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朝の戦い

 

 目覚めると、窓から日が昇り始めているのが見えた。


 この国では一年の気候があまり変わらない。少し肌寒いくらいの気温のときが多く、過ごしやすい。

 日の出とともに起きなければならないので、それはとてもありがたかった。


 顔を洗い、急いで身だしなみを整え、厨房まで足音に気をつけながら歩く。

 厨房に着けば、料理長、そのほかの面々に挨拶してから、野菜の皮むきなど、雑用をはじめた。



 二年間。それは長いようで短い。

 何十年と経ったような、一瞬で過ぎ去ったような、感覚も曖昧なそんな時間だった。



 かつら剥きがくるくるとナイフで出来るようになったことが、二年という長さを現わしている。

 

 最初は慣れない形の食べ物を剥くのに、これまた慣れないナイフを持たされて半泣きだった。

 その間中料理長の罵声が飛び、そのまま殺されるんじゃないかとすら思った。


「アキ!皮むき終わったのか!!んな考え事してちんたらしやがって!!」


 これだ。ちょっと下向いて手がゆっくりになった瞬間に怒声が飛んでくる。

 最初はこの声に飛び上がるほど驚いたが、今となっては慣れが勝った。

 急に声を掛けられたにも関わらず、落ち着いた手で最後の皮を剥き、得意げな顔でにやりと笑う。


「へっへーん!終わりましたよ!!最高記録です!」


 苦い思い出をかみ締めながら剥いたのがよかったのか、自己最高だ。というか、国レベルでも自分ほどかつら剥きが上手いのは片手程度の人数だろうという自信をアキは持っていた。


「無駄な特技で無駄に胸張ってんじゃねえ!!こんの、半人前が!」

「ひどっ!!無駄って二回も言いましたね!?」


 自分でわかってるのに!とアキは顔を両手で覆う。もちろん下手な演技だ。

 そうすると、料理長からの容赦ない鉄拳が飛んできた。


「痛い!?暴力反対!!」

「くだらねえことしてねえで、とっとと片付けでもしてやがれ!!」

 私の成長を労わってくれてもいいじゃないですか……とぶつぶつ呟く。だが、その口元は少しだけ弧を描いていた。



 朝の一番忙しい時間も終わり、片腕を伸ばしストレッチをする。


「お疲れー。今日もなかなか良い一発をもらってたね」


 後ろからメイド服の女の子が声をかけてきた。 

 名前はライア。二年前までちらりと見たことがある、安っぽい生地では全く無い、本気のメイド服。それに一番似合うのはこの子だと思っている。 


 ふわふわの茶色い髪に、まつげがばさばさと生えた大きい目。顔が比較的整った人が多いアルタイル家の中でも、彼女は選りすぐりの整った顔だ。


 美人と言うよりは、可愛い系の顔をしていて、腰ほどまであるふわふわの髪がちょうかわいい。アルタイル家の募集要項には、絶対顔の良さも入っていると思う。


 私が女だと言うことを決して言うことは出来ないが、彼女とはなんだかんだで親友みたいな感じである。


「ライア。笑いごとじゃないですよ、ほんと!殴られたときは星が浮かぶんですからね!目の中に」


 ああいたい。ちょういたい。呟きながら、それでもやはり口角は上がってくる。

 間違ってはいけないが、別にMマゾと言うわけではない。

 

「そりゃあな」

「おやっさんの一発がかるいわけねーべ!」

「目ん玉飛びでねえだけマシだと思えよ!」

「ライアちゃんかわいー!」


 あちらこちらから、料理長以外の料理していた面々が野次を飛ばしてくる。

 後誰だ、ライアをどさくさにまぎれて賞賛してんの。

 


「ひどっ!誰か私のこと可哀想だとか、料理長横暴だ!とかないんですか!!」

「ないない」

「おやっさんがルール!!」

「ライアちゃんさいこーう!」

「ひっこめアキー」

「ちくしょう恐怖政治が!後誰ですか、さっきからライアをドサクサにまぎれて口説いてるやつは!」


 ライアは嫁に行くその瞬間まで私のものなんですー!!そう叫びながら笑う。

 ライアはくすくす笑って、手に料理を持って「また後でね」と言って厨房を出た。手を振る姿も可愛い。


 ここまで周りの人たちと馴染めたきっかけは、やっぱり料理長だった。




 身元不明な上、来て早々この家のトップの次男(ジーン坊ちゃん)付きになったあげく、黒目黒髪ときたものだから、最初は誰も近寄りたがらなかった。


 だが、料理長はそんなことで差をつけたりはしなかった。むしろ差をつけてくれと思うほどに平等に接してくれた。


 皮むきが遅いとか、洗い物が遅いとか、眠そうな顔が気にくわないとか。全部鉄拳付きで。

 最後のヤツは断固抗議したが。ある日避けたら二回に増えたので、あれからは避けないようにしている。



 決定的に周りの空気が変化したのは、ある日のことだった。




「まだ皮むき終わってねえのか!!成長しねえやつだ!」

 そういって鉄拳を食らわされ、毎日の積み重ねでぐわんぐわんしていた頭に、そのとき限界がきたのである。確かに何かが切れる音を聞いたのだ。



「今に見ててくださいよ!料理長を唸らせるほどの皮むきの達人になるんですから!!」

 なるんですから なるんですから なるんですから(エコー) 

 


 宣言した。黒歴史と言うヤツである。

 全員思った。宣言した本人ですら思った。



 皮むきの達人って……



 一秒、二秒と誰も音を出さない時間が過ぎ、誰が声を最初に出したかはわからない。同時だったかもしれない。その声は確かに、笑い声だった。それは伝染していき、こらえた笑い声がいろんな所から響いてくる。


 料理長の手前、誰も大口を開けて笑わないのが、本気で辛いと思った。

 笑うならいっそ本気で笑え!!ちょっと泣きかけた。目の前料理長もちょっとプルプルしていた。


「まあ、唸らせてみろ。その皮むきの達人とやらで」


 いつものように威厳たっぷりを目指して話しているのだろうが、震えた肩は隠せていなかった。くそったれ!



 そのことがあってから、皆気軽に話しかけてくるようになった。にやにやした笑い付きで。


 ちなみにちょっとの間あだ名が「達人」になったのはある意味良い思い出だ。言うやつ言うヤツに蹴りをかましまくった。




 そんなこともあり、馴染む事は出来たが、何かを失った気はする。


「それにしても達人。皮むきマジで早くなったなあ」

「天誅!」


ニヤニヤしながら言ってきた副料理長に蹴りをかました。

脛を蹴ったため、足を抱えて悶絶しているが無視だ。


「まあまあ」

「でもほんと、皮むきも雑用も、お前は国のトップレベルだぜ!」

「まじでそろそろ料理長が唸るレベルになってんなあ」

「お前の負けず嫌い半端ねえよな」


 下っ端たちがなだめるように副料理長との間に入ってくる。口々にすごいすごいとか言っているけれど、馬鹿にされている気しかしない。



「最初はこんな笑えるやつだとは思わなかったもんなあ」

「根性なしかと思ったら毎日料理長に殴られてもへこたれねえし!」

「料理長も料理長でなんの手加減もないしな」

「でもあの日からある意味で特別扱いだよな!」


 人が頑張ってるのを言いたい放題かこいつら!


「達人、早く料理長を唸らせろよ!」

 副料理長が懲りずにまた立ち上がってそういった。天誅!



 いろいろと言い返す事があり口を開こうとした瞬間、頭にごいんと鉄拳が下った。もう二年間もくらい続けた痛みだ。


「ずっとそうやって喋ってねえで、とっとと自分の仕事をしやがれ!!」


 正論だったため、口を尖らせるだけで何も言わない。

「と思ったけどなんで私だけなんですか!!横暴!贔屓!!」

「うるせえ!お前はとっととジーン坊ちゃんでも起こしに行けや!」



 料理長のこぶしの重さは、馴染む前も馴染んでからも変わらない。その重さに救われてきたなんて、絶対に言わないが。








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