事件は現場ではなく、生徒会室で起きる
「ふむふむ、なるほどなるほど、それはそれは」
俺の近所に住む姉のような存在であり、そして学園史上初の女性生徒会長である高島瑠美音は半ば聞き流すように相槌を打つ。そして上品にティーカップを持ち、優雅に紅茶を飲む。
一見のんびりそうにしてるが、それは違う。弟分である俺の真剣な相談を無視するような人ではない。今までも本当に困ったことは彼女に相談し、いつも助けてもらっていた。今回も自分の手に追える事態ではないと判断し、自分の不甲斐なさを嘆きながら助けを求めた。
「全く、てる坊め。こんな大事な話を何故すぐに話さなかった。いつも言っているだろう? ホウレンソウは大切にしなさいと」
「すみません、もっと早く話すべきでした」
「気にするな。何もせず甘えられるのは勘弁だが困り果てて頼られるのは結構だ。お前は頑張った」
器用にティーカップを音を立てずソーサーに置く。 いよいよ本番だ。どんな解決法を編み出してくれたのか期待する。
「……それじゃあ、平沼さん。今日の仕事はまだ何か残ってる?」
「無視かよ! 相談乗る気0かよ!」
「話は終わったんだろ? 穴も埋めたんだろ? 疲れてるだろうし、今日はもう帰っていいぞ。ご苦労様」
「終わってねーよ! 帰らねーよ!」
「言葉遣いが悪くなってしまって……あの頃の可愛いてる坊はどこに……およおよ」
「嘘泣きじゃ誤魔化されませんよ」
泣きついているのに、瑠美音は楽しそうに鼻歌を歌いながら紅茶のおかわりを淹れる。
「まああれだ、肩の力を抜けって。一介の女子高生が学校中をトラップだらけにできると思うか? おおげさなんだよ」
「それはそうですけど……」
琴音は俺の紅茶も淹れてくれていた。ソーサーにスティックシュガーが添えられていたが、触れずにストレートで飲む。
「落ち着いたか? まあ策はこっちのほうで考えておく。おいおい話すから、それまでは大人しくしてなさい。何、気にするな。大船に乗ったつもりでいなさい」
確かに琴音の言うとおりだった。さすがにベトコンは考えすぎだった。どうも思いがけないことが起こるとパニックになり冷静な思考ができなくなるが、普通の人は落とし穴に落とされる経験はしないだろうし取り乱すのも仕方がないはず。
紅茶を飲み終え、俺は瑠美音に全てを委ね生徒会室を立ち去った。
「おい、聞いてたか、平沼さん」
「はい、ずっといましたので聞いてました」
「ついに……ついに、この時が来たぞ」
「はい……おめでとうございます」
「ついに……てる坊に青春の機会が訪れた!」
「……おめでとうございます」
「長かった……いくら勧めても頑なに拒んできた草食男の卒業のチャンス! 姉貴分としてこれ以上に嬉しい事はない」
「姉貴分として喜ぶより心配したほうが良いのではないでしょうか。相手は男の上半身が埋まる深さのある落とし穴を掘り、ハニートラップでおびき寄せる女ですよ」
「この際それはどうでもいい」
「いや、どうでもよくはないと思われますが高島さんがそう言うのならそういうことにしておきます」
「また、平沼さんの知恵を貸して欲しい。経験豊富な平沼さんにしかできないことだ! ……なんだ、ため息なんてこぼして。らしくないぞ」
「いえ……気にしない下さい。まあ、策はないことはないですが。少し荒っぽくなりますが、それでも構いませんね?」
「うむ。弟の青春のためだ、一肌も二肌も脱いでやる! あっははは!」
「……やれやれです」