【第3話】:1年目① 新人監督、現場に立つ
大学を卒業し、施工管理職として中堅ゼネコンに入社した神原匠。第3話では、初めて配属された現場で、現場監督としての最初の一歩を踏み出します。ここから彼の「責任ある仕事」が始まります。
4月、春の陽射しがまぶしい朝。
「今日から配属になります、新入社員の神原匠です。よろしくお願いします!」
現場の朝礼でそう挨拶したとき、胸の奥がドクンと鳴った。
現場に立つ。
それは、見学でも研修でもなく、“責任を持つ側”として立つということだった。
配属されたのは、都内の中規模オフィスビル新築現場。
鉄骨造、地上6階・地下1階。
工程は躯体工事の中盤、現場全体が慌ただしく動いていた。
担当についたのは、先輩監督の三宅さん。30代半ばで落ち着いた雰囲気の人だ。
「神原、今日から写真とります。まずは“撮り忘れない”ことが仕事だ」
そう言ってカメラを渡された。
「これは記録用。施工が図面通り行われている証拠になる。だから、撮っておけばいいんじゃなく、“いつ、どこを、なぜ”撮ったかが大事」
図面を片手に、鉄筋の配筋状況、型枠の立ち上がり、搬入状況──先輩の手元には撮影リストがあった。
「このスラブ、今日午後に打設する。だから午前中に配筋状況を撮っておくこと」
スラブとは、建物の床や天井になる部分のこと。
言われた通り現場に向かい、鉄筋が格子状に並ぶ床面を撮影した。
だが──
午後、三宅さんが現場を確認しているときに、こう言った。
「おい神原、階段室の写真あるか? そこ、今日打設するって言ったよな」
「あ……すみません、撮ってないです」
「図面と工程、ちゃんと見て判断しろ。撮り忘れたら、もう二度と撮れないぞ」
怒鳴られはしなかった。でも、その静かな言葉が胸に響いた。
“現場は、時間が戻らない”
その現実を、初日で思い知った。
昼休み、仮設の事務所で缶コーヒーを飲んでいると、三宅さんがぽつりと言った。
「まあ、最初はそんなもんだよ。でも、現場ってのは『気づいたら動く』が基本な」
「見る、考える、声をかける。図面と現場をつなぐのが監督の仕事だ」
その言葉をメモに書いた。
午後、指示を出す練習として、資材搬入の声がけを任された。
「今日の搬入資材、仮囲いの内側に一時置きしてください。足元に段差があるので注意をお願いします」
緊張で声は震えたが、職人さんたちは「おう、了解」と笑ってくれた。
ほんの小さな一言。でも、自分の言葉で現場が動いた。
その感覚は、忘れられなかった。
■あとがき
現場監督の仕事は、「見る」「気づく」「伝える」が基本です。
新人がまず任される“写真管理”には、現場を観察し、考える力が問われます。
見えなくなる前に撮る、変わる前に残す。
それが“施工記録”の原則です。
次回は、現場の天候や工程トラブルにどう対応するのか。
不確定な状況下で求められる判断力と段取り力を描きます。
■建築コラム:現場監督の初任務「写真管理」
建設現場では、あらゆる工程を“証拠”として写真で記録します。これは、品質・安全・検査・監査において非常に重要な資料になります。
特に写真を撮るタイミングは、次の作業で見えなくなる直前が基本です。
例:
鉄筋配筋(→コンクリート打設前)
型枠(→建て込み後、打設前)
防水処理(→仕上げ材施工前)
現場監督に求められるのは、「どこを、なぜ、いつ撮るか」を自分の頭で判断する力です。
■用語解説
躯体工事:建物の骨組み(柱・梁・壁・床)を作る工事。建物の構造そのもの。
スラブ:建物の床や天井となるコンクリートの板状構造部。
打設:コンクリートを型枠に流し込む作業。
配筋:鉄筋を設計通りに配置する作業。構造の強度に関わる重要工程。
施工記録:現場の状況を写真や書類で記録すること。品質管理や検査に使われる。
現場監督の仕事は、「見る」「気づく」「伝える」が基本です。
新人がまず任される“写真管理”には、現場を観察し、考える力が問われます。