魔術師・エクストリーム
続き物……? まあ、そんなとこです。
マスローグ・クウェートにとって、魔術とは己の存在価値だ。
一体いつ魔術の道を志したかは解らない。しかし、物心ついたときには、魔術をこねくり回すことに熱中していた。
魔術があればご飯はいらない。魔術があれば幸せ。魔術があれば世界を敵に回してもいい。
所存、マスローグ・クウェートの評価は、〝マッドウィザード・マスローグ〟と言ったものだ。マスローグは、それについて特に思うことは無い。
大気に満ちる魔力を吸収するために全裸でいることが効率的だと解り、新たな健康法として露出教を名乗って信仰した。結果、周囲の人間から近づくと逃げられた。
過去の遺物となった古代魔術を再現して実験で山が一つ消し飛んだが、素晴らしい成果だと各国に報告してみた。結果、国際的な監視対象として牢獄に入れられた。
マスローグは基本、他人にどう思われようとも構わない。親とは既に離別しているし、魔術協会からは目の敵にされ、各国の王達からは危険人物扱いだが、特に気にしていない。
何故なら、マスローグの研究成果は、世界中で活躍しているからだ。
適当に復元した長距離通信魔術で作った術式は、世界の軍事概念を一変させた。
素晴らしい感じで山を吹き飛ばした魔術兵器は、世界の戦術論を書き換えた。
自然を模したバイオスフィア型インフラ術式は、世界の貧困を極限まで減らした。
人の役に立ったことを喜ぶわけじゃない。ただ、己の為したことが、世界を動かしていることが嬉しいのだ。若干、戦争の火種を振りまく割合が多い気がするが、まあ、それはそれだ。
そうして、マスローグは、世界を動かすのが自分の魔術だと思っていた。
そんなとき、魔王と呼ばれる存在が現れた。
魔王は、遠隔転送魔術を駆使して、世界中の場所を選ばず現れた。それは、自分が参考にした長距離通信魔術をさらに発展させたものだ。
自分よりも先を往き、さらには世界を大いに騒がせている。
全裸であることを誇りにするくらい自己顕示欲が強いマスローグは、物凄く嫉妬した。それはもう、普段はやらない政治交渉を行って、自分を勇者一行として加えさせるくらい嫉妬した。
全裸で輝く自分よりも目立つなんて許せない、とかそんな感じの理由で、各国の王を脅して回った。
王達も、また山を吹き飛ばすような騒ぎを起こして欲しくなかったので、これ幸いと厄介者達を集めて勇者一行として追放しようと画策した。
奇人足るマスローグを筆頭に、世界中から選りすぐりの変人を集めた結果、ちょっと頭おかしい勇者一行が出来上がった。
その変人っぷりは、マスローグをして「こいつらマジでキチガイだね!」、と言わしめるほどだ。
流石に王達も気づく。「あれ? もしかして俺達人類追い詰めてね?」と。
そこで、勇者一行の中に、肝心の勇者がいないことも気づいた。王達は慌てた。こいつらを見たら、やる気無くすんじゃないか、と。
何とかキチガイ共を抑え込める人材を探したが、後日全員下町でマフィアと抗争してたり、ホモとレズに目覚めたり、全裸になったりして発見された。
頭を抱えた王達は、最後の手段を用いることにした。
――それでも勇者なら、勇者ならきっと何とかしてくれる……!
丸投げである。
そうして、マスローグは勇者召喚を命じられた。何処にいるのか解らない勇者を召還することで、即刻イニシアチブを握るためだった。
まあ、魔術構築の話ならいいか、と勇者召喚の術式をせっせと組み始めたマスローグ。参考として、過去の勇者や魔王のことを調べた。
結果、この世界の秘密を考察したりするのだが、魔術に関係ないので無視した。
出来上がった召喚魔法陣に満足し、早速起動した。
「大丈夫かね?」
「へっ?」
現れた勇者は、黒髪の少女だった。
見たこともない服、見たこともない代物、見たこともない顔の造形。
いい研究対象だ、とマスローグは思った。
「あ、あの、どうもありがと――――」
少なくとも、自分の魔術の成果は未知なる存在を召喚してくれた。
ならば、早速色々質問したい、と思っていると、一瞬固まった少女がこちらを突き飛ばした。
「――――っ!?」
「おっと、何をするのかね、いきなり突き飛ばすとは」
「ちょ、あん、な、何ではだっ……!」
何やらこちらを見て動揺しているので、とりあえず考えた。
ふむ、何かおかしなことでもあったのだろうか? そう言えば、この少女は何処からか召喚されたのだったな。召喚したのは私だ。つまり拉致だ。
一端そこまで考えて、動揺の原因に行き付く。
――なるほど、突然召喚されて戸惑っているのだな。
正解のようで正解じゃない答えを確信したマスローグは、少女の肩を掴んで言う。
「落ち付きたまえ、人生の決断に必要なのは冷静な判断力だ」
少女が沈黙する。上手く説得出来たようだ、と納得するが、少女がこちらを見ていないことに気づいた。
一体何処を見ているのか、と視線を追うと、どうやら自分の股間を見ているらしい。正確には、自分の股間を覆う魔・解像だ。
自分の魔術に興味を示していることに機嫌を良くしたマスローグは、得意気に自慢を始めた。
「私の股間を凝視してどうしたのかね? ……ああ、コレか。目の付け所がいい。これは光魔法を応用した私の最新作でね。名付けて〝魔・解像〟と言う」
「き、き……」
「光が無いと使えないのが難点だが、その代わり細かい調節が可能になっている。例えば、――解像度ー! 品質低下ー!」
「きゃあああああ――――!!」
衝撃が走った。少女が、自分の股間を蹴り上げたのだ。
その衝撃は、腰を浮かせ、背筋を駆け抜け、じんわりと脂汗を浮かせた。
いままでの人生で感じたことのない衝撃だった。これほどまで鮮烈な感覚は感じたことがない。
魔術ばかりにのめり込んで来たマスローグには、未知の感覚だった。
召喚によって呼び出した勇者は、自分の魔術よりも予測のつかない結果をだしたのだ。
未知の探究者であるマスローグは、その事実に震えた。魔王のときとは違う。胸が切なくなるような歓喜だ。
血走った目でこちらを睨む少女を見て、マスローグは思った。
「この胸の苦しみと突き抜ける痛みは、……恋?」
瞬間、何言ってんだこいつ、と少女に引かれたマスローグは、既に正気ではなかった。
元から正気ではないような気がするが、このとき、彼は人生で初めて女性に恋をしたのだった。
●
アサマ・ヒバリに恋をしたマスローグは、それから勇者一行として様々な冒険をした。
物珍しい古代の遺跡を調査して倒壊させ、魔王軍に攻められていた要塞を防衛して倒壊させ、世界の真理が保存されていた秘密の施設をしらみ潰して倒壊させた。
その間、マスローグは浅間を必死に口説いた。
全裸から始まり、自らの魔術の素晴らしさ、今までばら撒いた技術がどれだけ世界に貢献したか、最後に全裸の有用性について語った。
しかし、サッパリ効果が見られず、逆に益々距離を開けられた。当然である。
それまで女性に興味を持ったことのないマスローグは、真剣に口説き文句を研究し始めた。
研究対象として、よく村娘から領主の娘、果ては魔王軍の将軍を口説いて寝取りまくった戦士を選んだ。同じ勇者一行だ。観察する機会は十二分にある。
影から観察しようと思ったが、妙に勘のいい戦士に即ばれた。
「いいかい? 女性というのは基本的に自己愛の塊なんだ。男は自分の都合に相手を合わせるけど、女は自分の世界に相手を合わせるのさ。世界の中心は常に自分なんだ」
「ふむふむ、確かに私に言い寄って来た高貴な女性達は、自分を売り込む話ばかりで、魔術講座はガン無視だったなあ……」
「まあ、そんなわけで、女性を口説きたいなら兎に角容姿を褒めるんだ。どんな女性も容姿を褒められて悪い気はしないからね」
「ヒバリと話すときは、いつも黒髪や瞳を褒めているのだが……」
「それじゃ駄目だよ。女性は自分のいいところは解ってる。当たり前の事を褒めても対して感動しない。彼女の容姿は、私達にとって物珍しくとも、彼女にとっては当たり前だ」
「なるほど……!」
何故女に女の口説き方を教わっているのか、マスローグは一瞬その考えが浮かんだがすぐ忘れた。
宿屋の酒場スペースで指導を受けていると、丁度いいところに浅間が現れた。
戦士が立ち上がり、こちらに視線を送る。どうやら先程の講座を実演するらしい。
「やあ、おはようヒバリ」
「……ん、おはよ」
「よく眠れたかい? 可愛い寝顔だったから、いい夢を見れたと思うんだけど」
「んー……、まあ、ね。ちょっと昔ことをね」
歯切れの悪い言葉を気にすることなく、戦士はミルクを頼んで浅間に渡す。
「それじゃあ、夢から覚めて貰いましょう。ミルクをどうぞ、勇者様」
「あんがと」
浅間は、ミルクの入った杯を受けとり一気に飲み干した。自分に言い寄って来た高貴な女性方とは違う、豪快な飲みっぷりだ。
杯から口を離すと、白い髭のようにミルクが付着している。満足そうに杯を置く浅間に、マスローグは己の心が躍動するのを感じた。
手の甲で髭を拭おうとした浅間を戦士が止めた。あらかじめ用意していたのか、ハンカチで浅間の顔を拭き始めた。
ま、まさかこれを狙ってミルクを――!? 、と戦士の策謀に戦慄している間に、戦士は浅間を口説いていく。
「ほら、そんなはしたない髭を付けていては、綺麗な顔が台無しだ。可愛い君の唇が見えないだろう?」
「んむっ……、もう取れた?」
「いや、ほっぺに少し残っていたようだ」
そう言って、戦士が浅間の頬に口づけしようとする。が、直前に浅間が戦士の喉を貫き手で刺した。
げえふっ、と女性がしてはならない悲鳴をあげる戦士を見て、マスローグは浅間にサムズアップした。流石は私の惚れた女性だ、と。
浅間はマスローグに気づいた様子は無く、淡々と咳き込む戦士を介抱し始めた。
「もう、いきなり迫って来るからびっくりしたじゃない。思わず貫き手入れちゃったわよ」
「ごほっ……! 中々ガードが堅いね、雰囲気があればよかったのかな?」
「そーゆー趣味はありません」
それは残念、と戦士が肩をすくめた。セクハラ自体はもはや数えきれないほど繰り返された出来事だ、今更驚くことはない。
しかし、セクハラにつなげるまでの手際は、マスローグにはなかったものだ。実に素晴らしい。
さきほど目の前で行われた出来事を、マスローグは一字一句記憶した。そして、その応用について思索を幾多に巡らせる。
この間、自然と全裸で腰をくねらせていたことにより、浅間から物理的に距離を取られるのだが、マスローグが気づくことは無かった。
●
そうした幾つもの旅の出来事があり、自分と浅間の仲は進展した。
それまでは近づかれもしなかったのが、今ではツッコミのためにこちらに触れてくれるからだ。主に股間への刺激が多い。初恋の感激が甦るようで実にいいスキンシップだ。
しかし、それも終わってしまうだろう。魔王を倒せば、勇者である浅間との関係は終わる。勇者一行として共にいられる時間は無くなってしまうのだ。
それはいけない。とてもいけない。何故ならせっかく巡り会えた恋は、世界を飛び越えるレベルのイベントが無ければ発生しなかったのだ。今後も同じような恋に出会える保証は無い。
そんな悩みを抱いていたからか、魔王城の仕掛けに気づいたのは、目の前から浅間が消えてからだった。
「――――」
呆然とした。何も言えないほどに、突然の消失から数秒間自失した。衝撃ではない、何かがごっそりと抜け落ちたような感覚を得た。
その喪失が苦しみだと気づいたとき、ようやく現象の考察を思考し始めた。
何が起きたのか、使われた魔術は、対処、実行、浅間と自分の現在地、ルートの検証、そして、
「――ヒバリが危険だ」
口にして、マスローグは背筋が凍った。決定的な喪失ではないと理解しながら、〝そうなってしまうかもしれない〟という不安が残ったのだ。
今まで、自分に対しての起きることなら、何の不安も無かった。自分には魔術がある。魔術を操る自分は常に無敵だった。
だが、浅間は違う。彼女はあらゆる魔の干渉を無効化出来る〝魔除け〟の力がある。その力も、物理的な危害は防げないのだ。
他の連中、戦士と僧侶は問題無いだろう。そういう連中だ。一部の能力に関しては自分を凌ぐ。心配するだけ無駄だ。
彼女に対して同じように思えないことを、マスローグは悟った。
彼女の能力は知っている。だが、この状況でも大丈夫だ、という信頼を、――彼女を信じることが出来ないのだ。
「ふっ、何もかも未熟だね、ヒバリ。君への愛を、信頼を疑ってしまうとは……」
そうだ、自分は彼女を見ているつもりで、触れあっているつもりになっていただけだ。一方的な恋への衝撃で目がくらみ、彼女自身を見つめることを怠っていた。
好きな食べ物や感情の動き、朝ミルクを一気飲みするときのポーズから股間パンチャーの仕草まで再現出来るが、それも私の頭の中で作った彼女だ。
彼女との多くの交流を経ながら、彼女に信頼を抱くことが出来なかったのは、自分の未熟である。
「今こそ理解した。――真実の愛というものを!」
術式を展開した。情報収拾用の観測術式だ。
振動、温度、魔力など、様々な要素を観測して数値化する優れものだ。
突然浅間が消失したのは、部屋と部屋を隔てたときだ。つまり、扉か、部屋自体に仕掛けがあるのだ。
術式の痕跡を発見。そこから手探りに術式を読み込んでいく。
「複雑な魔法陣、結界だね……、それも転移系……、場所を限定しながらランダムに……、まるでパズルのようだね……、しかし、複雑な術式だからこそ法則性がある……」
解き、知識を照らし合わせ、必要となる対処法を構築していく。
「これは数式か……、なるほど、矛盾を減らすために部屋に個別の信号を追加したのか……、と、言うことはだ。彼女の位置も特定出来る」
魔術に関して、思考の淀みは無い。ただ一つ懸念があるとすれば、やはり浅間のことだ。
「待っていてくれ、必ず見つけ出す。そして、私は二度と自分の感情に振り回される愚を犯さない。――ただ、君が幸せになれるように努めよう」
見つけた。場所はそれほど離れていない。ちょうど上の階、恐らく通路を走っている。
走っている。つまり、何かに追われているのだ。
ならば、どうするかは解っている。
「今助けるよ」
彼女が走る通路、自分にとっての天井をぶち抜いた。
●
「――まあ、私はそうして真実の愛を知り、魔王と呼ばれるようになったヒバリと共に国造りを始めたのだよ」
「はあ……、旧魔王討伐からこっち、そんな流れがあったんですねえ……」
「うむ、国には色々必要な要素があるが、その中でも領土が無ければ話にならないからね。研究者足る私と旧魔王の担当になった」
「それで各地の参加希望者の村とか街を地盤ごとぶっこ抜いたんですか、派手ですねえ」
「建物や街道を一々作るのは手間だからなあ……。旧魔王や歴代魔王達の技術は非常に有用だったね」
マスローグはそう言って紅茶を飲む。現在は休憩のティータイム中だ。
机を挟んで同じように紅茶を飲む女性がいる。元部下だ。人員が欲しかったので攫ってきたのだ。
元職場の王宮ではそれなりの地位にいたようだが、抵抗されない様に〝研究成果爆破するぞ〟と脅したら大人しくついてきた。素直な奴だ。
私ほどではないが、結界の構築に関しては非凡なので、国造りの第一歩たる領土確保に役立ってくれた。
土地を街と人民ごとぶっこ抜いたはいいが、地盤が崩れないように結界を作る必要があったのだ。
そもそも何故土地をぶっこ抜くという偉業をやらかしたのかというと、纏めて言えば国防のためだ。
なんせ魔王の国なので、国際的に全力で敵国扱いだ。全方位敵なので、人民を守るには如何に攻められないかが重要だった。
結果、長距離通信魔術を進化させた旧魔王と、基本天才な私、国際事情に詳しい不良神父、軍事のエキスパートである戦士と会議した結果、
『いっその事、物理的に侵攻不可能な立地にすればいいんじゃね?』
という結論に落ち着き、〝浮遊島・魔王国建設計画〟が始まった。
土地をぶっこ抜き、浮遊島として地盤を固定し、結界によって安定させる。我ながら頭おかしい公共事業だ。
無理をしたからか旧魔王は三度くらい倒れた。世界滅亡させるよりキツいとのことだ。作業量はほぼ二人で分割なので、私も二度くらい倒れた。
「それでも結局成功させちゃう辺り先輩ですよねー……」
「ははっ! もっと言いたまえ! 私の気分が良くなるぞ!」
「私の被害が増しますんで止めときますね」
諦めたように溜息を付く元部下。相変わらず暗い奴だ。
そうしていると、何かを思い出したように元部下が言った。
「そう言えば、勇者様……、今は魔王様でしたっけ? その人はどうしてるんですか? 私基本的に外出ないから顔知らないんですよねー」
「ヒバリは各自治体を回っての交渉だね。街の特産や機能、人口などから我々の決めた方針を擦り合わせている」
「へえー……、先輩が惚れた女性だって言うから、もっとぶっ飛んだ人かと思いましたよ。まあ、魔王なって国作ろうとする時点でアレですけど」
「不可能を可能にするくらいは私達にも出来るさ。だが彼女は、私達には出来ない事を出来るんだよ」
例えば? と首を傾げた元部下に、マスローグは笑って言う。
「私達の力を〝他の誰かのため〟に使わせる事さ」
「あー……、納得です」
マスローグは、背筋を震わせ始めた元部下に満足した。
その姿に興が乗ったので、もう少し彼女の事について語ろう。
「彼女自身は人格破綻者ではない。私などよりは余程人格者だとも」
「ああ、はい、それはもう、ええ」
元部下が何度も頷くのを無視して、マスローグは続けた。
「彼女自身の過去の話を聞いた所、元の世界では一人暮らしだったようだ。学生の身分を持っていたが、両親から自立していたようだね」
「ふえー、何だか意外と庶民な方なんですね」
「そう、別段特別な能力は無い人だ。彼女は自分を〝平凡〟と評価しているが、私は少し違うと思っている」
「……どういうことでしょうか?」
「例えば、だ。私の象徴と言えば魔術だ。伊達に〝マッドウィザード・マスローグ〟と呼ばれていないからね」
「私も結構その道では天才とか言われてますけど、先輩と並ぶと霞みますもんね」
当然だね、と言ってから、さて、とつなげて、
「私は誰よりも自分が優れていると信じている。他の連中もそうだが、何かしらの能力が突き抜けている故に、世界から爪弾きになってきた」
「先輩の場合能力的なこと以外にも問題ありましたけどね」
「だが、彼女は違う。容姿は私の好みだが、運動能力は平均的で、頭の回転もそれなり、他者よりもほんの少し優れた部分があるだけだ」
「何か、結構酷評ですね」
「まさか、大絶賛だよ」
元部下が疑わし気にこちらを見てくる。それに対して、
「いいかね? ――絶対的な力など存在しないのだよ。何故なら、絶対の力とは変化しないからね。そこには意志の介在が無い、ただそこにあるだけなのだ」
一息。
「私は、彼女に恋をしたとき、それを知った。私の才能は他者よりは優れているが、絶対ではありえないのだとね」
マスローグは言う。
「私から魔術をとってしまえば、ただ全裸の男が残る。そんな私には何ができるかと、そんなことを思ってね」
思えば、魔王城で浅間を失ったと錯覚したときに、改めて気づいたのかもしれない。
「私には声があり、彼女への愛を囁くことが出来る。
私には腕があり、彼女を抱きしめることが出来る。
私には足があり、彼女を追い掛けることが出来る。
私には目があり、彼女の変化を見ることが出来る。
なに、考えてみれば当たり前の事で、魔術の力は、それらに付与する小さな差異に過ぎないのさ」
浅間は、マスローグ以外の者にも変化を与えた。戦士などはしょっちゅう浅間を巡って勝負する。鉄の信仰を持ちながら不良神父はこちらについた。
奴らが彼女に何を見たかは解らない。だが、彼らも気づいたのだろう。
圧倒的な能力があるわけではない。されど、勇者として我々をまとめる彼女こそ、
「――力無い、ほんの少し優れた者達の代表ではないか、とね」
「…………」
紅茶を一度含み、マスローグは思った。
彼女は自分の力不足を知っており、それでも結局魔王にまでなってしまった。そのときの流れや状況もあったが、彼女は変わらない。
「彼女に出来ない事は我々が出来るし、我々に出来ない事は彼女に出来る。彼女はその差異を認め、こちらに頼ってきたのだよ。
ならば、手を貸さぬわけにはいくまい? 世界からはみ出した私を必要と言ってくれるのだからね」
「うーん……、先輩にここまで言わせる魔王様のことが、益々気になってきました~」
「そうかそうか! ならばもっと聞くといい!」
「あ、これ地雷踏みましたね、自分」
そうして話は続く。マスローグの浅間話は、本人がマスローグをしばくまで延々と語られたのだった。
●
魔王には優秀な将がいました。魔術師もその一人です。
彼は全裸ですが、非常に優秀な魔術師でした。山を吹き飛ばし、地殻をくり抜き、天空に島を作りました。
彼の所属した王国は、〝なんで奴を抑えておかなかった! 言え!〟と責められました。ですが、そんなことしたら山が吹き飛ぶので、王国は知らぬ存せぬで通しました。
将達の中で一番魔王を信奉する魔術師は、自分達の権威でどうにかなる存在ではなかったのです。
そうしてオーバースペックな人材を手に入れた魔王は、国造りの最中、各国に攻め込まれない様にしました。
魔術師に銘じて空に島を作ったのです。魔王の国に加わりたいと言った土地をそのままくっ付けて作りました。流石の魔術師も倒れたとか。
魔術師は他にも様々な発明をしました。
全自動耕作ゴーレムや、全自動穀物回収機、交通機関、各集落への連絡網、魔王島の要塞化、生活、軍事に関わらず、役に立つものは何でも作りました。
人員の足りない魔王達の国造りは、ほぼ魔術師一人に支えられたと言っても過言ではありません。
しかし、魔術師を知る者は、魔術師よりも魔王への評価を高めます。
「あの変態を手なずけてこき使えるなんて……!」
魔術師は、勇者だった魔王が現れるまでは手の付けられない危険物だったのでした。
そして、魔王は魔術師の発明品を使ってこう言いました。
「欲しいならあげようか? もちろん、相応の品は頂くけどねえ」
商売でした。喉から手が出るほど発明品の欲しかった各国は、泣く泣く交渉に応じ、多額の資金を分捕られました。
魔王は高笑い。魔術師はそんな魔王を見て幸せそうでした。
魔王達は強引な侵攻のほか、そうして飴をばら撒いて世界に溶け込んでいったのです。
世界からは恨まれまくりました。同時に、〝こいつらは話が通じる〟という認識を与えたのです。
商売が出来るということは、約束を守れるということだからです。約束を守れることは信用につながります。信用は何よりも大事でした。
魔王達はやることがぶっ飛んでいますが、約束は守る国家でした。内政、外交に関わらず、確実に〝信用〟を得ていったのでした。
魔術師は内政担当です。別の意味で信用を得ているので、外向きには使えない子です。
そんな魔術師は、あるとき魔王に言いました。
「ヒバリ、世界は騒がしいかね?」
「そーねー、あんたの国は同盟申し込んで来たし、それに付随して色々と面倒事が起きそうよ。いやあ、大人気よね、魔王」
「ヒバリは楽しいかね?」
「ん、正直楽しい事ばかりじゃないわ。当然だけど、世界から恨まれる魔王と、国民から愛される王様って兼業きっついわ」
「そうかね、私は楽しいよ、ヒバリ」
「それは、私が疲れてるから?」
「いいや、私がヒバリを愛しているからさ。君が辛いとき、傍に居て支えることを選んだのだと、そう確信出来るからね」
「……ふーん」
「少し休むといい、残りの作業は私がやっておこう」
「そうね、御願いするわ」
「ところでヒバリ、耳が赤いようだが熱でもあるのぐぼぁ」
魔王達は、今日も世界を騒がせているのでした。
ちゃんちゃん。