はじまり⑤
声がした方に視線を送ると、声を上げたらしき船乗りの男性が殴り倒される所だった。
場所は積荷置場の裏。私達のような客の私物の、大きなカバンとかが置いてあるはずの辺りだった。
しかし、いくつか残ってはいるが明らかに荷物が少ない。
そして近くにはボートがあり、そのボートには置いてあったはずの私達のカバンが積み上げられている。
あれは…運ぶのが大変な船の積み荷ではなく観光客などの荷物を狙った窃盗だろうか…?
「…って、ホントになにしてんのよ!?」
「ちくしょう、ボートを出せ!」
船乗りを殴り倒したらしき見た目も声も荒っぽい男性がボートに乗り込み、指示を出す。
ボートには乗り込んだ男を含め3人。
最初からボートにいた2人がいつでも逃げられるようにしていたのかすぐさまボートが動き出し、船着き場から離れていく。
「おい、どうしてくれるんだ!荷物を預かっていた貴様たちの責任だろう!?」
「も、申し訳ありません!」
「お、落ち着いてください!」
同じ船を待っていた商人らしき人達が近くにいた船乗り達に詰め寄り、激怒していた。
商人達とは少し面識のあるルオーネも商人達を宥めようとするが効果はない。
…ルオーネも荷物を盗られたかもしれないのに商人達を宥めようとするなんてできた人だね。
対して商人達はただただ文句を言って船乗り達の行動を邪魔している。
そのため、もしかしたら間に合うかもしれない窃盗犯たちを追いかける準備もままならない。
まぁ管理責任という面では確かに船乗り達にも悪いところがあるから自分たちで荷物を取り戻してきてほしかったが…このままでは逃げられてしまいそうだ。
私の荷物もある事だし、これは私が動くしかないか…。
「ぴ、ピスカ…?」
「集中するからちょーっと静かにねー」
船着き場の先まで来た私に気が付いたのかルオーネが声をかけてくる。
商人達を押さえながら私の事まで見てるなんてホントにできた人だね、ルオーネは。
さて、それはともかく私は集中する。
私は詠唱が苦手で、難しいものを使用できず雑に、ざっくりとしか使用できない。
でも逆に言えば集中だけでなんとかなる物に関してをメインにだけ特訓してきたから、普通な才能しかない私もこれは得意で、一般的以上には上手な部類に入る。
「君、何をしているんだ!」
「何って…魔法だけども」
「魔法!?何をふざけているんだ!」
私達にとっては当たり前のもの。
目には見えないけど世界中のどこにでもいる精霊から力を借りて力を行使する。
今でいえば風の力を。
足場に風の力を溜めて…一直線に飛ぶ。
上級の魔法使いにもなれば一定時間まるで自由に空を飛んでるかのようにできるらしいが私にはとにかく一直線に飛ぶ事しかできない。
たとえば…川を挟んで離れていくボートに向かってとか。
てか、混乱しているからって私にまで突っかかってこないでよ商人さん。
こっちは魔法を使うのに集中しているし、飛ぶ時に周囲に衝撃が走るから離れてほし…。
…違うな、この人は。
「船乗りさん、その商人を押さえといて。証拠はないけどグルかもしれない」
「な、何をふざけた事を言っている!?」
「まぁ押さえなくても私が帰ってくるまでこの船着き場からみんな離れないようにして。もし貴方がグルじゃなかったとしても…」
この商人はすぐさま船乗り達に詰め寄って追跡の邪魔をしていた。
それだけならパニックになってからで済ませられるかもしれないけど…。
パニックになっているというのに、ルオーネと同様にこの商人は私が視界の外で追跡の準備をしている事に気が付いた。
追跡の準備とまでは分からなかったかもしれないが、怪しい行動をしている私に。
…よし、準備ができた。
まだ距離もそんなに離れてないし届く。
商人が走って私の側に寄ってきてるから衝撃が心配だけども、まぁいいや。
「私が、荷物取り返してくるから!」
そう言ったのと同時に私は魔法を発動し、ボートまで飛ぶ。
魔法の名は『シルフェリオン・ブースト』
魔法を特別習わない物でも使える、風で小物を飛ばす魔法の延長だ。
主な使用法は石を飛ばして遠くの物に当てる…男の子たちの間で流行る射的遊びの、ね。
私がこの魔法が得意なのは決して同世代の男子顔負けに楽しんで極めたのとは関係ない。決して!
…で、この魔法は飛ばす物が石から私になっただけ。
「さて、私はコソ泥よりは強い自身あるけど…やる?」
川の上を飛び、ボートに辿りついた私はコソ泥3人に一応聞く。
何をしたかしらねーが女のくせになめるなぁ!といきがっているけども、私の身体の周囲にはさっきの魔法に使用した力の余波がある。
その余波を使って、荷物を巻き込まないようにしながらに3人を風魔法で吹き飛ばした。