境界線
ぽつりと老人が座り込んでいた。危険そうではなく、僕はついその寂しげな背中に声をかけてしまった。
「こんにちわ」
「はい、こんにちわ」
「どうしたんですか?そんなところに一人で?さっさとあの世へ行ってください」
「......いえね。少し寂しいのですよ」
そういうと、老人は座敷の角にある古びたモノクロテレビを指さした。
「昔は皆が囲炉裏を囲んで話をし、時間も忘れて話し込んでいました。祖父にもそうしてもらったものなので、私も孫たちにそうして話をしてやろうと思っていたのですが、最近ではテレビをみるのに忙しいというのです。囲炉裏にはそれだけ人の境界をあいまいにする不思議な力がありました。
老人は過去を懐かしんでいるのか、瞼を閉じて脳裏に浮かぶ情景に想いをはせている。
「そういえば僕も親とまともに話をしたのはいつだったか。どころか最近はテレビもまともに見ない」
「そうなのですか。まったく時の流れというのは残酷なものです」
寂しそうに囲炉裏の灰をみている老人のもとへ、僕は誘われるでもなく、なすが儘に胡坐をかいた。
「それでは話を聞いてくれませんか。最近大学で困ったことに卒論のネタに困っていまして」
そう持ち掛けると、老人は目を丸くした後に、はにかんだ。
「はは、お優しい方だ。こんなじじぃのことを憐れんでくれるとは」
「今日会ったばかりの人だからこそ気兼ねなく話せるということです。友人にも、いろいろと見栄を張ってしまうもので、なかなか話せないんです」
そうして僕と老人は少しの間、火のない囲炉裏を囲んで話をした。奇怪な空間ではあったが不思議と口が軽くなり、様々な話をしてしまった。卒論の話、友人の話、気になるあの人の話など。
「あら、もうこんな時間ですか。つい話が弾んでしまって、長居してしまった」
「いえいえ、久しぶりに楽しい時間を過ごさせてもらいました。本当にありがとうございました。これでもうなんの気兼ねもありません」
「そうですか、それはよかったです」
「どうやらそちらもお迎えが来たようですね」
「おい、もういいだろ。そろそろ帰ろうぜ」そこには付き添いで車を出してくれた友人の姿があった。つる草の巻き付いた朽ちかけた玄関の柱に寄りかかっている。
「あぁ、そうだな」振り返るとそこに老人の姿はなかった。
「それで、どうだったんだ」
「何が?」
「何がって、お前のばあさんの故郷だったんだろ?写真とかあったか?」
「そんなのとっくに虫に食われてたよ」
僕は太陽が山の陰に隠れると同時に、廃村となった村を後にした。




