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Fehlen world ‐欠ける世界‐  作者: 長野晃輝
第一章 シンジツ
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ⅩⅡ 黒の申し子

 記録者(リギスター)、ミルネ・ジュトム・リヴァリアスはある種の緊張を感じていた。

 リヴァリアスの性を受け継ぐ記録者には生まれたときからある使命を課せられている。

 負素(アンチマター)の元凶の発見。及び、永久に封印すること。できない場合はその方法の模索。

 負素には元凶たる存在がいるとリヴァリアスの先祖は仮定した。その存在を証明することこそが彼らの家の唯一の目的となったのだ。

 その元凶らしき負素の塊を宿した少年が彼女の目の前にいる。

 受け継がれた血故なのか彼女は柄にもなく燃えていた。

(絶対に封じてやる)

 少女は異形ながら、他人に気付かれない少年と相対する。

「どいてくれ、俺はその先に用があるんだ」

「この先には山しかありませんから、お引き取りを」

 ふざけた口調で彼を嘲る。

「あるさ。もっと重要なものがな」

 黒い負素が動いた。

 刹那の間で二人の間を駆けたのは負素の弾丸。それは森川未来が使ったものと同じだ。

 紙袋からミルネは掌サイズのメモ帳を取り出した。

 そして一枚メモを引きちぎる。

 彼女の双眸が蒼く輝き、負素がメモの中へと吸い込まれた。

 後には黒に染まったメモが一枚、ミルネの手の中に残った。

記録固定(メモライズ)か、まさか攻撃に使っただけの負素までも回収するとはな。ご苦労なことだ」

「そんなに格式張ったものじゃないよ。私のこれは走り書き程度のものだから」

 そう言いながらメモを丁寧にしまう彼女に沢田は微笑みかける。

「そいつはどんな負素だった?誰の絶望や嫉妬、悔恨、悲哀、渇望だった?」

 負素とは人の負の感情を得て存在する。言わば人の感情の塊に近い。

 だからこそ、記録者たちはどんな負素でも封じて、浄化して、保持する。

 人の感情を無闇に扱っていいものではないと彼らは考えているのだ。

 だが、沢田の態度はそれらを冒涜するものに近しいものだった。

「貴方のそれも封印してあげます」

「御覚悟なさいませ」

 パートナーたるエスも怒りを滲ませながらも慇懃に言葉を告げる。

「無理だよ。俺には神様の加護があるからな」

「何を戯言を」

 言いながら距離を取る。

 間違いなく彼には負素の元凶たる存在が宿っていると彼女は結論づけていた。

 理由はその負素の形。

 森川未来などは典型的な改変者だったが、その負素も同様に普通の改変者が持つものと同じだった。

その形はあくまでも。世界に空いたような穴なのだ。それはこの世に存在するものではない。

 だが沢田の持つ負素は違う。

 それは霧、もしくは靄というわかりにくいものだが、確かに存在している。

 その霧こそがこの負素が元凶に近しいものだという証拠。

 今のところ記録固定以外の封印手段がないためミルネは沢田に近づき、その瞳に記録者の蒼い瞳を映させなければならない。

(行けるかな?)

 相手は未知の存在だ。経過しすぎても不便はないだろう。

 霧のように漂う負素は、先ほどの様子だと沢田の命令で、すぐにも攻撃手段に変化するだろう。

(本来負素は人の意志の顕現で、攻撃手段ではないんだけどね)

改変者にとっての負素はただ改変をするためだけの道具に近しい。その発生過程で自分の感情がその源流となっていたとしても、それは変わらない。だが、稀に相手を傷つけたいという嫉妬や憎しみなどの感情が、負素を攻撃法としての側面を持たせている。森川未来の一件はその典型的な例だ。

道具は道具。それを改変に使うか、攻撃に使うかも使用者の一存で決まる。

 だが、負素を攻撃に使うことは滅多にない。

 改変すれば、大抵のものは思うままに変化するのだから、わざわざ人を傷つける必要もないのだ。

 ミルネは紙袋から半透明なプラスチックのケースを取り出す。

 両手に二つ持ったところで、紙袋を足元に置いた。

 右手のケースの中には、完成した折り鶴がいくつも入っていた。左手のケースの中には紙飛行機。

「メモも走り書きとして記録固定に使える。ならニッポンの伝統的アートのオリガミでもできるって、偉いご先祖様は考えたんだって」

 紙飛行機を両手で構え、ミルネは微笑む。

「記録媒体として使ってる紙と違って、白いオリガミを集めるのには苦労したよ?」

 そして投げる。

 左の紙飛行機は先端に向けて鋭くなり、空気抵抗を減らし、速度を重視したものだ。逆に右手の紙飛行機は羽の部分が広くなり、そこに空気を受けて長く遠くに届くように折られたものだ。

 沢田は特に何もしないまま進む。

 次々に負素を封印する紙飛行機がミルネの手から飛び立つ。

 見ようによっては微笑ましい光景だが、執念に満ちた形相で紙飛行機を投げる彼女は、超現実的(シュール)な恐怖を人に感じさせる。

 それだけ彼女は必死で、この時を待ちわびていたのだろう。

 リヴァリアスの家の者であるが故の呪縛にも似た宿命。

 彼女はずっとそこから解放されたかった。いや、家族も開放してあげたかった。

 両親は彼女を幼い時から各国へ連れまわした。

 それはリヴァリアスの者なら誰もが経験すること。負素を追って世界中を駆け回る。

 だからこそ、幼いうちから多くの文化圏を回り、言葉を学ぶ。

 治安の悪い国を回ることもあるため護身術も学んだ。

 自由な旅人と、他の記録者たちは彼女たちを揶揄するが、違う。

 一か所に定住することもできない彼女たちはただでさえ、忘れられる運命の記録者。友達と呼ぶ人も自分たちのことを忘れている。

 それがどれだけつらいことか。一か所に留まれない彼女がどれだけ寂しい幼少期を過ごしたか。

 流浪の存在としての人生を終わらせる。それが彼女の目的だった。

 そして、従妹の紹介で改変の影響を受けない少年とこの地で出会った。

 それはつまり、記録者のことも忘れないということだ。

 覚えていてくれる人がいる。それは彼女をはしゃがせるには十分すぎる理由だった。

(たぶん私は運がいいんだ)

 彼女は笑う。宿命からの解放と友人を得た喜びを感じて。

 だが、本人が思う程、運がいいわけでもないらしい。

 沢田拓斗に触れる前に、紙飛行機は全て周囲の負素とぶつかり、真っ黒に変色して落下した。

 それでいいよとミルネは笑う。

 蓋を半開きにした鶴の入ったケースを持ち、一気に沢田へと駆ける。

 ようやく沢田が反応する。

 周囲の負素を前方に集め防壁とした。果たして負素にどれほどの物理的干渉力があるのかは分からないが、少なくとも自身の負素を封印される記録固定を防ぐことは成功している。

 それでもミルネは余裕のある笑みを崩さない。

 負素の壁に向かってケースを投げた。

 十数羽の折り鶴が負素の壁に向かってばらばらに散って飛ぶ。

 特にミルネと沢田を遮る正面部の負素に折り鶴はぶつかる。

 黒く変色するのは紙飛行機と同じ。だが、散弾のように多方面から壁にぶつかった折り鶴は、より大きな変化をもたらした。

 穴。

 壁に人が抜けられるほどの穴ができたのだ。

 そこへミルネは迷わず飛びこむ。そして、着地しその奥に悠々と立つ沢田の瞳を見る。

「記録固定!!」

 実は特に叫ぶ意味はないのだが何となく、ゲームの影響で言わないといけないとミルネは主張している。もちろん記録者全員で却下したのだが。

 蒼く輝くその瞳を、確かに沢田は見た。

 だが、負素は消えていない(・・・・・・)

(どういうこと!?)

 驚愕にミルネの動きが止まる。

 その隙を突くように負素の壁が分裂し、槍のような形に変化し、ミルネを襲う。

「っく!」

 メモを取り出し、その槍を防ぎながらバックステップで後退する。

 相も変わらず悠々と沢田拓斗はその場に負素の申し子として立っていた。

「どういうこと!」

 その憤りの声を聞いて、沢田は嗤う。

「ははは!!分からないのか?なら教えてやろう!

記録者といえども改変の影響を受けるだろう?だからお前らは負素の反応を感じて、改変の中心から改変者を見つけるのだろう!?」

「それが、どうしたのよ!!」

 落ちた折り紙を回収しながら、叫ぶ。

「余裕だな?まあ、いいが。

 つまり、改変によって《・・・・・・》消えた(・・・)人間に記録者は干渉できないだろう?」

 何だそれはとミルネは固まった。

 改変者が自身の存在が消えた。なら、記録者はどうすればいい。いや、そもそもこの男の存在が何故自分に見えるのか。消えてしまった人間が見えるというのはどういうことなのだ。

「説明してやるよ。人間の存在を消すほどの改変っていうのはやはり影響が大きい。

 その影響をふつうの改変は一週間、正確には一六七時間五七分三〇,二二三秒というリミットをつけて、世界に変化を慣らさせている。だけど人間はそうもいかないらしい。俺もすぐに消えると思っていたらどうやら半端な状態で固定されているようだ。

 人の意識からは外れるが、物理的に干渉はできるようだぜ。

 そして、一応は消えている俺の存在に記録者は干渉できない。そうだろう?」

 どこかに意見を求めるように首を振る沢田の行動に注視できないほど、ミルネは驚いていた。

 記録者たちの誰も負素の側に回ったことはない。なおかつ、一々改変の内容を気にするのはアリスのような調律者だけだ。

 故に今、沢田がもたらした情報は記録者が知らなくて当然のものだ。

(これじゃあ、勝てない)

 どうすると自問するが、方法がない。

 自分の存在を消されている以上、沢田の言う通りこのままでは干渉できない。

(あれ?)

 ミルネは思い出す。すごく身近にそれを解決してくれる人物がいるじゃないか。

 緋島直樹。彼がもしあの存在・・・・なら、この少年を負素から解放できるはずだ。

 ミルネはじりじりと距離を取り、

「戦略的撤退!!」

 煙玉らしきものを地面に叩きつけた。

 煙に紛れ、彼女は進む。

 彼の元へ。



 煙が去った後、沢田拓斗は笑みを消した。

 その背後で。彼が纏っていた負素。それが集まり、やがて黒いワンピースのような服を着た黒髪で黒い目の少女が現れた。

『ちょっと予想外だったけど、概ね計画通りといったところ?』

 十代前半ほどの少女だったが、その割には少し落ち着きすぎていた。

「ああ、これであいつが出てくる。わざわざ出向く手間が減った」

『本当にできるの?』

 負素の元凶とミルネはこの存在を呼んだだろう。

 少女は負素を体から噴出させているのだ。

 しかし、少女に言わせれば負素の元凶は人間だ。

 自分はただそれから生まれた存在。自分は望まれもせず、存在を許されない。

 人を気遣う心ぐらい持っているというのに。

「できるかできないかではなく、やるかやらないかだ」

 覚悟を感じさせる言葉だというのに、なぜこの少年は悲しみに満ちた瞳をしているのか。

 それは悲壮な覚悟故。

 自分の話を、悩みを聞いてくれた人を消すと決めた沢田の苦悩が現れたのだ。

(ほとんど自殺に近いことをした後は、友を殺すか。俺はどれだけ王道な悲劇を歩むんだろうな?)

 沢田拓斗は消える。

 友だと感じた少年を待つために。



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