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Fehlen world ‐欠ける世界‐  作者: 長野晃輝
第一章 シンジツ
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Ⅴ 心写

 幽霊屋敷の中を僕はゆっくりと歩む。

 山中にある屋敷のため、時折のぞく風景は見ごたえのあるものだ。いつの間にか夜になっていたようで、あたりは暗いのだがその方がいいこともある。たとえばきれいな月とか。町の夜景とか。

 腕時計を見るともう九時だった。いい加減空腹も限界に達しそうなのだが、この身に起きたことを知ってからじゃないと寝つきが悪くなる。

 そんな意地にも似た考えで僕はこの屋敷に残っている。


 少女の出血事件でしばらく僕とエルさん(おっさん)はあたふたしていたが、あまりにも少女が冷静に対応するためなんだか情けなくなった。僕って落ち着きないのかな?

 あとは一人で治療するといって少女が自室(と思われる書架の向かい部屋)に籠ってしまったので、屋敷をふらふらとして暇を持て余す。

 天岩戸、とは違うか。機嫌を損ねているというのは同じだけどね。

 この屋敷はあまり人が住んでいるようではなかった。よく見ると埃が溜まっていて、掃除が行き届いているとはお世辞にも言い難い。多分外から見た姿も綺麗ではないのだろう。

 幽霊屋敷と呼ばれているのも少し納得する。蔦が外壁に絡まり、庭園の植物が好き勝手に伸びていたら誰だって幽霊が出そうだと考えるよ。

(それにしてもあの娘、確か学校の前で会った女の子なのかな)

実に今更な疑問のような気がするのだけど、さっきまで僕はそこまで考える余裕がなかった。……これを免罪符にしたい。

(あの青い光はなんだったんだろう?)

 光を見て以降の記憶がない。現実的ではないかもしれないけど、その光のせいで気を失ったのかもしれない。

 ……現実的、ね。

 その思考に思わず笑みを浮かべてしまう。

 その笑みは嘲笑だ。

 僕は見てきているのに、現実的なんてがまだ考えている。

「何やら怪しい笑みを浮かべていますね」

 ぎょっとして見るとジト目と出会った。

「怪しいってどんなふうに?」

「いたずらに成功した子供かいたずらを計画している子供のようです」

 ……。

 それは同じものなの?

「とにかく傍目から見れば危ない人のようでした」

「たとえが多すぎると逆にわかり辛いよ」

 苦笑しながら、

「ところで、……その~、大丈夫?」

「はい。鼻は少し赤いですが、血は止まりました」

 そう言ってこちらを見る少女。

 その眼は青ではなく、純日本人の黒目をしていた。

 やっぱり見間違いなのかな。

 今は目より鼻を気にかけるべきだよね。

「ほんとに大丈夫?」

「くどいですよ」

 バシリ、一刀両断。

 うん。なんて言うか、目が冷たい。

「話したいことがありますので、来てもらえませんか?」

「あ、うん」

 拒否権はない気がした。


 彼女が向かった先は応接間のような部屋だった。ソファーが二つ、机を挟むように並べられている。赤い絨毯や壁にかかった絵なんかとっても高そうだ。ところどころ掃除の不徹底が目立ったこの屋敷だけど、ここだけはきちんと清掃が済んでいた。

 三階建の屋敷の一階の一番広い部屋がここだと彼女は語った。

 広い。六畳一間の部屋に住んでいる僕がすごく惨めに感じる。

 まあ、広すぎる部屋に一人で住んでも寂しさが倍増するだけだし、僕は六畳一間の方がいいんだ。(強がり)

「オウ、兄ちゃん。待たせたな」

 先に拾われたのか(?)革ベルトで縛られた本がおしゃれなテーブルの上に置かれていた。

「待たせたとはどういうことです?」

「いや~、本当ならこんな時間をかけるつもりはなかったんだがな。手間取っちまった」

 一体何に手間取ったのか、聞く前に「どうぞ」と席を勧められた。なんだかタイミングを逃して聞きづらい雰囲気になる。

 突っ立っていても仕方ないので、言われたとおりにソファーに腰掛ける。うわ、フカフカだよ。ここで寝たら気持ち良さそうだなー。

「……スウ」

「狸寝入りですか?」

 いえ、これはちょっとだけマジ寝です。

 うっすらと目を開けると反対側のソファーに少女が座っていた。

「随分苦しそうに眠るんですね」

「……そうなのかな」

 寝顔なんて自分じゃ見れないし、誰かに指摘されたこともないのでわからない。

「うさぎさん、なんですか?」

「はい?」

「夜毎に枕を濡らす、寂しがり屋のうさぎさん」

 なんかホントに小動物を見るような瞳にのぞかれる。

 それが何故かくすぐったくて、痛くて、僕は素直になれずに

「そんなデリケートな性格じゃないよ」

「神経質な性格ではあるとこの小説を読んでくれている皆さんにならわかっていただけるだろう」

「誰に話しているんですか?」

 エルさん(本)に睨みを利かせる。

「気にするな」

 かえって気になると思うが黙っておこう。

 ややこしいからね。

「まあ、アホ話はそこまでにしようや、お二人」

 後半はあなたもしてましたけどね。

「本題に入るとしましょう」

 少女は何事もなかったかのように、淡々と紡ぎだす。

「あなたが体験してきたこと、その真実をお伝えします」

 知りたくて、それでも知りたくもなかったことを、


 彼女はまずテーブルの上にあったエルの戒めを解いた。

 続いて何かの図鑑クラスの厚さと重さを持つその本を片手で持ちあげそのまま開いた。

 シュ、シュという紙がすれる音がしばらく続き、真ん中の辺りまで開いた。

 淡々とページをめくる彼女の姿を見ていると、なぜかそのとき僕は二日前の出来事を思い出していた。

 理由がまったくわからない。別に二日前に似たようなことがあったわけでもない。ほんとにふと二日前のことが思い出された。

 二日前は、欠落が起きた日だ。

「二日前」

 彼女はあっさりとした声で、

「あなたにとって何が起こりましたか?」

 僕には、

「僕の日常が変わった。せっかくできた友人が他人になった」

 自然と言葉が紡がれる。木の葉についた滴が地に落ちるように、抗いようもなく僕の心が零れる。

「あなたはそれを望みましたか?」

 僕は、そんなことはどうでもいい。

 どうせいつものことだから。

「望んでなんていない!」

 僕の意思とは反対に、言葉があふれる。

「いつだって!いつだって!僕は失ってばかりで!どんなに努力しても欠落からは逃げられなくて!でも諦めることもできなくて!」

 心の吐露は止まらずにいままでの欠落のことまで僕は吐き出す。

 いつの間にか、涙が流れていた。

 そっと手が触れる。

「ありがとうございます。あなたの心を写させてもらいました」

 そう微笑む彼女の左目は青く輝いていた。

「私はエイナです」

「ぼ……くは……」

「無理しないで、ゆっくり休んでくださいね」

 優しいその声で、僕は瞳を閉ざした。


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