【第2話】:0年目② 建物は、現場で動いてる
前回、高校生の神原匠は「現場監督」という職業に出会い、その言葉の意味を初めて知りました。第2話では、より具体的な“建設現場のリアルな動き”と“監督という仕事の責任”に触れていきます。
「建物って、どうやってできるんだろうな」
ふと思う。
完成した学校、商業施設、マンション。どれも見慣れた風景だけど、それが“できあがる途中”を見たことのある人は、案外少ない。
だから俺は、もう一度あの現場を見たくなった。
数日後、建設会社のインターン説明会に申し込んだ。
まだ高校生だったが、興味があるなら歓迎しますと返信が来た。
現場は、駅から徒歩10分。ビルが立ち並ぶ一角に、仮囲いに覆われた敷地があった。
「よろしくお願いします。神原です」
受付を済ませると、作業服を貸してくれた。ヘルメット、安全靴、反射ベスト。身につけるだけで、少し気持ちが引き締まる。
案内をしてくれた若手の監督・柴田さんは、30代手前くらいの穏やかな人だった。
「じゃあ、今日の工程を一緒に見て回りましょうか」
まず案内されたのは、現場の掲示板だった。
「この表が“工程表”。今日は3階の壁型枠を組んで、明日コンクリートを打設する予定です」
A1サイズの紙には、びっしりとスケジュールが書かれていた。
「午前:壁配筋完了 → 午後:型枠建込・確認 → 翌日打設」
作業は1日単位で分刻みのように動いていた。
「図面だけ見てても、建物は建たないんです。現場では、いろんな人が時間差で関わるんですよ」
その言葉の意味は、すぐに理解できた。
現場に出ると、鉄筋屋が鉄の棒を並べ、型枠大工が寸法を測り、クレーンが荷を吊っていた。警備員が資材車両を誘導し、監督が無線で何かを指示している。
「神原くん、ちょっとだけ待ってて。搬入がずれてるみたいだから、調整してきます」
柴田さんが駆けていった。
その後ろ姿を見ながら思った。
──建物は、現場で動いているんだ。
昼休憩、現場の詰所でカップ麺をすする。
現場の空気に、ようやく少し慣れてきたころだった。
「さっきの壁、芯ズレなかったですか?」
大工の人が監督にそう聞いていた。
「うん、レベル見ながら直してもらった。あとで写真撮って記録しとく」
芯ズレ。レベル。写真記録。
知らない言葉が、日常のように飛び交っている。
「神原くん、現場監督ってね、“気づく力”が大事なんです」
柴田さんがぽつりとつぶやいた。
「何かがおかしい、って感じる感覚。それを言葉にして、人に伝えて、現場を止めずに流す。技術も大事だけど、人と人をつなぐのが監督の役割ですよ」
その言葉が、ずっと心に残った。
■あとがき
建設現場は「人の連携」と「段取り」で成り立っています。
図面と工程表、資材搬入のタイミング、安全確認、品質チェック……。
それらを“同時に”管理していくのが現場監督の大きな仕事です。
次回は、いよいよ現場に立つ新人監督として、神原が初めて責任を持ち、声を出す瞬間を描きます。
■建築コラム:建設現場の「工程」とは
建物は、設計図通りに建てれば完成する──わけではありません。
現実には、「どの作業を、いつ、どの順序で行うか」が非常に重要です。
これを管理するのが「工程表」と呼ばれるスケジュールです。
たとえば:
鉄筋を組んで → 型枠を建てて → コンクリートを打つ
それぞれの作業には“乾燥時間”や“検査”も必要
作業員の手配、資材の納品、安全確認も加わる
現場監督は、こうした多くの要素を整理し、「今日、誰が、どこで、何をやるのか」を常に調整しているのです。
■用語解説
工程表:工事全体の進行計画。日付ごとに作業内容が記されている。
型枠建込:コンクリートを流す型を組み立てる作業。
芯ズレ:柱や壁の中心線が、設計通りに位置していないこと。
レベル:高さの基準。測量機器を使って正確に測る。
写真記録:施工状況を証拠として残す写真。品質・安全・監査に重要。