学園生活の始まり
昔々あるところに、栄華を極めた王国がありました。王様は民の声を広く聞き届け寄り添い、民は国のために力を尽くして、共によい国を作り上げました。
王様にとっても民にとっても、その王国は誇りであり、宝物でした。豊かで穏やかな暮らしが、これからも末永く続くと、誰もがそう思っていました。
しかしある時、王様は不思議な力を持った魔法の指輪を手に入れます。すると優しかった王様の様子は一変してしまいました。強欲の赴くまま、意地汚く富を求めるようになり、国の安寧よりも、自らの欲望を満たすことに執着するようになったのです。
民からどれだけ怒りの声が上がっても、王様は態度を改めることはありませんでした。国と民を愛し、愛されていたはずの王様がどうしてと、皆が嘆きました。
王様は怒れる民に向けて自慢げにこう言いました。
「私が皆の願いを叶えてあげよう。永久に続く偉大な王国を、栄耀栄華を、老いや死を超越した生を、皆に約束し、これを与えよう」
王様の言葉に民は失望し、呆れかえりました。一人、また一人と民は王を見捨てて、最後には王様は独りぼっちになってしまいました。欲望のままにすべてを手に入れた王様は、愛すべき民と国を失ってしまったのです。
孤独に耐えられなくなった王様は、自ら望んで泡になって消えてしまいました。そうして栄華を極めた王国は、きれいさっぱり消えてなくなってしまったのでした。
絵本をぱたんと閉じると、寝る前の読み聞かせをねだった子は、話の途中でもうすっかり寝息を立てていた。母親は微笑み、そんな我が子の額にそっとキスをした。
布団をかけ直してぽんぽんと優しく叩く、そして絵本を本棚に戻すと、部屋の明かりを消して扉を閉めた。
絵本の題は「ゼルヴァーナ王の最後」といった。この迷宮国家アレギアの前身にあったとされる国の話だった。アレギアに住んでいれば、誰もが知るおとぎ話である。
母親は子どもの部屋を出ると、自分も夫が待つ寝室に戻って、ベッドに体を横たえた。明日からも忙しい一日が始まる、家族で切り盛りしている宿屋は、多くの冒険者たちが拠点にしているからだ。
ここアレギアは、謎のダンジョンに挑む冒険者たちによって経済が回る国。多くの人々が、それぞれの目的をもってダンジョンへ挑む。それがアレギアという国だった。
迷宮国家アレギア、人口の大半を冒険者が占めているこの国には、地下に広大なダンジョンが広がっていた。発見されてから長い時が経っているが、いまだに全容把握がなされていなかった。
ダンジョンには無数のモンスターが出現し、危険なトラップや過酷な環境が待ち受けている。しかし、そのリスク以上に迷宮に挑むリターンが大きかった。
得られる豊富な資源は多様で、地上で得られるものとは比べようもなく高品質で価値があり、どれだけ大量に採取しようとも尽きることがなかった。
これだけでも巨万の富を生み出すのだが、更に富を生み出すのは、ダンジョン内で見つかる宝箱だ。時には信じられないほど価値のある財宝、強力無比なマジックアイテムなどが入っていることがあり、それ一つを手に入れるだけで、一生暮らしていくのに困らない大金が手に入ることもある。
無限に湧き続ける資源に財宝、それらは権力者にとって魅力的なものであった。勿論、自国の領地にダンジョンがあるアレギアにも魅力的であり、独占することも検討されたが、当時の王が取った行動は大胆なものだった。
その行動とは、ダンジョンを解放し、世界各地から挑戦者を募るというもの。ダンジョンで手に入れたものは、すべて自分たちのものにしてよいと決め、攻略を大いに推奨した。富の占有を捨てた効果は、すぐに現れ始める。
富を求めてダンジョンに挑戦するものが集まったことで、人や物の移動が頻繁になり、様々な需要が生まれたことで、その要望に応えるための商売を始めるものが集まった。
謎に満ちたダンジョンの研究者や、ダンジョンから運び出される資源を加工する職人、武具の作成や調整を行う鍛冶師、怪我を負った冒険者を治療する医者、冒険に役立つ薬の調合を行う薬師、あらゆる人材が世界中からアレギアを訪れた。
当時のアレギア王が狙ったのは、ダンジョンを中心にした経済活動による国の発展であった。その目論見は見事に的中、ダンジョンで得られる資源と同等程度の資産をアレギアは手に入れた。
更に効果的に働いたのは、介入する人員が多くなったことで、謎に満ちたダンジョンの研究が進んだことだった。地上のどこよりも魔力が満ちた空間、既知の生物と似通っているものや、まったく異なる性質を持つものがいるモンスター、あらゆる研究者にとって、ダンジョンは魅力的な場所だった。
どれだけリスクがあってもダンジョンには挑戦する価値がある。全世界からダンジョンで得られる利益を求め、あらゆる人材が集まったアレギアは、世界有数の強国となり、唯一無二の特徴、ダンジョン経済を確立した。
しかし、すべてが順風満帆というわけにはいかない、ダンジョンがアレギアにもたらしたものは光ばかりではなかった。経済の成長に伴いは節制した貧富の格差、多人種が集ったことによる差別に偏見、武力をもった冒険者の犯罪行為、明るく輝ける場所もあれば、暗く影を落とす場所もある。
この諸問題に対処するためにアレギアが設立したものが、冒険者養成機関グレゴリ、通称、冒険者学園である。
ダンジョン攻略に必要な訓練と教育を施し、規律ある冒険者を輩出、活動を管理をして、世間とダンジョンの仕事とを結びつける役割を担う。学生たちはグレゴリで学び、立派な冒険者に成長していく。
グレゴリに集った彼らがダンジョンで得るのは、希望か、絶望か。運命の糸が絡み合い、物語は紡がれていく。
「うーい、入学式ご苦労さん。校長の話ってなげえよな、聞いてらんなくて寝てたらよお、口うるせえババアに怒られちった。いびきがうるさかったのかな?まあいいや。アタシがテメエらA組の担任レオノラだ。はい、若人、元気よく自己紹介していけー、アタシが覚えやすいような自己紹介した奴はいい点数つけてやる」
凡そ教師とは思えない発言をしたレオノラという女性は、恰好も教師とは思えないものだった。豊満な胸を惜しげもなく見せつけるようはだけた上着に、下着が見え隠れする短いスカート、美脚を飾る太もも丈の網タイツ、私はセクシーですと全身で語っているかのようないでたちだった。
そんな型破りな教師に生徒たちのほぼすべてが萎縮する中、ただ一人、臆することなく能天気に手を上げてひらひらと振るものがいた。
「はーい!レオノラ先生、俺からやっていい?」
「いいねえ、元気があって大変結構。じゃあお前、やれ」
指名された男子生徒は上機嫌で立ち上がった。背丈は高くも低くもない中背、短く切り整えられた黒髪は、固い髪質のためツンツンと立っている、クセのないすっきりとした端整な顔をした男は、にっこりと笑顔を浮かべると元気よく声を出した。
「初めまして!俺はリベル、年齢は18歳で、出身はここアレギア。学園に来た目的は、冒険者になって大金を稼ぐこと!!金を稼いで稼いで稼ぎまくれる、そんな冒険者を目指してます!!いい儲け話があったら遠慮なく教えてね、よろしくっ!」
堂々と金稼ぎが目的だと宣言したリベルは、もう一度屈託のない笑顔を浮かべた。同級生たちからのまばらな拍手にも、まるで大歓声を浴びているかのように手を振るリベルは、ついに始まった夢への第一歩に、ひそかに胸を躍らせるのだった。