川の住人 【月夜譚No.379】
幼い頃に住んでいた家の近くに川があった。それほど綺麗な水質ではなかったが、子どもが遊びに入っても問題はないくらい穏やかな川だった。その為、暑い時期は賑やかな場所であったが、同時に一つの噂話があった。
その川には河童が棲んでいて、悪いことをすると川底から河童に足を掴まれて引き摺り込まれる、というものである。
今になって思えば、いくら穏やかな川とはいえ気をつけろ、という注意喚起だったのだろう。本気で信じる子どもも少なく、皆普通に遊びにいっていた。
斯くいう私もその一人で、夏休みには毎日のように友人と川に通った。
雲一つない青空から太陽が地上を照りつけていた、あの日。私はいつものように川へ行き、そして川の中ほどで足を攣った。一緒に来ていた友人は遊びに夢中でこちらには気づかず、私はそのまま倒れ込んでしまった。
川自体は、それほど深くはない。しかし、私は足を攣ったことでパニックに陥り、起き上がることができずに水中でもがくことしかできなかった。
呼吸が苦しくて、やがて意識が遠退き始め、このままここで死ぬのかと怖くなった。
そう思った次の瞬間、柔らかくて滑りけのある何かに腕を引かれる感覚がした気がした。そこで意識が途切れ、次に気がついた時には、私は岸の上で仰向けに寝ていた。
友人も知らない内に岸に横たわっていたそうで、何がどうなったのか真相は判らない。
しかし、その時から数年たった今でも、私は信じている。あの川には、心優しい〝何か〟が棲んでいるのだと――。




