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Fehlen world ‐欠ける世界‐  作者: 長野晃輝
第二章 ニチジョウ
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アリスⅡ 押しかけて自宅へ

 バス停が見えてくるまでアリスはプンすかしていたのだけど、ある時ニヤっと笑って僕に尋ねた。

「直樹さんのー、家はーどこにーあるんでーすかー?」

 久しぶりにムカつく……もとい、聞いててイライラするゆったりな話し方をするアリス。

「ここからならちょうど街の反対側だね」

 この街は駅を中心に発展した街だ。駅には商店やビルが立ち並び、繁華街として成り立っている。もっぱら人が住むのは駅から離れた郊外で、僕の家もそこにある。

 ちなみにここは街の西側。夕陽が綺麗な小高い丘の上だ。もっとも雑木林が鬱蒼としているため、一般には山と認識さているんだけど。(僕も最近調べて分かった)

「ワタシぃ~、直樹さんの家にぃ~、行ってみたいんですけど」

「え!? 僕の?」

 何か異常な期待に満ちた目で見つめられてるんだけど。僕の家にいったい何の興味があるのだろう?

「……別にいいけど、ちょっと遠いよ?」

「構いません!」

 即答&断言しますか。

「別に面白い物もないし……」

「なくてもいいんです!」

 いいの!?

「それに仕事だってあるじゃないか」

「むしろ仕事に行くためにじゃないですか!!」

 最後のは何言ってるか分からなかったけど、勢いに流されてしまったのか、僕は特に言い返すこともなく了承した。

 本当に面白い物ないんだけどな。

 キラキラした目で見続けるアリスをこれ以上止めても効果がなさそうなので、諦めを込めて溜息を吐いた。

「やった」

「な、何がそんなに嬉しいの?」

 あまりに不思議だったので僕は思わず尋ねた。

「い、いえ、とにかく行きましょう!」

 慌てた様子でアリスは走り出した。

「そんなに急いだら転ぶよ~?」

「ワタシ、子供じゃありません!! って! わわっ!!」

 言ってる傍からアリスは何もないところで躓いて、バランスを崩した。

「きゃっ!」

 寸でのところで彼女の腕を掴み、事なきを得る。

「ふう……。大丈夫?」

「は、はい。ありがとうございます」

「気を付けなきゃダメだよ?」

「だ、だから子供扱いは……」

 反論は受け付けない。

 と僕は彼女の頭に掌を乗せて、ゆっくりと撫でた。

 アリスはプクッと頬を膨らませながらも、しばらくそのまま大人しくしていた。

 まあ、一分後には本気で怒られたんだけどね……。



 街の反対側まではバスで街を一周するように行くのが一番早い。普段はターミナル駅を経由して、ほぼ街を縦断するように移動するのが早いのだけど、休日は駅が混雑して、かなりの時間窮屈な思いをしなくちゃならない。

 そんなわけで郊外を周るバスに乗って僕らは僕の家を目指した。

 バスの中でアリスは終始物思いに耽っていて、話しかけられる雰囲気ではなかった。

 休日の、しかも朝のためか、バスの乗客は僕らしかいなかった。まあ駅を経由すれば嫌でも混雑するので、僕らの選択は間違っていない。

 僕たちはバスの一番後ろの長い席の両端にそれぞれ腰かけた。

 ちょっと遠い、けど近づけない。そんな距離を僕らは保った。

「……」

 時々アリスの姿をチラッと見たり、家の中に片づける必要がある場所はあったかなと考えながら僕はバスに揺られていた。

 二〇分ぐらいかけてバスはゆっくりと街を回った。その途中に僕が行こうかと考えていた場所がいくつかあったのだけど、まあさっきのアリスの様子を見る限り今は気にする必要はないんだろうけど。

 僕の家まではバスを降りてから、しばらく歩かなければならない。

 それに関しては特に文句は出なかったのだけど、どうもアリスの調子がおかしい。

 よくわからないけど、右手と右足が同時に前に出てて、旧世代のロボットのようなぎこちない動きをしている。息も荒いし、顔も赤い。

「……本当に風邪とか引いた?」

「ヒッ!! ひえ! じぇんじぇんだいびょーぶです!」

 ……全然大丈夫です、でOK?

 少なくとも滑舌は大丈夫じゃなさそうだね。

「そ、そういえば、直樹しゃんのごきゃじょくは?」

「え~っと、家族のことかな?」

 コクコクと首肯してるので、間違いはないようだ。

「……」

「?」

 首を傾けるアリスに僕はちょっと困ってしまった。

 僕はまだ、二人に両親のことを話していなかったのだ。

「ほら、見えてきたよ。あのマンション」

 僕は指さしながら、彼女の質問をはぐらかした。

 どうせ、すぐわかることなのに。



「おじゃましまーす」

 アリスはゆっくりと僕の家の扉を開いた。

 マンションの二〇三号室、そこがの部屋だ。

 さほど広いわけでもないし、特徴的なものはない。部屋だって寝室として使ってる和室とリビング、あとはトイレと風呂場だけだ。

 だって、一人で住むには、それ以上は必要ないのだから。

「あれ? 誰もいないんですか?」

 僕は返事に困って苦笑いを返した。

 彼女はてくてくと部屋の中に歩いて行った。

 僕は一つ深呼吸をする。

 さあ、覚悟を決めないとね。



 入ってすぐのリビングにそれはあった。

 すぐに目につく。だってそれは扉を開ければ、目線の先の位置にあるのだから。

 アリスは呆然としたように、僕の前で立ち尽くしていた。

 彼女の表情は見えない。けど、どんな顔をしているか、何となく分かるような気がした。

「何ですか? これは」

「見ての通りだよ」

 僕は極力沈んだ様子を見せないように、いつもの調子を意識しながら声を出す。

「僕の両親の仏壇」

 位牌の隣の額縁に入った二人の写真。二人が事故に遭ったということになっている時に撮られた、最後の二人の姿がそこにあった。

「えっと……そのぉ……」

 どうしていいのか分からない、といった具合にアリスは視線を僕と両親の写真の間で行き来させていた。

「……とりあえず、お茶でも入れるよ」

 座布団を出して、彼女に座るように勧めた。

 戸惑いながらも彼女はおずおずと座った。

「あの……なんていうか……、ごめんなさい」

「謝ることはないよ」

 僕は冷たい麦茶を取り出し、二つのコップに注いだ。

 茶菓子は……何かあったかな?

 煎餅は……湿気ってる。梅雨時に煎餅なんて買うからと自分を非難したくなる。

 そういえば昨日買ってきた大福があったはず。それでいいかな。でも、昼食前に大福なんて食べて、アリスは大丈夫なのだろうか? アリスの小さな体にはちょっと重たいかもしれない。

「ワタシ……、知らなくて、聞いてしまって」

 とても申し訳なさそうに、彼女は顔に影を落とした。

「そんなに気にしなくてもいいよ。僕も話してなかったし」

 そういって彼女の前に大福とお茶を差し出した。

「大福、食べる?」

「いただきます」

 彼女は上品に両手で大福を持って、ちょっとずつ食べて始めた。

「おいしいです」

「そう。ならよかったよ」

 ……。

 く、空気が重い!

 どうしよう? ここで明るく冗談でも言ったら、無理してるとか思われそうだし……。でも、だからってこのままでいいわけないし……。

 本当のことを話した方がいいのだろうか。

「……ねぇ、アリス」

 彼女は大福を齧ったまま顔を上げて、僕を見た。

「……っぷ」

 その顔がなんだかエサを集めるリスの様で僕は吹き出してしまった。

「な、なんで笑うんですかぁ!?」

 顔を真っ赤にして彼女は怒った。でもなんだかほっとしたように見えるのは僕の気のせいだろうか。

「ご、ごめんごめん」

「もう……」

 何とか彼女を宥めて、僕は改めて、とても軽い気持ちで話を始めた。

「アリスに聞いてほしいことがあるんだ。いいかな?」

「はい。何でしょう?」

「僕の両親の話。僕の親が欠落・・した時の話だよ」



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