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龍崎蕾は窓辺にいる〜愛知県警特殊怪異捜査室〜  作者: 月草(梅雨之草)


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2024年4月 『入れない現場』5


「夜行バスの中、ですか?」

「はい、夜行バス中です」


 問い返すと、龍崎はいつの間にか手に取っていたスマートフォンのウェブ検索画面をこちらに見やすいように掲げてきた。


「今テレビ前に飾ってあるアニメ作品を検索したら、ちょうど東京でミュージカル版が公演中のようです。あくまで推測ですが、娘さんは昨日の公演を見に出かけていたのではないでしょうか?しかもソワレ、あるいは両公演」

「えっと、ソワレとは?」

「夜公演のことですよ。作品と公演時間によりますが、だいたい21時以降に終わります。この作品は21時半をぐらいみたいですね」

「となると、劇場から東京駅への移動を考えると……少し失礼します」


 確認を取ってから、スマートフォンで新幹線の最終時刻を調べる。

 東京から名古屋へののぞみの最終便は、22時。乗れなくもないが、出るときも愛知に戻った後も乗り換えに失敗したら後がないことを考えたら選ばないだろう。


「翌日仕事があるにしても東京で泊まって、朝の新幹線に乗れば良いのでは?わざわざ夜行バスを選びますでしょうか?」

「……去年から、ものすごく高騰してるんですよね……宿泊費……東京に限らず……」

「ああ……なる、ほど……?」


 そう言われれば、インバウンド需要のニュースが増えたなとその原因らしい知識に思い当たる。

 県外どころか市外にも出ない人生を送ってきたから実感がなかったが、言葉を濁す龍崎の様子からしてどうやら目も当てられない高騰具合であるらしい。


 実際問題、警察にだって出張はある。生活安全課ならまだしも、本部の刑事ともなれば県外出張も十二分にあり得る。その中での全国的な宿泊費高騰は上長となった龍崎からしたら、頭が痛い事項だろう。


「とはいえ、この推理には穴があります。何故未だに連絡が取れていないのか。電話が入っていたら、折り返しませんか?まあ、今時知らない電話に折り返すのは不用心だからしないと言われたらそこまでなのですが……」 

「……龍崎警部補。今朝の高速道路は大規模な事故での影響で、渋滞していました。それに捕まって遅れている可能性はありませんか?」


 思い出したのは、先ほど走ってきた高速道路の、反対車線の大渋滞。あそこには乗用車やトラックに混じって、バスも入っていた。あれは夜行バスではないだろうか?


 龍崎の返答を待たず、今度はバスの運行表を調べる。ある程度見通しが立っている分、あっさりとそれらしいものを見つけられた。 


「この便で、2時間の遅れと考えるとまだ車内の可能性、ありますよね?」

「ありえますね。浅井巡査部長、素晴らしい着目点です!」

「ありがとう、ございます」


 我ながらなかなかの発想だったと思っていたので、今回の賞賛は謙遜せず素直に受け止める。受け止めるが、褒められ慣れていないので照れくさく、そっと目線を外した。


「息子と連絡が取れないのは犯行直後ですし、考慮しなくて良さそうですね」

「それもありますが……これはただのカンなのであまり口にしたくないのですが、あ」

「え?」


 龍崎が目を見開くのにつられて、その視線の先に目線を向ける。


 直後、激しく後悔した。


 その先には『驚異』がいた。あまりに禍禍しく、昏く、重い。


 もはや、それは人の形すら模していない。それはさながら天井まで届く害意の汚泥。質量を伴った渦巻く怨嗟。


──分かった。


 かろうじて口であろうと分かる朱から垂れ流される、もはや声とは言いがたい音が、浅井の脳を鷲づかみにする。


 分かった。判った。解った──別った。


 許さない、赦さない。絶対に許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない殺す許さない許さない許さない許さない許さない許さない殺す許さない許さない殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺殺──





「浅井巡査部長!」


 憎悪の音が赤く像を帯び、視界を、世界を覆いつくさんとする中、不意に響いた鈴の音が赤を打ち払った。


 気がつけば、浅井は床に座り込んでおり、目の前には気遣わしげにこちらを覗きこむ龍崎の顔があった。

 頬に添えられた柔らかな手の感触が、強ばった筋肉を溶かしていく。


「ごめんなさい、私のミスです。彼女はあの部屋から出てこないと思っていたのですが……」

「あれ、土雛ですか?」

「ええ。来たときよりも激高してましたが……もしかして浅井さんにはそうは見えなかったですか?」

「すみません、あまりにも最初に見たときと形が違っていまして。あと、声というか音の方が酷くて……」


 もう一度思い出そうとすると、途端に脳に赤が滲み、慌てて思考を打ち切る。

 姿形は正しく認識できなかったが、浅井でも理解できた。あれは怨霊と呼ばれるもので、あの音は呪詛そのものだ。



「音、ですか。聴覚の方に適性が強く出てるのでしょうか……?今も聞こえますか?」

「いえ、もう聞こえないです」

「ならもう大丈夫ですね。彼女も出て行きましたから、また倒れそうになることもないでしょう」

「出て……!?」


 出て行ったと事もなげに言う龍崎に、浅井は動揺を抑えきれず声が跳ねた。


「龍崎警部補、このままでは容疑者が、」

「分かってます。そのうえで、私は落ち着いています」


 落ち着いている。そう口にした龍崎の瞳の色は落ち着いているというよりは深い諦観に満ちていた。


「なぜなら──彼女が手にかけるまでもなく、容疑者はすでに死亡していると思うのです」


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