【第1話】:0年目① 現場監督って何者?
この物語は「現場監督って、何してる人?」という素朴な疑問から始まります。主人公・神原匠は、建築とは無縁の高校生。たまたま訪れた建設現場で“見えなかった仕事”に出会います。
「なあ、“現場監督”って、何してる人なんだ?」
そう聞かれて、答えられる人は多くないかもしれない。
建設業界では当たり前の職種でも、一般にはイメージがぼんやりしている。
ヘルメットをかぶってる?
怒鳴ってる?
現場で指示してる?
でも、実際はどうなのか。
俺――神原匠は、その答えを知らなかった。
高校3年の春。俺は進路に迷っていた。
大学に行くべきか、就職するか。周りはどんどん進路を決めていく中で、俺は焦っていた。なんとなく建築に興味はあるけど、「建築家」とか「設計士」にはピンとこない。正直、ずっと机に向かって図面を引くイメージしかなかったからだ。
「神原、こんなのあるぞ。建設会社の現場見学、希望者出せば行けるって」
担任がそう言って配ったのは、建設現場の見学会の案内だった。
「建設現場……?」
それは、自分とはまったく別世界の話のように思えた。けれど心のどこかで、「知らない世界を見てみたい」という気持ちがあった。
見学当日。
都内のビル建設現場に着いたとき、最初に驚いたのはその“音”だった。
ガシャン、ゴウン、ピーピー。
クレーンが鉄骨を吊り上げ、足場の上で作業員が叫ぶ。大型トラックがバックする電子音が鳴り響く中、俺たち見学者はヘルメットと反射ベストを着けて敷地内に入った。
「これは仮囲いっていって、現場の周囲を囲ってます。安全確保と騒音・粉じん対策ですね」
案内してくれた広報担当の人が、説明を続ける。
「今やってるのは地上4階部分の型枠組立と鉄筋配筋。あちらではコンクリート打設準備中です」
用語がわからなくても、とにかく圧倒された。
テレビやネットではわからない、“つくっている最中の建物”の迫力。
そのときだった。
「おい、あと30分でポンプ車くるぞ! 2班、鉄筋検査の準備しとけ!」
現場の奥から、ひときわ通る声が聞こえた。
振り返ると、そこにいたのは1人の男だった。
作業服を着こなし、図面を片手に、次々と職人に指示を飛ばしている。
「……あれが現場監督です」
広報の人がつぶやいた。
「現場監督は、工程、安全、品質、コスト。全部を見て、工事全体をコントロールする人です」
全体を、コントロールする。
その言葉が、やけに頭に残った。
休憩中、運よくその現場監督の人と話す機会をもらえた。
名前は武藤さん。がっしりした体格と強い眼差し。
「現場監督って、ぶっちゃけどんな仕事なんですか?」
素直にそう聞いてみた。
武藤さんは笑って言った。
「一言で言えば、全部をつなげる仕事だな。人、材料、時間、金。建物ってのは、いろんな要素の集合体だからよ。ひとつでもズレると、全体が止まっちまう」
「……それって、めちゃくちゃ大変じゃないですか?」
「だからオモシロイんだよ。完成したとき、『これは自分が指揮した現場だ』って思える。それがな、最高に気持ちいいんだ」
その言葉に、心がざわついた。
完成した建物。
だけどそこに至るまでには、こんなにも多くの人が関わっている。
その中心に立つ人がいる。
現場監督。
「これって、誰かにしかできない仕事なんだな」
そう思った。
■あとがき
現場監督とは何者か。
それは、建物が完成するまでの“すべてのつながり”を見守り、調整し、支える人です。
現場監督がいなければ、建物は完成しません。
設計図があっても、職人がいても、それを動かす“指揮者”が必要なのです。
次回は、実際の現場で現場監督がどんな判断・段取り・安全確認をしているのか。
現場での1日を追体験していきます。
■建築コラム:現場監督の仕事とは
「現場監督(施工管理)」の仕事は、多くの人にとって謎めいたものです。実際は以下の4つの管理が主な役割です。
安全管理:事故が起きないよう、作業手順や装備、環境をチェックする
品質管理:図面通り、仕様通りに仕上がっているかを確認する
工程管理:工事がスケジュール通りに進むよう、作業の順序と日程を調整する
原価管理:無駄なコストや材料が出ないよう、予算内で収める
これらすべてを“現場で”リアルタイムに判断するのが、現場監督の仕事です。
■用語解説
仮囲い(かりがこい):建設現場を囲む仮設のフェンスや壁。安全・防音・防塵目的で設置される。
型枠:コンクリートを流し込むための“型”。木や金属でつくられる。
鉄筋配筋:コンクリートの中に入れる鉄筋を、設計通りに組む作業。
打設:コンクリートを型枠に流し込む作業のこと。