表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルミエの港  作者: Royde
1/5

第1章:港の邂逅



 名前のない風が港の記憶を攫っていた。

 夕暮れを纏う港場を、青年ソルは風に吹かれながら歩いていた。

 彼が何を探しているのかは、まだ誰も知らない。


 潮の香りが石畳の隙間に染み込み、遠い日の記憶をくすぐる。

 一度どこかで、同じ匂いと同じ風に触れた気がした。けれど、その情景は、霧の向こうに溶けていった。


 石畳の甌穴に、小さな光を宿す小瓶を見つけ、彼は歩みを止める。


 拾い上げると、その光は淡い桜色へと変化し、指先から胸奥へと静かな熱を送り込んでくる。

波の音にも、カモメの声にも乱されず、その光はソルの呼吸に合わせて微かに揺れた。

 桜色の奥に、ごくわずかな金色が瞬く。

それはまるで、どこかで待っている誰かの気配が、この小さな器に封じられているかのようだった。


 ソルは小瓶を掌の中で転がしながら、桜色の光を何度も確かめた。

 港の風が頬を撫で、遠くでカモメが鳴く。

 光は潮騒や潮の香りには揺らがず、ただ彼の胸の奥の温度に呼応するように脈を打っている。

その脈は淡い桜から、息に合わせてかすかな金色を差し挟んだ。



 ふと、ソルは顔を上げて港の向こうに見える大きな船の甲板に目を向ける。

あの人の姿を見た気がしたのだが、目を凝らしても、もうそこには誰もいない。

しかし桜色は、かすかに揺らめき、淡い金色を帯びはじめていた。


 ソルがその場を離れようとしたとき、背後からかすれた声がした。

「それを……見つけたのかね」


 振り向くと、建物の物陰から姿を表した老人がこちらを見ていた。

 海風に晒され、皺の刻まれた顔は、潮に洗われた古い地図のようだった。


 老人の視線は、小瓶に注がれている。

その瞳には、海の色とも夕陽の色とも違う、どこか懐かしい光が宿っていた。

まるで、遠い昔か、まだ訪れていない未来から届いた微かな呼び声のように。


 「それはルミエだ」

短く、しかし確信に満ちた響きだった。


 ソルは眉をひそめる。

「ルミエ……?」


 老人は静かに頷き、建物の壁に身体を預けながら続けた。

「光を映すだけの器ではない。触れた者の心の色を映し、それを道しるべとする……古代の記憶だ」


 そこで老人は言葉を切り、潮の匂いを深く吸い込んだ。

 その瞳には、遠く過ぎ去った日々の影が揺れていた。


 やがて老人は、何か言いたげに口を開きかけたが、首を振って、ゆっくりと背を向けた。

その背は、港の影に溶け込むように薄れていき、気づけばもう姿はなかった。


 港場は再び静けさを取り戻した。

 ソルは、小瓶を掌に包み込み、しばらく波の音を聞いていた。

 桜色と金色がゆるやかに混ざり合い、港の夕暮れに淡い光の筋を落としている。


 そしてその光が、自分をどこへ導こうとしているのか、ソルには知る由もなかったのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ