水砦②
水壁都市リベリム。通称、水砦。
そこが今朝。そして私が水の国で初めて辿りついた街だった。
…街、なのか?
一応、街らしいので街なのだろう。
「ふふ、凄い困惑した顔してるね」
「だって…アレ街って言える?」
リベリムを外から見た印象。
…印象も何も、ただの壁だった。しかも無骨な黒々とした鉄の壁。
ルオーネが、アレがリベリムだよと指差して教えてくれたが、私としてもアレが街?と指差して問う事しかできなかった。
どう見ても…街に見えない。
「リベリムはね、あのダム…水をせき止める壁の中に街があるの。元々は川の氾濫が多いから水を塞き止めるために作ったんだけど、そしたら今度は川の水が全然足りなくなっちゃって…。それで、水を調整するために人が住みだした。けれどダムの側は側で決壊や氾濫の恐れがあって街を作るには不安があったから…」
「壁の中に、街を作って暮らしだしのね。けど壁の中って危なくないの?」
「そこは我が国の技術を信用してください」
笑顔で伝えるルオーネは、観光会社に勤めているだけあって詳しく丁寧に解説してくれた。
変にマニュアルすぎない解説で聞きやすかったし自然な笑顔で説明してくれるから聞いている方も楽しくなってくる。
「とにかく、行こ。ピスカもきっとリベリムの事を気に入ってくれるよ」
ルオーネはそう言って私の手を取って歩き出す。
けど、私としてはリベリムの外観を見て正直気落ちしていた。
だって…壁の中の街だよ?
確かに元はダムで、水の国でも一番水が集まる所と言っても…。
壁の中じゃ日の光も当たりにくそうだし、物語に出てくるような地下都市と違って光を反射する鉱石が~みたいな美しい景色を期待できそうにない。
世の中素晴らしい物だけじゃないとはいえ、気分は下がっていく方だった。
………なんて、考えてたけど私ってば浅はかすぎだったよ!
確かに暗くて衛生的にも悪そうだ。けれど、コレは…!
「うわぁぁぁぁ」
「あはは、ピスカってば口があきっぱなしだよ」
壁の中の街は物語に出てくるような地下都市なんかと比べものにならない。
水を使った都市と言えばの水上都市なんかとも比べものにならない。
その両方をこの目で見たワケではないが、少なくともこのリベリムは私の予想していたものとはかけ離れていた。
言うならば…水中都市!
「ね、ねぇ大丈夫なの!?こんな水が綺麗に映るガラスで町と水を区切って!」
「大丈夫、このガラスは錬金術の国で作られた爆弾でも兵器でも簡単には壊れないって評判なんだから」
街自体は暗くて、夜になれば月や星の光もないから灯りがないと本当に真っ暗らしい。
けれど、朝や昼は…目の前に広がる大きなガラスを隔てた水と、その水が通してくる日の光によって街が水色の幻想的な光で包まれる。
しかもこの水が綺麗のなんのって…濁りが全くなくて、水を通した日の光を遮っている感じが全くしない。
まるで私が、私たちが水の中にいると錯覚するほどの…。
物語でも聞いた事もない素晴らしい風景だった。
「うわ、うわ、どうしよう。楽しすぎて、新鮮すぎて、興奮が止まらない…!」
「ちょ、落ち着いてピスカ!」
今にも興奮から暴れだしそうになる私をピスカが宥めようとする。
暴れるといっても破壊活動とか人に襲い掛かるとかそんなんじゃなくて、走り回ったり壁にビターン!と張り付いたりしそうだ。
「ほ、他に!この街で見応えのある物って何!?」
「えっと…例えば病院とか?流石に衛生願念とかを気にして壁の一部を切り取った場所に建てて直に日の光が当たるようにしてあるんだけど、壁の高い所にあるから今度は空中都市みたいって言われてて…」
「水中都市の次は空中都市!?あーもう、私を興奮させて殺すつもりなのねこの町は!」
いきなり素晴らしい物を見せられすぎて、これからの旅の新鮮さが全て失われるんじゃないかと思うほどに興奮していた。
ルオーネも私を後ろから羽交い絞めにして、私を落ち着かせようとしてくれているが…納まらない。
このままルオーネを引きずってでも病院を探しに行きそうになった所で…。
「お前たち、こんな所で騒いでいるんじゃない!他の人にも迷惑だろう!」
「ご、ごめんなさい…!」
「ごめんなさい!」
どこからか、騎士がやってきた。
白を基調とした鎧を着て、あちこちから緑の布地が見える爽やかそうなイメージの騎士の鎧だ。
その爽やかそうな鎧を着ているこの男性騎士さんも…怒っていなければ鎧のイメージとぴったりだったかもしれない。
あ、怒らせているの私か。
普段から聞きなれていた怒られ方だったので口だけごめんなさいと言って何も気にしていなかった。
「ふぅ…ごめんねルオーネ。少しは落ち着いた」
「ううん。気にしてないけど…落ち着いたなら足をパタパタさせないでね」
あぁ、ダメだ。身体の上から半分は少し落ち着いた感じだけど下半身が今にも走り出しそう。
両足の足首を上げては下げて、上げては下げて。
ルオーネは、今度は足を押さえるようにガシッと太ももを掴んでくる。
迷惑ばかりかけてごめんなさいルオーネ。
「やれやれ、君は観光客か?もう少し節度を守って観光したまえ」
「私は悪くない!この素晴らしすぎる街が悪いんだから!」
「…そ、そうか。うむ、確かに素晴らしい街かもな。でも落ち着きなさい」
騎士さんは照れたような表情をしながら両手で私の肩を押さてきた。
ルオーネに足を押さえられたと思ったら今度は上半身が痙攣したように動いていたらしい。
下半身をルオーネ。上半身を騎士さんにと押さえられて人目のつく怪しい姿になっていた。