瑠美音曰く「青春しない奴は人生の十割を損している」
「大丈夫か、戸部さん!」
半開きになっていた扉をこじ開け、中に押し入る。
中には瑠美音の言うとおりに戸部さんがいた。しかし聞いてた、というより、慌てていたのが嘘だったように、戸部さんに異常は見当たらなかった。
「ぱぱぱぱぱぱいせん!?」
緊張してる点以外の異常は見当たらなかった。昼休みでもそうだったが、多少彼女の様子がおかしいのはわかっていた。
「……まあ、無事ならいいや。ひとまず、ここから出ようか」
「ま、待ってください! 私を呼んだ用件を教えて下さい!」
「……え、何のこと?」
「何のことって、このことです!」
びしっと彼女は果たし状でよく見かける折り方をした手紙を取り出した。
「この手紙に大事な話があるから放課後来るように書いてあったんです、達筆で!」
渡されて中身を読んでみるもやはり書いた覚えなど全くない。もし夢遊病が発症し自分の知らぬ間に書いたとしてもここまで達筆ではない。
誰かにはめられたか、と思った時には遅かった。
唯一の出入り口である引き戸が突然音を立てて閉まる。流れるようにご丁寧に鍵が閉まるのも聞こえた。
駆け寄り、開けようと思ってもビクともしない。ほんのりと嗅ぎ覚えのあるシャンプーの残り香がし、それで黒幕は琴音だと判断した。
「……ごめん、戸部さん。閉じ込められた」
「なんで閉じ込めるんですか!」
「俺じゃないぞ、断じて俺じゃないから!」
しかしほとんどが俺の責任だ、相談する相手を間違えてしまった。恐らく琴音が口酸っぱく言っている「てる坊!青春しろ!」運動の一環だろう。そういえば放課後なのに体育館に運動部員が一人もいなかった。恐らく生徒会長権限を行使したのだろう。全く、余計なお世話だというのに。
「……まあ、時間になれば誰か来ると思うからそれまでゆっくりしてようか」
「若い男女が密室で二人きりなのに随分と落ち着いてますね」
戸部さんは不服そうに口をとがらせる。
「生徒会室でも二人きりだったじゃないか、何を今更」
とは言っても、生徒会室での二人きりも当初は緊張したものだった。中学卒業しても思春期を卒業できていないようで恥ずかしい。
今の状況も男なら一度や千度は妄想する憧れのシチュエーションだが、罪悪感からそういう気も湧かない賢者モードでいた。
「……いいんです、いいんです。ぱいせんには期待してませんから」
積まれたマットに腰を掛け得る戸部さん、俺は床に尻餅をついた。
「とりあえず先に謝らせて欲しい。閉じ込めたのは生徒会長の高島瑠美音……さんで間違いないと思う。彼女にとある相談を持ち込んだばっかりに、俺も知らないうちにこんな風になりました。すみません」
「相談って……どんな相談したら、そうなるんですか」
「うちの生徒会長は御存知の通り、破天荒でして」
「どんな! 相談を! されたんですか!」
誤魔化しが効かないようなので素直に話す。
「その……戸部さんのことについて」
「……へえ、それでそれで」
戸部さんはにやつく。人の知らないところで噂されるのは嫌じゃないのだろうか。
「私のことでどんな相談されたんですか?」
「他愛のないことだよ」
「えーなんですかー教えて下さいよー」
「ただ………………戸部さんがゲリラになる前にどうにかしてくださいって相談しただけだよ」
「人を何だと思ってるんですか!」
上履きが俺の額を直撃した。
「どれをどうしたら、私をゲリラ扱いするんですか!」
「いやだって、罠がどんどんエスカレートして落とし穴にまで手を出し始めたから、次は矢が飛んできそうかなっと思って」
「……私ってそんな風に見られてたんですか」
動揺、笑顔、憤怒、落胆とものの数分で彼女の表情がころころと変わる。四季を早送りして見ているようで面白い。
「あーもーいやだー、全然うまくいかないーー、私のろわれてるーーー」
マットの上でごろごろと体を転がす戸部さん。また、見えそうになるので、慌てて目をそらす。
首を回さないまま、話しかける。
「戸部さん、どうして罠なんて張るの。もしかして俺が悪かったりする?」
「いえ、全面的に私が悪いんですけど……ぱいせんだって、ほんのちょっとは悪いんですからね」
煮え切らない答えだったが、あくまで俺は誠実に男らしく対応した。
「悪いなら謝るよ。戸部さんとは良い友達でいたいから。土下座だってする」
「じゃあまず、呼び方が悪いです。私のことは女王陛下と呼んで下さい、頭が高いです」
「あれ!? 戸部さんから見て、俺は友達じゃなくて庶民!?」
「呼び方は冗談です。本当のことを話しますね。覚えていないでしょうけど、私は一度ぱいせんに助けられてるんです。あれは私がこの学校に入学する前の話です」
戸部さんが過去を綴る。それは二人共有の思い出でもあった。