第4章:影の試練
ルナの名が空気に溶けた瞬間、広間の光が揺れ、黒い扉が軋むような低音を響かせた。
ソルは彼女の手を強く握り、ルミエを掲げる。淡い蒼はさらに濃くなり、扉の縁を照らし出す。
「行こう」
ソルが言うと、ルナは頷き、二人は闇の中へ踏み入った。
廊下は終わりがないように続き、壁や床が微かにうねる。角を曲がれば同じ場所に戻り、進むほど出口は遠のいていく。出口は、見えるのにまるで届かない。
「……これが城の罠よ。恐れが形を与え続けて変容し、私たちを閉じ込める。」
ルナの声は落ち着いていたが、その手はわずかに震えていた。
やがて、頭上から低い唸りが響く。振り仰ぐと、天井が波のように揺れ、そこから黒い影が滴り落ちる。
形は定まらず、人影にも獣にも見えた。影は床を這い、二人の足元を絡め取ろうと迫る。
ソルはルミエを掲げたが、光は影に触れると鈍く曇る。
「恐れを見せると、光は弱まる」
ルナの声が響く。
ソルは息を吸い、胸の奥にある像を一つひとつ手放すように目を閉じた。失敗、後悔、見失った顔……。
「いつからだろう、誰かの手を握ることに怯えていたのは」
潜在していた想いに向き合い、深層の闇を振り払う。
再び目を開けると、ルミエは蒼から金へと揺らぎ、影を焼くように広がった。影は叫びを上げ、霧のように消えていく。
その瞬間、廊下が崩れ、石床の裂ける音が響いた。裂け目の向こうに、かすかな光が差し込んでいる。
「出口だ!」
二人は駆け出したが、足元の床が崩れ落ち、闇が口を開ける。
ルナが一瞬足を取られ、バランスを失った。ソルは彼女の腕を掴み、強く引き寄せる。
出口の光は近づくが、その距離は奇妙に一定のままだった。まるで歩みを計るかのように、城が空間を引き伸ばしている。
ソルは立ち止まり、ルミエを胸元に掲げ、恐れを手放し、祈りを込めた。
すると、光が爆ぜるように広がり、闇の裂け目を一瞬で塞ぎ、遠くの光を手元へ引き寄せた。
眩しさに目を細める中、ルナが低く呟く。
「……あなたは、やっぱり何度もここに来ている」
ルナは一瞬だけ微笑みを浮かべた。
それは安堵のようでもあり、遠く離れていく者が最後に見せる別れのようでもあった。
「何を——」
問いかけるより早く、足元から突風が吹き上がり、視界が白で塗り潰された。
気づけば、ソルは港の石畳に立っていた。胸の奥にあったはずのルミエも見当たらない。
手の中の温もりを確かめようとしたが、そこにはもうルナの姿はなかった。
ただ、桜色に金が混ざる光だけが心の奥底に深く残っていたのだった。




