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Fehlen world ‐欠ける世界‐  作者: 長野晃輝
第一章 シンジツ
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Ⅹ 仮初の日常


 無限の闇に囚われたような空間で彼、沢田拓斗はこの街に近づく波動を見ていた。

 緑色の、どこか優しくもあるその波動はこの闇にとっては不愉快なものだ。

「本当にいいのね?」

 闇は女の声をして少年に話しかける。

 その声音が緑の波動と同じ優しさに溢れていることに、あるいは気付かないふりをして、拓斗は頷く。

「……」

 沈黙の後、闇は彼を飲み込む。

 母のように優しく抱いて、父のように力強く背を押してくれたような気が彼はした。

 その時、少年・沢田拓斗はこの世界から欠落・・した。

 神様が創った不完全さを正すために。




 二日ぶりに学校に行くと、その道すがらクラスメイトの男子から声を掛けられた。

「いよっぅ!緋島、昨日はどうしたんだよ?」

 メガネを掛けた少年が仲良さ気に肩を叩いてきた。

「中村か、何だか久しぶりな気がするね」

「実際二日ぶりだろう。それで昨日は授業をサボって何してたんだよ?」

「何って言われても……。ショッピングかな」

 僕の買い物ではないけど。

「優雅だな。お前」

「それほどでも」

 もう面倒臭いので放置する。

 中村は高校に進学してから知り合った男で、人並みに頭が悪く、人懐っこく明るい性格のために男仲間からは人気があるのだが、女子受けする顔ではないため彼女いない歴=年齢だ。

 それからもいろんな人に声を掛けられた。

 クラス委員に、中学からの知り合いなどなどである。

「……お前、女にばっか声かけられてんな」

「そうかな?」

「うん。リアル青春白書を見せられたような気がするんだよ。死ねばいいのに」

 言うに事欠いてなんて暴言を吐くのだこいつは……。

「中村、そういえば君はどうして僕に話しかけたんだよ?」

「決まってるだろう!!」

 無意味に拳を握りしめこの男は宣言する。

「お前といたら、俺も女の子に覚えてもらえるかもしれないだろう!!」

「……友達甲斐がないね」

「なにそれ?首相の言葉より軽いだろう?」

 取り敢えず首相の言葉が軽いと思うのは止めようか。さすがに可哀そうだ。

 そんな会話をしながら僕らは教室に着いた。

 一昨日までは他人行儀に話しかけたクラスメイトも、今日は普通に挨拶してくる。

 ほとんどは中村が聞いたような昨日の欠席について。

 僕は同じような答えで誤魔化して、席に座る。

 全部嘘みたいだ。欠落とか、記録者とか、破壊者とか。

 そんなことを思っていると始業を知らせる鐘が鳴る。

 僕は内容が戻った授業を苦笑いを堪えながら授業を受けた。


 学食で昼食を済ませて、教室に戻ると僕の席を女子の集団が占領していた。

「……」

 どうして女子は一か所に固まるのだろう?いや、男子も固まるんだけど、教室にずっといるというのはあまりない気がする。むしろまとまってどこかに行くことが多いんじゃないかな。

 と、教室の端に固まって携帯ゲーム機をプレイしている男子の集団があった。

 ……。今って多様な時代だよね?

 ミルネさんもあんな風にゲーム仲間と集まって遊ばないのかな?

「緋島君?どうしたの?」

 後ろから聞き覚えのある、というかミルネさんの記憶に関係する声だから、忘れるはずもない。

「……森川さん」

 そこにいたのは昨日に引き続き学生服姿の(といってもここは学校だからそれ以外の服を見かける方が稀だけど)森川さんが後ろに立っていた。

 ……怖いと感じるのは悪いことですか?

「ごめん。邪魔だったね」

 呆然としていたせいで入り口の前で立っていた。これは教室に入りたい人にはかなり邪魔だ。

「ううん。いいんだけど……。ああ、あの子たちね」

 昨日とは違って落ち着いた様子なので一安心かなと内心ほっとする。

 そうとは知るはずもない彼女は僕の席を占領している女子たちに目線を向ける。

 そして最前列の左端、窓際の席の方まで歩いて行った。途中振り返って、彼女は手招きする。

 することもなかったのでそれに従う。

 森川さんは自分の席であるそこに座って、隣の席を指さす。座って、てことかな?

 どうしよう?話すだけなら僕は立ったままでいいんだけど、それに自分の席が取られているからって僕も他人の席に座っていいのだろうか。

「どうしたの?」

 首を傾げる森川さんに向けて微笑む。

「座っていいのかな~って思って」

「いいと思うけど。そこの人、今君の席に座ってる娘だから」

「……なら、お邪魔するね」

 少し悪いことをしている気がしたけど、森川さんの目が怖すぎたので向かい合うように隣の席に腰かける。席ひとつで何を緊張しているのだろう僕は。

「……」

「……」

 か、会話がない……。

 それもそうかもしれない。

 昨日あんなことがあったのだから、どうすればいいのかわからない。

「き、昨日は大変だったね」

 ……。

 しまった!!自分から話しにくいことを振ってしまった!!

 ああ、もうこれだから。僕も人とコミュニケーションするのが苦手なんだ。

「昨日?……」

 内心慌てふためく僕に森川さんの訝しそうな声が聞こえた。

「あれ?覚えてないの?」

「もしかして、昨日休んだこと?なら、ちょっと疲れが溜まってたみたい。一日中家で寝てたよ。心配してくれてありがとう」

 ……。

 これがエイナさんやミルネさんがやっていることなのか。

 なんだか複雑な気分だ。森川さんは確かに負素を作り出してしまったかもしれない。でも、それで彼女の思いや記憶をなくしていいものだったのだろうか。

 それとも、僕が負素や記録者のことをまだ理解していないだけなのだろうか。

「……どうしたの?ぼうっとして」

 森川さんがますます不審そうな眼で僕を見る。

「ううん。なんでもないよ」

 ゆっくり首を振って、僕らは今度こそ会話をした。

 授業の事やクラブの事、クラスの事や夏休みの有意義な過ごし方についてなど。

 本当に大したこともない、それでも大切な会話だったと思う。


「じゃ、今日はここまでにしよう。日直、号令」

 日直の中村の号令で今日の授業は終わった。

 結局特に何事もなく平和に今日という日が終わる。まあ、何かあったらそれは本当に困るのだけど、どこか物足りなくもある。

 ただの無い物ねだりかもしれないけど、

机の中の教科書を鞄に詰めた。ちなみに僕は置き勉をしていない。帰って勉強するわけでもないんだけど。

 と、机の中から触ったことの無い紙の感触がした。

 取り出してみると、薄いピンクの便箋だった。封はもちろん(?)ハートの形のシールでなされていた。

 いわゆるラブレターっていうものだろう。

「緋島!?お前それは……」

 僕は動揺してアイーンのポーズで固まる中村を尻目に、慣れた手つきで開封する。

 そこには。

『好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き……』

 と両面びっしりと書かれた『好き』の嵐だった。

「一体何が!!ってなんだ森川のヤンレターか……」

「何そのヤンレターって?」

「お前が偶にもらうそのラヴレターだよ。どう考えてもヤンデレだろ、その文は。ヤンデレが送るラヴレター、略してヤンレター」

 どうだ!と胸を張る中村。どうでもいいけどヤンレターってやられたー!って言う言葉を噛んだみたいだね。やられたー、やんられたー、やんれたー。ってね?

「ってそれよりも何で僕があの娘からラブレター貰っているの知ってるの?」

「それはな……、と、掃除の邪魔だか帰りながら話そうぜ」

 その言葉を皮切りに僕らは教室から退散する。

「お前の席に森川がラヴレターを入れているのを見たやつが何人かいてな、そいつらからの情報で知ってんだよ」

 細かいけど、中村のラブレターの発音が妙にいいのはなんでだろう。

「ってか、その人たち中身読んだの?」

「ああ」

 即答するとはどういうことだ。と詰めかかりたいがこいつを責めてもどうしようもない。

「そしたら、あれだ。もうびっくりした。どんな切ラヴな内容だろうと期待した俺ぁなんだったんだよ」

 君がその読んだ人だったのか……。

「それ以来、森川は隠れヤンデレとして名を馳せているんだぜ。それに目立たないけど可愛いしな。お前も刺されないように気を付けろよ?」

「誰に刺されるの?」

「森川と、男どもにだよ」

 ……。僕の包囲網が完成する前にどうにかしなければ。

「っていうか、このラブレターって本気だと思うの?ここまであれだともう悪戯だってバレバレだと思うけど。それに名前も載ってないし」

 しかも宛名だけじゃなく本人の名前も書いていない。これじゃ、誰が誰に宛てたのかも分からない。

「いや、悪戯で両面びっしりとは書かないだろう。そもそも森川はそんなことをする奴とは思えない」

「名前がないから森川さんのかどうかわからないけどね」

「だから、その内容を書くのは森川しかいないんだよ。目撃者の俺が言うんだから間違いない」

 目撃者というよりただの覗きだと僕は思う。

 そういうことをしている内に駅前に着き、電車通学の中村と別れた。

 どうせなら、駅中で本を買おうと思って中村が見えなくなった後、駅に入る。

 この駅は割と市の中でも大きなもので、ターミナル駅になっていて、地下鉄や私鉄、バスやタクシーが多い。それに今の時期にはありがたいことに日差しを遮るアーチ状の天井がある。少し汗ばんでいたので涼むこともできる。

 ここは休日ともなれば出かける人で溢れるのだが、今日は幸いにして平日。週の半ばの水曜日だ。さらにその昼下がり。人もまばらな時間帯なので僕は悠々と歩む。

 改札口を眼端で確認しつつエスカレーターのある端のほうにしばらく進むと、

「ううっ、ぐすっ」

 どこからかすすり泣く女の子の声が聞こえた。

 今が夜で、ここが墓地だったら怖いのかもしれないとくだらないことを考えながらその声を辿る。

 すると駅の隅、丁度人の死角になる階段の陰で、白い法衣のような服を着た小学生くらいの青みがかった銀髪の女の子が体育座りで泣いていた。

 意外に早く見つかったなと思い、ゆっくりと近づく。

「どうしたの?」

 なるべく優しく見えるように笑顔を浮かべて話しかける。

「はい!?」

 驚いたのか、飛び上がって背筋までピンと張った直立姿勢で立った少女にさすがに引く。どんだけ驚いたのだろう。この娘。

「いや、ちょっと泣き声が聞こえたから、どうしたんだろうって思って話しかけたんだ」

 法衣の所々が少し汚れていた。払ってあげようかどうしようかと考えていると、まじまじと少女は僕を見つめてきた。

 そこで気づいたのだが、少女の眼は翡翠のような碧色をしていた。

(綺麗だな)

 なんて見つめていると、少女は花が咲いたようにぱあっと笑い、

「本当でしゅ!!」

 ものすごい勢いで舌を噛んだらしく、少女は舌を出して手で扇いでいた。

「大丈夫?」

「ほほすほふひはひへふ(ものすごく痛いです)」

「どうしよう、医者に行く?」

「いいれ、はへへいふほへへひひへふ(いいえ、慣れているので平気です)」

「ならちょっと待ってるよ」

「あひはほうほはいはふ(ありがとうございます)」

 ところで僕はどうしてい彼女の言葉が分かるのだろう。何この無駄な能力。

 五分ぐらいしてから少女は涙目だったけど改めて、一礼した。

「ごめんなさい。ワタシかちゅ舌が悪くて、よく舌を噛んでしまうんです」

「あの勢いで噛んでいたらいつか君は下を噛み切ってしまうよ?」

 怖い。言ってから思ったけど本当にありそうだよ。

「どうすればいいのでしょう」

 う~ん。困った。どうしよう。

「ゆっくり話してみたら?無理して早くしゃべるから噛んじゃうじゃないのかな?」

「ではやってみます」

 ところで僕は何をしに来たんだろう?この娘の空気に完全に飲み込まれてしまって忘れちゃったよ。

「え~、じこしょーかいしますー。アリス・レフェルトといいます~」

 アリスね。本当にこの娘、不思議の国に迷い込みそうだね。

 というかのんびり口調がわざとらしいので少し苛立ちを覚えるのですが。

「うーん、この口調は疲れるので止めておきます」

 提案した本人が言うのもなんですかお願いします。

「そんなことよりあなたにお願いしたいことがあるんです」

「うん?何かな?」

 親を探せ、とか?この娘は泣いていたわけだし、そういうのならいいんだけど。


「今回の改変者の森川未来とそれを収めた記録者、エイナ・ヴァリキュリア・ジュトム・テーゼに会わせてください。緋島直樹さん」


 碧の瞳を輝かせ、その少女、アリス・レフェルトは言った。



「彼と接触したわね」

 黒い闇が漣のようにそれを纏う少年に、いや、少年だったものに告げる。

「きっとフェイクに気づいてる。どうする?」

 少年だったものは嗤う。

「彼を消すことになるよ?それでもいいの」

「いいさ。俺は自分・・も消したんだから」

 少年との邂逅は近い。


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