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Fehlen world ‐欠ける世界‐  作者: 長野晃輝
第一章 シンジツ
16/22

EX 夏にきたる未来

 もしも神様が七日間きっちりと仕事をしていたらどうなっていたんでしょうね?


 なんて勢いで話しかけてしまった僕は、さっそく青くなって後悔した。

「ごめん、君誰だっけ?」

 なんて困った顔をされてしまったのだ。

 彼は読んでいた冊子を閉じ、パイプ椅子から立ち上がる。

 まあ、忘れてたよ。沢田さん。

 というか改変していた時の記憶を忘れているなら、僕と彼が出会ったのは生徒会室で彼の愚痴を聞いた一度きりだった。そんなの忘れて当然だった。四か月前の話だよ?

「ええ~っと」

 嘆きたいのはやまやまだけど、この状況を何とかしてからだ。

 といっても、助けは無い。どうする僕?どうしよう僕?

「うん?なんかその困った顔は覚えがあるぞ。ちょっと待っててくれ」

 彼は眉間を抑え、うーんと考え込む。

「そうか、君はいつぞや俺の愚痴を聞いてくれた緋島直樹君か!」

 なんで!?なんで僕の困り顔で思い出せるの?もしかして、ぼくの印象って困り顔の少年ってことだけなの?

「どうしたんだよ。人気者!」

 彼は極めて明るく、逆に僕はどう接していいのかわからずに閉口する。

「なんだよ。折角前とは違って明るいイメージで話そうとしたのにさ。君がそんなに困ってくれると、こっちも困るんだが」

 だったら、困らせるようなことしないで!!とツッコんだ方がいいんだろうか?

「ええと、偶々見かけたので、声を掛けたんです。迷惑でしたか」

「うーん、迷惑っつうかビックリした。まさか覚えてくれているとは思わなかったからな」

 まあ、あれだけのことがあったんだから、こっちとしては忘れられない。

 それに、忘れることなんて絶対にない。

 まあ、この彼には覚えのないことなんだろうけど。

「その、聞いていいですか?」

「何をだい?」

 そうだ。僕はきっとこれが聞きたかったんだ。だからこそ、彼に声を掛けた。それを忘れちゃいけない。

「彼女さんのことです」

 途端に暗い影を帯びる彼の横顔に、僕は何だか悪いことをしたなと反省した。

「先月。七月の二十一日に亡くなったよ」

「それは、なんというか。ご愁傷様です?」

「なんだよ『?』は」

「いえ。こういう時なんて言っていいのかわからないので」

 泣き笑いのような表情を浮かべ、沢田さんは声だけで笑った。

 そして僕に背を向けた。

 けどそれは仕方のないことだ。彼の傷を抉るようなことをいったのだから。

 僕は黙ってここを去ろうとした。

 スライドの扉に手を掛けた瞬間。

「待ってくれ」

 と彼は僕を呼びとめた。

 もちろん僕は止まった。そうして振り返ると、彼はさっきまで読んでいた冊子を僕に手渡した。

「……これは?」

 彼は真っ赤な瞳で笑った。

「ナオが、……俺の彼女が病床で書いた最後の作品」

 途端に、手にある冊子が鉛のように重くなった気がした。

「ええっと、これをどうしろと?」

「貰ってほしい」

「ムリです!ムリです!さすがに無理です!!」

 高速で僕は首を左右に振る。

 そして冊子を押し返すように彼に渡す。

「そうかい?いつまでも俺が持っていていいものじゃないと思うんだけど」

 だからと言って僕に持たせてもいいものじゃないでしょうが!!

「でも、俺はもう一字一句覚えるぐらい読み込んだし、他の人にも読んでほしいんだよ」

「だったら、出版社に送った方がいいんじゃないんですか?そっちの方が沢山の人に読んでもらえますよ。それに彼女さん作家賞をもらえるような人だったんでしょう?なら断然そっちの方がいいと思います」

 彼はふっと苦笑し、僕に温かい視線を向けた。

「それについては俺も、ナオも、家族もみんな反対したんだよ」

「え!?」

 どうしてだろう。そう疑問に思うと同時に、反対したことを勧めてしまったと僕は少し落ち込む。

「出版社はさ、『薄命の作家少女の遺作』って銘打って売り出そうとしたんだよ」

 ……。

 僕が何とも言えず固まっているのを、彼は苦笑で見守る。

「確かに売れそうではあるけどね。でも、それだと彼女の書いた物語より、境遇をどうとか言われそうで、ナオは反対したんだよ。俺たちも、あいつの意思を尊重して、本にするのは諦めたんだ」

 自分より物語を見てほしい。そう彼女さんは願ったのだろうか?

 どっちにしろ赤の他人の僕には何とも言えない。

「だから、こうして手渡しで広めていくことにしたんだよ。いつか、本当に読みたい人の手に届くようにってね」

 彼はそう言って冊子を僕に差し出す。後は僕がそれを手に取るだけだった。

 僕は手を伸ばして、それを掴もうとして、やっぱり止めてそれを押し戻した。

 彼は意外そうに瞬きを繰り返した。

 意識して僕は笑う。

「……やっぱり受け取れません」

 僕にその本を受け取る資格はないと思う。彼女を、その夢を絶ったのは僕なのだから。

 改変を正し、彼女を病の淵へ再び追いやったのは僕なのだから。

「この本をもっと必要にしている人がいるはずですよ。だから、僕は受け取るべきじゃないんですよ」

 どう思ったのだろうか、彼はゆっくりと首肯し、その冊子をまた僕に差し出す。

「なら、せめて読んでやってくれないか?」

 僕は首を捻る。もらうのはダメだけど、読むのはOK?それはちょっとおかしいよね。やっぱりここは断るべきだろうか?う~ん。

「俺がこうしてナオの意思を尊重できるのは、君のおかげだと思うんだ。だから、君には読んでもらいたい。彼女がどういう風に世界を見ていて、この世界をどう思ったのか」

 そこまで言われて、誰が断れるだろうか。

「……わかりました。じゃあ、しばらくお預かりします」

 僕は、一時的にその本を受け取った。



 それが、どんな物語だったか。どんな話だったかは、説明しない。だけど、最後に手書きで書かれたこの言葉だけは伝えたい


『世界はこんなにも、美しく、優しい』


 彼の恋人が、どうしてそう感じたのか、僕にはわからない。こんな不完全な世界をそう思えたのか、想像もできない。

 改変がある世界を知らないからなのか、あるいは僕が、世界の美しく、優しい姿を知らないだけなのか。

 どっちにしろ、僕はそれを知りたいなと思う。



 本を預かり、生徒会室を後にした僕は急いで教室へ戻る。

 少し息を切らしながら、扉を開いた。

 誰もいないはずのその教室に、一つの人影があった。

 それは綺麗な黒髪をしていて、僕の高校の女子の制服を着ていた。

「直樹さん」

 僕はその人に笑いかける。

「遅くなってごめんね」

「本当に待たせすぎです。今日は隣町まで行くんですからね。わかってるんですか?」

「うん。ごめんね。お詫びに駅前でクレープ奢るから」

「食べ物で女性を釣ろうとは、浅はかですね直樹さん」

 ちょっと後ずさるその人は、きっと嬉しそうに笑っていることだろう。見えなくてもそれぐらいは僕もわかるようになった。 無感情なその声に弾むような喜びが宿っていることも分かる。

 鞄を取って僕は先に走り出す。

「に、逃がしませんよ直樹さん!!」

 彼女も僕を追って駆け出す。

 もしかしたら、これが沢田さんが失いたくないと思えたものなのだろうか。

 そんな考えを胸に秘め、僕は彼女を呼ぶ。

「早くしなよ。エイナ(・・・)!!」

 彼女は。

 エイナ・ヴァルキュリア・ジュトム・テーゼ。

 不完全で欠けた世界を補う、記録者だ。

 そして僕は。

 緋島直樹。

 全てを記録する完全記憶装置パーフェクトマーダー

 誰かの願いも、過ちも、全てを記憶し、伝える存在だ。


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