第6話 踏み荒らされた思い
僕たちは、おじいさんの荷物に紛れて、なんとか検問を突破することができた。
王国の中は、不気味なほど静まり返っていた。中央には立派な城がそびえているのに、街の大通りでさえ賑わいがない。通り過ぎる家の窓はどこも固く閉ざされ、歩く人々は皆、沈んだ表情をしていた。
「……出ておいで。もう大丈夫だ」
荷馬車から降りると、そこにはボロボロの家が一軒だけ建っていた。周りに他の家はない。街から少し離れた場所らしい。夕陽が黒ずんだ壁の向こうに沈みかけ、あたりは薄暗くなっていた。
「ここが、わしの家じゃよ」
「……ボロボロじゃねえか。この国の奴は、歳とったじいさんの家のひとつも直しちゃあくれねえのか?」
「……まあ……色々あるのさ。さあ、中に入りなさい。疲れただろう。小さい家だが、今日はゆっくり休むといい」
おじいさんは、使っていないという二階の部屋に案内してくれた。
その日、僕らは泥のように眠った。思えば、昨日追っ手に見つかってからほとんど休んでいなかった。ベッドはなかったが、おじいさんはそれぞれに毛布を用意してくれた。アリヤの家では毛布もベッドも一つしかなく、怪我をしていたダンに使ってもらっていた。それもあって、久しぶりの暖かい毛布に包まれた瞬間、僕はすぐに眠りに落ちた。
目を覚ますと、太陽はすでに高く登っていた。おじいさんは僕らに食事を用意してくれていた。食べ終えると、おじいさんは「ついてきなさい」と言い、家の裏手へと案内した。
そこには、こんもりとした土の高まりがあった。そばには倒れた石碑。周囲は壊れた柵で囲まれており、柵の内側にはかつて何か植物が植えられていたらしいが、踏み荒らされてぐちゃぐちゃになっていた。
「……これは……」
僕がそれだけ言って固まっていると、おじいさんは小さく息をついた。
「……ここは……わしの孫の墓じゃ」
「孫の墓?……なんでこんなに荒れてんだ」
「……話せば長くなる。まあ、立ち話もなんじゃし、お茶でも飲みながら話すとしよう」
家に戻ると、おじいさんがタイムのハーブティーを淹れてくれた。少し苦いけれど、体の奥からじんわり温まる味だった。
「……わしには息子が一人おったんじゃ。しがない農夫のわしから生まれた息子は、王国の騎士団に入った。立派なことだ。そして街の娘と結婚し、一人の子にも恵まれて、幸せに暮らしとった」
おじいさんは、ゆっくりと続けた。
「……だが、他国との戦で息子は命を落とした。それに続くように、嫁も病で亡くなってしまった。……きっと無念だったろう。子どもを残して死んでしまうなんて。だから、わしは二人に代わって孫を立派に育てると誓った。孫は息子に似て、正義感が強く、真面目な子に育った」
おじいさんの声が、少し震えた。
「……三年前、街へ仕事に出かけた孫は、いつまで経っても帰ってこんかった。心配になったわしは必死で探した。……そして、見つけたのは……首だけになった孫じゃった」
「……えっ……」
僕は息を呑んだ。
「あとから聞いた話じゃと、孫は仕事に向かう途中、暴走した荷馬車の前に飛び出した子どもを助けたらしい。その子どもと孫は助かったが、驚いた馬が跳ねて荷馬車が横転したそうじゃ。……運が悪いことに、その荷馬車には王様が他国に送る贈り物が積まれておった。横転で壊れたことで、孫とその子どもはその場で捕らえられ、騒ぎを聞きつけた王様によって……即刻、死刑が言い渡されたそうじゃ」
おじいさんは、静かに目を伏せた。
「……わしが駆けつけた時には、もう遅かった」
誰も言葉を発せなかった。
「……せめて墓だけでもと思ってな。首を持ち帰り、家の裏に墓をつくった。だが数日後、反逆者の墓をつくるとは何事かと、王国の騎士団がやってきて……あの有様よ。直そうとしたが、わし一人ではどうにもならん。つくる時は協力してくれた連中も、壊された墓を直すとなれば、自分たちも反逆者として連れて行かれるかもしれん……そう言って、誰も手伝ってくれんのさ」
語り終えると、重い沈黙が落ちた。僕は……僕らは、何も言えなかった。
「……それで、お前さんらに求める見返りは、あの墓を直すことじゃ」
そう言ったおじいさんの顔は、いつものニコニコ顔に戻っていた。
僕らは互いに顔を見合わせた。そして、僕は静かに頷いた。
「……お安いご用さ」




