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ルミエの港  作者: Royde
3/5

第3章:城の内部



 舟が城の岸壁に着くと、ソルは湿った石段をゆっくりと登った。

 扉は軋む音もなく開き、城の内部は外観とは裏腹に静まり返っていた。

 足を踏み入れた瞬間、波やカモメの声は完全に途絶え、空気の温度までもが変わる。

 ここでは時間の流れが違う。そんな感覚が、背中から這い上がってきた。


 この城は、近づく者の恐れを喰って形を成す──その気配が、ソルの背に得も言われぬ寒気を走らせた。


 廊下は長く、薄暗い。だが、歩みを進めるたびに床の石がかすかに光を返す。

 壁には古びたタペストリーが掛けられているが、その模様はじっと見つめると形を変え、どこかで見た景色へと変容していく。

 何度も曲がり角を抜けるが、同じ廊下に戻ってきたような錯覚が繰り返される。

 ルミエの光は心臓の鼓動と呼応するように脈打ち、時折、淡い蒼や金に揺れた。


 やがて、曲がり角の先に広間が見えた。

 天井は高く、窓は一枚もない。それでも中央だけが柔らかな光に照らされている。

 そこに、ひとりの女性が立っていた。


 銀糸のような髪が肩に落ち、月光の下でしか見られないような淡い輝きを放っている。

 白い足首までのワンピースは、ほとんど色を持たず、それがかえって彼女を非現実的な存在にしていた。

 こちらを振り向いたその瞳は、深い夜の湖面を思わせる静けさをたたえている。


 女性は胸元で小さく揺れる白い貝殻に触れ、指先で確かめるように撫でた。

その仕草に、ソルの胸の奥がわずかに疼いた。

なぜだろう。どこかでこの動きを見た気がする。


 「あなた、どうしてここに?」


 その声は、不思議なほどに懐かしかった。

 初めて聞くはずなのに、胸の底が忘れていた痛みを思い出す。

 ソルは答えを探したが、言葉にならない。

 代わりにルミエが桜色に染まり、女性の瞳にその光が映った。


 女性は一歩近づき、ルミエを見つめる。

 瞳の奥に驚きが走り、わずかに息を呑む気配が伝わった。


 「その光が、まだ残っていたなんて」

 彼女はそう呟くと、目を伏せてからゆっくりと顔を上げた。

 「お願い。その光で、私をここから連れ出して」


 ソルは眉を寄せた。

 「君は、ここに囚われているのか?」


 女性は答えず、代わりに背後の闇を振り返った。

 その視線の先、広間の奥には、黒い扉がそびえている。

 そこから低く唸るような音が響き、空気がわずかに震えていた。


 「この城は形を変える。外へ出ようとしても、同じ廊下に戻される。

 ここから抜け出すには、ルミエの光しかないの」

 声は確信に満ちていたが、その奥に諦めの影が垣間見えた。


ソルは思わず問い返す。「ルミエを知っているのか?」

「ええ。忘れられるはずがない。だって、その光は私に何度も呼びかけてきた」


 ソルはルミエを握りしめ、胸の奥に浮かぶ問いを飲み込んだ。

 なぜ、自分の持つ光が彼女を救うのか。

 そして、なぜ初めて会ったはずの彼女が、これほどまでに懐かしいのか。


 「分かった。君をここから必ず連れ出すよ」


 その言葉に、女性はかすかに微笑んだ。

 けれど、その微笑みは儚く、すぐに消えた。


 広間の光がわずかに揺らぎ、黒い扉の向こうから冷たい風が流れ込む。

 ルミエは淡い桜色から、深い蒼に変わった。

 それは、これから進む道が安らぎではなく、試練であることを告げていた。


「この城は、誰かを信じた記憶と、信じられなかった記憶が交差している場所」


彼女は一歩近づき、ソルとの距離を縮めた。

瞳の奥に、懐かしさと切なさが入り混じっている。

「ここは時が閉じている。外へ出るには、ルミエが道を開く」

その声には、わずかな期待と祈りが宿っていた。


 その声の響きがソルの胸の奥深く柔らかな場所に触れた瞬間、忘れていた痛みがふっと目を覚ました。

港の陽炎の中で聞いた笑い声、誰かの手の温もり、そして、別れ際の横顔。

 それらは、形を結ぶ前に霧のように解けたが、胸の疼きだけは確かな証として残った。


彼女は視線を落とし、小さく笑った。

「私をここから連れ出して。そして、忘れないで。私の名前は——ルナ」


ルミエの光が一際強く輝き、部屋の影を押しのけた。

しかし、その光の中で、ルナの姿が微かに揺らぎ、まるで夢の中の存在のように頼りなかった。


 それでもソルは、彼女の手を強く握った。

過去に離してしまった何かを取り戻すような、

かつて陽だまりの中で微笑んでいた誰かの手の感触に似ていた。




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