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Fehlen world ‐欠ける世界‐  作者: 長野晃輝
第一章 シンジツ
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ⅩⅣ 不正を正す罪



「俺?いや、いや違う!!俺の一人称は、だから俺じゃないだろうが!!」

 無意味に宙に向かってキレる僕。ホントに何なんだろうね。心の中の一人称は変わってないのに、何故か口に出すと俺に変わる。そんな妙な状況だ。

「とてもとてもわざとらしく見えるんだけど?」

 ミルネさんが冷たく言った。

 それについてはしょうがないと思う。だって、僕の言葉を変えられるのは僕だけであって、結局他人には分からないものなんだろう。でも、僕としては必死なんだよ。

「ってか!エイナ!一体君は俺に何をしたんだ!?」

 いちいち怒ったように怒鳴りつける僕。いけないね~。短気は損気だよ?寿命縮むよ?

 他人ごとにするなと言われそうだけど、僕としては誰かが勝手に僕の言葉を口に出す前に変換しているような気分なんだ。意識しても音に出る言葉は荒っぽくなっている。

 しかもどうやら性格も変えられたらしく、第三者面した僕の心中も多少荒れている。イライラするんだよね。

 僕に怒鳴られたエイナさんはというと。

「……」

 ぽうっと少し赤い顔で僕を見つめていた。

 もじもじと体をくねらせ、髪を弄っている。

「……強引なのは嫌いじゃありませんから」

「「ああ~、それでこうなったのか」」

エイナさんが何かぼそぼそと聞こえた気がしたが、荒れている僕の耳には届かなかった。

 加えてそれに返事をした二人の声もほとんど聞こえなかった。相当イライラしているのか、周りのことがあまり見えないのだろうね。というかホントになんで心中の僕はこんなに心穏やかなのだろう。

 取り敢えず深呼吸しろ僕。スーハースーハー。よし、多少落ち着いたね。じゃあ、丁寧に質問タイムだ。

「エイナ。君はいったい俺にどんな改変をしたんだ?」

どう考えてもこの口調は彼女の改変の結果だ。ゆっくりと、改めて僕は問いかけた。

「取りあえずはエルさんが説明したように私の記録者としての力を与えました。正確には、直樹さんを私と同じ存在にしたと言った方が正しいです」

「いや、それは分かってる!説明してもらったからな!

 そうじゃなくて、この口調に関してだ!俺に一体何をしたんだ!?」

 ああもう!この口調いい加減にしてほしい。喋る度に自己嫌悪に陥るじゃないか。

 こんな荒っぽい口調で話してたら、誰かに嫌な思いをさせてしまうかもしれない。それを想像すると何も話したくなるよ。

 自己嫌悪から脱して、僕はエイナさんの妙な変化に気が付いた。

「……ぽ~」

 何だか間抜けっぽい言葉が漏れていた。ってそうじゃなくて。

 彼女の顔が何だか赤いのだ。

「……やっぱり強引なのは、……嫌いじゃないですね」

 ぼそぼそ何か聞こえた気がする。けど、僕の耳までは届かず、彼女はそのままじぃ~っと僕を見つめてきた。何か言いたいことがあるなら言ってほしい。まあ、今質問しているのは僕なのであって、何か注文でもされたなら、今の(口調が荒く、短気らしい)僕は憤怒するだろうけど。

「あのね緋島君。私たちの改変で与えた相手はいわパートナーなの」

 エイナさんは使い物にならないと踏んだのか、ミルネさんが説明をしてくれた。

 パートナーかぁ。

 悪くない言葉だと思った。だがそれ以上に、

「それがどうしてこうなるんだよ」

 疲れたのか勢いを失くし脱力した僕は溜息を混じりに呟く。

 それを耳聡く聞き入れたミルネさんがニヤッとイタズラっ子のような笑みを浮かべ、耳元にゆっくりと近づく。

「どうしてかっていうと、パートナーには理想の相手になって欲しいじゃない。だから改変する時に無意識にその人の性格を変えちゃうことがあるんだって」

 ……それはつまり、なかなかに自分勝手なことで僕はこうなったってことか。

 さらに体中の力が抜ける。もう座り込みたい。この図鑑の上に座っていいでしょうか?駄目ですよね。

「言い換えるとエイナにとっての理想の男性像が今のあなたって……、ちょ!脇を、にゃ!ひぃ。あはははははは!!くすぐらないでぇ!!」

 音もなく忍び寄ったエイナさんによって本の山の影に引きづり込まれるミルネさん。南無。

 ……なんというか、今の言葉が本当だとすると。

 ……素の僕、完全否定?

「兄ちゃん?どうして膝を抱えて隅のダークゾーンでカビカビオーラ纏って蹲ってんだよ?」

 ダークゾーンって何?カビカビオーラって何?とつっこむ気力も奪われた。

 見た目可愛い女の子に暗に自分を否定されるのがこんなに心に来るものとは思っていなかった。

 もう別の事に思考をシフトした方がいいと判断し、僕はミルネさんを呼ぼうとして本の山を覗き込むと、


 服装が乱れ、仰向けに倒れ、真っ赤な顔をして、ハァハァと息を漏らすミルネさんを発見した。


 ………………。

「どうみてもこれはレイ、ムゴッ!!」

 小さな手が僕の口を塞ぐ。

 目で確認するまでもなく、この手はアリスのものだ。

 どうやら後ろから覆い被されているようだ。何か背中に触れているような、いや気のせいだよね。だってアリスちっさいし。

「いいですか直樹さん?それ以上はこの物語のイメージを大変損なうので喋っちゃだめですよ」

(世の中メタばっかりだ!)

 思わず僕は叫んでしまったが、塞がれた手から「もがほうが!」とか理解不能な叫びになっただけだ。

「くすぐったいですよ~」

 掌で口に蓋をされたままだったので息が彼女を擽っているようだ。

 ……。

 そのまましばらく、ミルネさんが衣服を正すのを大人しく待つことにする。

 というかいい加減もういいでしょう?僕よ。一人称ぐらいどうこう言うべきじゃないよ。まあ、違和感ありまくりなのは事実だけどね。

 そんな風に言い聞かしていると、ふと掌から外された鼻からいい香りがしてきた。

(いいから放してくれ)

 放してくれないと、今の僕は狼になってもおかしくないんだよ。君の匂いは僕の男の本能を呼び覚ましてしまいそうなんだ。

 普段の僕なら絶対にそんなことはできない。確証できる。僕は世間一般で言う草食男子だ。さらに加えて、我ながら自制心もある。

 ところが性格が改変されてしまった訳で、さっきまでは幼児体型気味のアリスにも、和風美人系のエイナさんにも、外人の色香を漂わすミルネさんにも、そんな感情はあまり抱かなかったのだけど。

 エイナさんの黒髪の艶や、ふとした時に浮かべる笑顔が気になってしょうがない。

 ミルネさんの太陽を反射する金髪と、白い肌に目を奪われる。

 アリスのボディーランゲージや、その時に見た目に反した子供ではない女性の香りが鼓動を早める。

 つまり、この少女たちの魅力に今の僕は自分で思っているよりも参っていたのだ。

(頼むから早く俺を解放してくれ)

 アリスに身振り手振りで必死に伝える。

 数分してようやく伝わったのか、アリスは僕を解放した。

「意外と苦しかったんだぞ」

 恨みがましく睨みあげてみる。

 少し赤くなりながら彼女は「ごめんなさい」と謝った。

 なんか素直だなと思いながら、まぁ出会ったばかりだし、これが彼女なんだろうと思って納得する。

 ところで僕らがじゃれている間にエイナさんに襲われたミルネさんは服を整えて、今ではもう平然とした顔をしている。

「それで、ミルネは俺に何か用があったんじゃないのか?」

 忘れていたわけではないんだけど、ちょっとアイデンティティーが消失しかけてて、それどころではなかったんだよ。

「やっとそこまで戻ったわね。緊急なの。もう一人の改変者がいたのよ。」

「……」

 それはアリスたちとの会話でも出てきた話だ。

 森川さんが関知し得ない改変。その改変を行った本人。

「私と協力してその改変者を止めて欲しいの」

「……」

 そんなの、

 僕も同じだった。



 改変の中心。負素の元凶。

 そして、沢田先輩。彼が自分自身を消したという話。

「そんなものがあの先輩に、ねぇ~」

 ミルネさんのその話を聞いた僕はそう漏らした。

「リヴァリアスの話は知っていましたが、それがこんな近くにいるとは思いもしませんでした」

 エイナさんは顎に手を当て可愛らしく考え込む。

「それを封印したら、負素が丸ごと消える。みたいな単純なことじゃないよね」

 アリスは苦笑いをしながら頬を掻いた。

「確かにあれは負素の元凶よ。でも、あれが消えたところで、負素の問題は解決しないわ。負素は人間の感情から派生したものだし、人間がいる限りそれは続くでしょうね」

「あくまであれは大きな負素の塊にすぎません。しかし、あれは周囲に悪影響を与えるのです。具体的には周囲で負素がより多く集まり、改変が相次いで行われるといったものです」

 補足的に説明したのはエスだった。どこからか聞こえる女性の声に僕は頷く。

「なんかよくわかんねーけど、とりあえず放っておいていいもんじゃないってことは分かった」

「……それで、どうするの?」

 慎重に彼女は僕の反応を窺っていた。

「どう、とは?」

 見つめ返すと彼女は視線を外す。

「鈍いなぁ。兄ちゃん」

 おっさんは黙っていてほしい。

「お前さんの知り合いなんだろう?そのサワダってやつは。それに自分を消して記録者による干渉を妨げるなんて大それたことをやってまで、そいつは変えたいことがあったんだ」

 エルはゆっくりと、語りかけてくれた。

 彼は僕を落ち着かせて、その上で判断してもらいたいのだろう。

 その心遣いは嬉しかった。

「その全部を知ってて、お前さんはそれでもサワダを止めたいと思うのか?」

 沢田先輩はただ恋人を救いたかっただけだ。

 僕はそれを知っている。それに彼がどれだけ苦しんでいたのか、その片鱗を見ている。

 確かにこんな改変なら、きっと許されてもいいんじゃないかと思う。

 けど、

「そんなの聞くまでもないだろ?」

「……」

 みんなが見守る中僕は。

「止める。ぶん殴って止めて、反省させてやる」

 決意表明した。



 彼の願いはとても綺麗なものだった。

 人を救いたい。シンプルなその願望。

 僕だって、同じ状況なら最善を尽くすだろう。

 けど、

 たかが、16の高校生に何ができるだろう?

 沢田さんは僕より年も上で、生徒会副会長で、道を歩けば女子が振り返るイケメンで、勉強も運動も人一倍できる生粋の天才。

 だけど、それでも。

 僕らは変わらない。

 ただ現実に打ちのめされるだけの人間だ。

 そんな人間にできることは知れている。

 まず嘆くだろう。そして、動くだろう。病気について自分で知見を深める。そして、少しでもいい医者、病院を探す。何が何でも彼女をそこに入れる。

次に祈るだろう。病気が少しでもよくなるように、家族と一緒に。

 それでも病が彼女の身を蝕むのを止められなくなったとき。

 僕なら傍にいるだろう。

 そしてできるだけ普通に振る舞う。いつも通り。これが自分の日常だと信じられるように。彼女のいた世界を再現して見せるだろう。

 でもそれは、僕が当事者ではないからこそ思えることだ。

 当事者に立った彼は絶望してしまった。

 不完全な世界を恨んだ。こんな世界を作った神様を憎んだ。彼女の才を惜しんだ。自分の不甲斐無さを嘆いた。

 それが負素を呼んだ。

 それを手にした時、彼が何を思ったか、僕には見当もつかない。

 僕は目の前の現実を誰かに変えられる立場だったから。

 自分を消したとき、彼が何を考えたか、僕には想像すらかなわない。

 僕はまだそこまで誰かを愛することができなかったから。

 僕は改変によってそうなってしまった。

 彼は改変とは関わりを持たず、普通に生きて、人を愛した。

 こんなにも違う僕ら。

 それでも。


 あの夕暮れの生徒会室で、僕らは同じ思いを、世界の不完全さへの悲しみを、分かち合った。


 だから、止める。

 改変に関わった人間として、例え不完全でも世界を変えることは許されないと、僕は教えに行く。

 きっと彼は恨むだろう。憎むだろう。惜しむだろう。嘆くだろう。

 それでも僕は。

(あなたの改変が正しいとは思えないんだ。沢田先輩)


 次話は一章最終話となります。

 お楽しみに。

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