うわあああ、美人さんがこんな近くに来るとか、DTの僕にはちょっと耐えられない!
そんな僕の気持ちを気にしていないマリユカさまは、「にぱ~」と無邪気な笑顔を見せた。
ドキっとした。
僕、恋したかも。
あわてて冷静になるため、視線を大海姫さんの胸に逃がす。
ふう、ふう、少し冷静になった。
「あなた、お名前は石田長道ですよねー。あとはアナタのお願いだけですよー。なんでもお願いしてくださいね。」
そういいつつ、マリユカ様は再び無邪気に笑った。
失礼にならないように大天使さんたちに離れてもらってから、自信を持ってお願いしてみた。
「あなたの願いをかなえたいです。これから始る日本人達の行動のプロデュースさせて頂けないでしょうか。頑張りますから、お手伝いをさせてください。」
数秒不思議そうな顔をしたマリユカ様は、すぐに顔全体で笑った。
「やったあ、実はお願い事のいくつかをどう叶えていいか分からなかったんですよー。助かります。一緒に面白いもの見ましょうね。」
その笑顔を見て僕は心底思った。
死んでよかった。