Ⅶ 急転 ~もう一人の記録者~
薄明るい中、僕の意識は徐々に覚へと向かう。けど、布団の魔力はなかなか僕を放してくれなかった。
これはいつまでも眠れそうだなと考える一方、自分が、枕が変わっても熟睡できるとは思わなかったとも考えていた。
しかし、いい加減起きないと、学校に遅れてしまう。
ゆっくりと目を開くと。
綺麗な女の子が僕の顔を覗いていた。
金糸のような綺麗な金髪が朝日に輝いていた。
誰だ、この人?
エイナさんではない。
あの娘は黒髪黒目の日本人だ。時折左目がおかしい気もするけど。
でもこの娘は金髪に碧眼の絵に描いたような外人さんだ。背が高いのは、個人的に羨ましい。僕は平均ぐらいしかないしね。
薄手のキャミソールから少し見えるプロポーションも申し分ない。特に胸が。ポーチを袈裟がけにしていてとても強調されている。
ああ、僕も男子だな。
などとくだらないことを確認するほど魅力的な女性だった。
「なんかブルーな子ね」
英語を話すんじゃないんだろうかという不安が強かったのだが、彼女が言葉にしたのは日本語だった。
「誰?」
「はじめまして、少年君。私はミルネ・ジュトム・リヴァリアス。この家の家主の従姉よ」
家主?家主ってこの家には元々一人だけだし(エルが一人に数えられるかどうかが気掛かりだが)、 きっとエイナさんのことなんだろう。
しかし、エイナさんにこんな美人な従姉妹がいるなんて、知らなくて当然なんだけど何だか彼女は天涯孤独のような感じがしていた。人との距離の取り方とか、言葉の掛け方とか、そんなコミュニケーションが苦手なようなんだ。
けど、従姉妹がそんなに仲の良い家族と言えるかは微妙な気がする。
「さっそくで悪いんだけど一緒に来てくれない?」
「大事な話がございます」
とどこからか女性の声が聞こえた。声の主を探してみるが、どこにもいない。
「えーっと、この声はやっぱり……」
「はい。わたくしはあのエルと同様の存在でございます。名をエスと申します。どうぞ宜しくお願い致します」
こちらが恐縮してしまいそうになるくらい丁寧な言葉づかいでエスさんはそう言った。
「いえいえ、こちらこそ宜しくお願いします。僕は緋島直樹です」
ベッドの上に正座をしてお辞儀をしてしまった。
丁寧にされるとついぺこぺこしてしまうのは日本人の国民性なのだろうか?何となく嫌だ。
とにかく僕は突然現れたエイナさんの従姉、ミルネさんと共に行動することになった。
……RPG?
制服に着替えた後に、よくよく考えたら学校サボってることに気づいたが、なぜかノリノリになっているミルネさんに「学校があるのでまた今度にしましょう」などと言ったらどうなるのか考えたら恐ろしいので黙って彼女に従うことにした。
行く前にエイナさんに一言掛けようとしたのだけど、ミルネさんが「そんなの後々!!」と急かしてきたのでできなかった。
僕らは山を下りすぐ近くの駅に入った。
エイナさん、僕の連絡先とか知っているのかな?
時間通りに電車が来ることにはしゃいでいたミルネさんを見ながら、僕はそんなことを考えていた。
?
というか僕、何か大切なことを聞き忘れてなかったっけ?
…………………………。
「あっ」
昨日の続きを聞いてなかった。
改変を起こす人の条件とか、そもそもエイナさんたちがどうして僕に接触してきたのとか、重要なことだよ!
あまりの事態に半ば呆れてしまう。
忘れるなよ、僕。
「じぃ~~~」
朝にしては珍しく透いていた電車の座席に腰かけていると、じぃ~っと隣のミルネさんが僕の横顔を見ていた。というかじぃ~~~って声に出てるし。
「え、あの~、どうかした?」
露骨な視線を無視するほどハートが強くない僕は聞かざるを得なかった。
「別に。ただ女の子と一緒にいるのに黙って考え込むのはどうなのかな~って思ってただけだよ?うん。別に怒ってはいないんだよ?」
なんというか、うん、怒ってるね。
背後に阿修羅が見える。金髪に阿修羅ってのはミスマッチだ。
う~ん。つまりミルネさんは何か話せと言いたいのだろうか?
僕がしなければならない話題は今は一つだけだ。
「ミルネさんってさ、やっぱりエイナさんみたいな記録者なの?」
少しつまらなそうに口を尖らせるミルネさん。やばい、選択を間違えちゃったかな?
「そうよ。だって私とあの娘は従姉妹だもん。それにこの目、金髪でイギリス人みたいな顔つきしてるからばれないけど、あの娘とおんなじ。記録者の証、それがこの蒼い目」
自分の氷のような青い瞳を指さしながら彼女はそう言った、
記録者は目が蒼いのか。てことはエイナさんのあの時の光も目と関係しているのかもしれない。
ミルネさんはそんな風に考え込む僕に気づかず、ぐだーっと背もたれに体重をかけた。
……仮にも(失礼だから絶対に言えない)女の子がそんな気怠そうにしていていいのだろうか?
ちらっと見てみると薄く青いキャミから少し胸の谷間が見えた。
僕はコンマ2秒で目を逸らした。
い、意外と大きかった。
キャミは薄い服のはずなのに、どうやったら着やせできるんだろうか?
「えっと、その服」
胸が見えるのをどうにかしてと言いたかったけど、そんな直球に言えるわけもなくどもっていると、何を思われたのか今度は座席に腕をつきながら僕を見つめる。
ああ、そんなことするとさらに胸が見えて大変なことに!!
僕は慌てて再度目を逸らした。コンマ5秒で。
「服が、どうしたの?」
ゆっくりと一字一字はっきりと聞こえるようにミルネさんは言う。
「……、似合ってる、ね」
そんな無難なセリフしか出てこなかった。
そんな僕にミルネさんは何を思ったのか大きく頷き、続いてマシンガントークを繰り出した。
服をどこで買ったとか、どの雑誌に載ってたとか、だれだれが着ていたのを見て欲しくなったとか、そんなことだったと思う。
適切に(適当にしたら怖いので)相槌を打ちながら、こんな外人っぽい顔して日本語が流暢に話すミルネさんをどこか微笑ましく思っていた。
目的地に着くまではね。
「ねえ、……ホントにここが目的地なの?」
げんなりしている僕に対して、
「year!当然だよ!日本に来たらここに来るしかないわよ!」
テンション上がり過ぎて英語出てるよ。というかこの娘の母国を知りたいと僕は真面目に思う。名前が日本人っぽくないし日本人ではない(と断定したけど微妙に不安)。顔がイギリス系だと言っていたけど、じゃ、どこの国の人なの?とは聞いていないので、一人では解決できない疑問だね。ハハハ(発音HAHAHA)。
そんな現実逃避をしなければこの状況を受け入れられなかった。
何を隠そうここは聖地(?)。電子都市・秋葉原。
「聖地がこんなに近くにあるとはね」
どこかとーくを見てそう思いたかったけど、さすが都会、ビルばっかりで遠くが見えない。オーマイガー。
いや、日本の電化製品が欲しいとか、そういう案件なら全然いいんだ。むしろ歓迎するよ。
いきなりアニメ調の女の子が描かれたイラストが掲げられた店に入るというのはどういう事なのだ。
外で待っている訳にもいかず、仕方なく店内に入ると飛び込んできた18禁のマーク。もう何も言えない。
(嘘だ。あんなに綺麗なのに)
金髪碧眼なのに、
ミルネさんが腐女子だったなんて!
恐ろしいことにエロゲショップ(というらしい)で無駄に箱がデカいゲームを買い漁り、それを僕に持たせて(これが結構しんどかった)からも買い物は続いた。次はギャルゲショップ(エロゲショップの全年齢版のようなもの)に直行し、そこでもゲームを買い漁った。
そんな調子でもう5軒もゲーム屋を梯子してお昼になった。
残り三軒は普通のゲームショップだったけど、そういう問題云々よりもこの両手一杯のゲームを何とかしたい。
まさかドラマのように女の子の買い物で荷物持ちをやらされるとは、昨日までの僕には想像もできなかっただろう。
メイド喫茶で昼食を取ることになったけど、この時点で僕は疲労でダウン。ミルネはそれを気にせずメイドさんにオムライスをフーフーしてもらっている。
極楽にいるようなその姿に僕は少し苛立ちを覚えた。
僕はエルに聞きたいことがあったのに、どうしてこんな状況に遭ってるんだろう。
?というかこの二人(忘れていたがエスも何かに憑依して、一緒にいるはず)僕に話があるんじゃなかったか?
「ミルネさん。いい加減にしてください」
後半戦へgо!といった風に気合を入れる彼女に耐え切れなくて、僕はつい冷たく言ってしまう。
「うん?」
いや、そんな子供みたいな純真な顔をされても……。
なんていうかバカみたいだ。苛立ちも今ので立ち消えてしまった。
「いや、もういいです」
「そうはぐらかされるとかえって気になるというのが人の性というものじゃない?」
つまりさっさと話せということなのだろう。
「お二人は僕に話すことがあったんじゃないんですか?」
「「……………………………………………………」」
沈黙、atアキバの歩行者天国。
「い、いややわ~。それに気づくのが遅過ぎまヘンか?」
「僕の所為!?というか動揺しすぎて京都弁になってるよ!!」
「ミルネ、あなたって娘は……」
「いや!エスさんもあいさつ以来一言も話してなかったよね!完全に忘れてたよね!!」
「いえ、わたくしは早くゲームをやりたいなと思っていただけにございまする」
「あなたも腐!?それよりも二人揃って口調がおかしくなるのはどういう事!?」
やばい。この二人、想像を絶するほど頼りない。というか自分の趣味に入れ込み過ぎだ。
「それで話って何?」
いい加減にしないとこのまま日が暮れてしまいそうなので僕がリードする。
「その前に少しいい?」
彼女の目付きが鋭くなった。……両手一杯のゲームを見なければカッコいいのかもしれない。
「本当に知りたいの?」
「うん」
今更何をと思ったけど、そう笑い飛ばすことができないような彼女の言葉や雰囲気に重みがあった。
「あのね。私たちは今まで改変について話した人の記憶を奪っているの。混乱を避けるためにね。まあそもそも改変が起きてもその人たちは気づけないんだけど」
というよりも彼女たちの言葉を信じる方が難しいはずだ。
誰も改変について気づけないのだ。彼女たちや僕のような例外を除いては。
「でも君は違うでしょう?君は改変が起きたことがわかる。それに私たちにもあなたの記憶を制御できないってエイナは言ってた」
(エイナさんが……)
彼女が僕を、記憶を変えようとしたのか。
「だから、私が真実を話したら、君はずっと記憶に苦しみ続けるよ?知らなければ良かったって思う時がいつか絶対に来る」
知らなければ、普通に生きていけた。関わらなければ変わらなかった。
でも、僕は知っている。
あの日、消えてしまった女の子に、伝えたかったことを伝えられなかった今の僕の後悔を。
僕は改変からは逃げられない。この先も神様の怠惰が招いた理不尽で不完全な世界に生きていくしかない。
「僕は、それでも知りたい。これからも改変に巻き込まれ続けるから、今知らないといけないことなんだと思う」
さびしそうに笑い、ミルネさんは頷いた。
予告通り今回は長いです。
なので分けて掲載します。