第三節「愚行」
ぬらり。
表現するなら、そんな三文字が適切だろうか。
俺の背後に、いきなり現れ出でた『それ』の様子を、文字で表現するなら。
(――な、なにかが)
『なにか』が、居る。
俺たちの後ろに、正体不明の『なにか』が居る。
意味不明の状況に、全く理解が追い付かないが……、それでも現状を言葉で整理するなら、「直前まで、目の前の現実に困惑冷めきらぬ中、式神(?)の仔犬と戯れていた俺たちのうしろに、何の前触れも無く、正体不明の『なにものか』が現れた」という記述が正確であり、
そして『それ』が、単なる野生動物や、まして人間でないことは、直感で理解できた。
なんせこの場の三人、俺と左隣にいる結と、そして俺たちの正面に居て、『それ』を直に見ている解土さんは――その『なにか』の、ねめつけるように纏わりつく冷気を感じ取った瞬間、完全に体が硬直してしまったのだから。
恐怖という、その感情によって。
「ひゃひゃひゃ、久しぶりの人間だねえ」
『なにか』が、ぽつりとつぶやく。そのしわがれた一言で、更に恐怖が増幅する。先ほど解土さんに声をかけられたとき、驚いて叫んでしまったが、今度はそんな風に、コミカルに声を出すことすらできなかった。
少しでも動けば、少しでも声を漏らせば、どうなるか分からない。そんな肚の中が寒くなるような、嫌な緊張が張りつめている。真横にいる結の様子すら、どころか正面の解土さんの様子も、確認できない。
今までに経験したことの無い恐怖。
その感情が、御縁肇というひとりの人間を支配していた。
何故こんなにも恐怖してしまったのか、そもそも、何を怖れたのか。
俺たちは、何に巻き込まれてしまったんだ。
俺たちはさっきから、一体全体、何をしている?
そんなことさえも分からないまま、思考停止寸前の俺の脳に、矢継ぎ早に新しい一言が降りかかる。
「それじゃあ、いただくとするかねえ」
『いただく』って?
まさかこいつは、俺を――俺たちのことを、食おうとしている?
そんな最悪の想定が頭をよぎるも、しかし指一本も動かせない状況で、『それ』の良いようにされてしまうのかと思った、その矢先。
「わん!!」
甲高いながらも、力強い鳴き声がした。
誰あろう、そう、解土さんの横にお利口に座っていた、狛犬が――『桜ちゃん』が、吠えたのである。
その鳴き声によって、気付けをされたように緊張の糸が切れ、肩の力が少し緩む。思考に余裕ができ、それと同時に「今すぐにここから離れろ」という、虫の知らせが頭をよぎる。
俺はすぐさま結の体を抱え、転がりながらも素早く前方へ、解土さんのいる所まで避難した。ゲームでよくあるような、緊急回避のようなモーションで。
直後、俺たちの背後でズドンと重い音が鳴り響く。
振り返ってその音の発生源を向く。
見ると、そこには人の形をした『なにか』がいた――しかしながらその『なにか』は、直立していたわけではない。
『なにか』は、その右の拳を地面に打ち付けたような姿勢で固まっていたのだ。
まるで、上から下へと、力任せに拳を振り下ろした後かのように。
「おや、まさか避けられるとはねぇ。動けないかと思っていたよ」
そう言うと、『なにか』はゆっくりと顔を上げ、土に塗れた拳を掲げる。
その顔は、外見上は人間のそれであったが――特筆すべきは、『老人』の顔をしているということだ。あらゆるところに深く刻まれたしわが、その年輪をはっきりと主張していた。余りに皺くちゃなので性別は判断できないが、『老人』であることに変わりはないだろう。
「……っ、桜! 臨戦態勢!!」
解土さんも、狛犬の鳴き声で正気に戻ったのだろうか、桜ちゃんに指示を出す。
臨戦――ということは、やはりこの『老人』は、退治の対象であるほどに、対話の余地が無い程に、ヤバい存在なのだろう。
『この世界』の住人である解土さんがそう判断したのならば、間違いない――俺たちが必要以上にビビっているわけではないらしい。
すると、指示を受けた狛犬――桜ちゃんは、再び「わん!」とお返事をし、お座りの姿勢から四つ足を地面にしっかりとつけて、『なにか』と対峙した。
この正体不明の化け物に立ち向かうその胆力たるや、俺みたいな小心者の比ではないが――真に目を見張るべきなのは、そこではなかった。
桜ちゃんがうなり声を出しながら身震いをした、その次の瞬間。ビー玉から出てきた時のように、再び強い光が桜ちゃんの体を包む。
またも目が眩むが、しばらくして光は止み、彼女は姿を再び現す……、が、その姿は、先ほどの仔犬の体躯ではなかった。
狛犬の式神である桜ちゃんは、なんとその体を、大型の肉食獣ほどの大きさへと変貌させていたのだ。
もふもふだった体が、外から見てもわかるくらい筋肉質になっている。
これが、先ほど言っていた、桜ちゃんの『真の姿』とやらなのか。凛々しさを超えた、気高さを感じられる佇まいで、頼もしさを感じられる風格だ。
そこからは、早かった――そして、疾かった。
「ガオ」、と短く吠え、一切の予備動作なしに、躊躇なく『老人』に突進していく桜ちゃん。よほどの力で踏ん張ったのか、草原の緑が抉られてその下の地面が剥き出しになる。プロのマラソン選手だって、こうはいかないだろうというほどのスタートダッシュだが――
しかし、その『老人』は高速で突進してくるその巨体を、あっさりとジャンプして躱した。まるで、赤子の手をひねるかの如く容易さで。
「ただの突進かい、芸がないねえ。」
『それ』は、その勢いのまま地面に着地し、即座に懐から何かを取り出す。
どうやらそれは、包丁のようだ。形は一般的な徳用包丁のようだが、錆が刀身全体に侵食しており、ところどころが刃こぼれしている。
そんな役に立たなそうな包丁――ともすれば、桜ちゃんの剛体に傷一つ付けられないほどの錆包丁――で何をするのかと思えば、『老人』は、その包丁を逆手に持ち、桜ちゃんめがけて一振り、さらに一振り、と、立て続けに振り回したのである。
距離が離れており、全く意味が無い――ように俺は思ったのだが、何故か桜ちゃんは、包丁が降られる度に苦しそうにうめき声をあげる。
見ると、体の表面のあちこちに、切り裂かれたかのような傷が、一つひとつと増え続けている。まるで見えない刃が、その身に向けて放たれているかのように。
「ひゃひゃひゃ!! それそれ、避けてみろ!!」
よほど楽しいのか、『老人』は、耳に触る笑い声をあげながら攻撃を続ける。桜ちゃんは何とか足運びを巧みにし、攻撃を避けようとするが、それでも避け切れずに、体中に痛々しい生傷を負ってしまう。
そうして仕舞には、膝を地についてしまい、立ち上がろうとしても起き上がれない状況になってしまった――
――正直、全てを正確に把握できたわけではないが――目の前の結果を整理するに、どうやら桜ちゃんは、なすすべなく負けてしまったらしい。
あんな剛体を持つ式神を軽軽しく捻り潰す『それ』に対して、恐怖がより深まる。
「くっ……、やはり、私ほどの魔力では……!」
化物撃退の望みが絶たれ、絶望にひたる俺だったが……、見ると、解土さんも膝をついて息を切らしている。かなり疲弊している様子だ。式神を使役するのにも、体力を使うのだろうか……?
「桜! 戻りなさい……!!」
これ以上戦闘をしても意味がないと判断したのか、解土さんは先ほどまで桜ちゃんが入っていた、透明の玉をかざした。すると、桜ちゃんは掃除機に吸い込まれるようにその玉に吸収されていく。透明だったその玉は、元のように、赤と白の入り混じった模様に変化していた。
「おやおや、もう打つ手なしか? 意外とあっけないのう」
『老人』はそう言いながら、ゆっくりと俺たちの方へ近づいてくる。追い詰める愉悦に浸っているのか、口元が裂けんばかりに笑っている。
「あ、あなたたち、早く……、早く逃げなさい、あれは、ただの人間ではない……!」
息を切らしながらも、解土さんは俺たちにそう忠告すると、その流れで懐から先ほどのビー玉を取り出した――しかし、今度のそれは紅白色のものではなく、橙色と黄色が混じった色合いのものだったが。
彼女がそれを地面に叩きつけると、雀ほどの大きさの小鳥が飛び出し、「ぴぃ」と鳴きながらどこかへと飛び去って行く。それを確認すると、解土さんは意識を失ったのか、ばたりと倒れこんでしまった。
「ちっ、助けを呼ばれたかい。まあいいわ、まずはそこの人間から食べるとするか……。おい、ガキども!」
老婆はそういって俺たちの方を睨みつける。二人揃って、体がびくっと反応してしまう。
「ひゃひゃひゃ、人間を食べるなんて、実に久しぶりじゃ」
老婆は相当に飢えているのか――或いは、単なる悪癖か、口元から汚らしく、粘着質なよだれを垂らしている。目は厭らしく爛爛と輝いており、まるで、肉食獣が獲物を捕らえるときのようだ。
絶体絶命、命の危機に瀕している状況――
(ああ、本当に)
――本当に、俺は『異世界』に来ていたのか。
ここにきて俺はようやく、この世界が元の世界と全く異質なものなのだと実感した。
さっきのようなメルヘンな狛犬では、頭で理解はできても実感はできなかった。
ファンシーな御伽噺か、はたまた夢想か――そんな茫洋な感覚に支配されて、自分じゃない離れた所に、目の前の現実を置いていて、それでいて無理やり、その現実を受け入れようとしていた。
でも、今は違う。今は現実が――『死』が、ここに在る。
命の危機にさらされて、死の恐怖をもってして、初めて――俺は、俺たちは、自分のいる世界の異常さを実感することができた。
当然と言えば、当然のことだ――ひとが今日まで、二十数年間も積み上げてきた『常識』は、そう簡単には覆らないものだろう――普通、犬は空を飛ばない。普通、魔法なんて代物は使えない。当然、老人の化け物なんていない。向こうの世界の、『常識』では――
――しかし、目の前の『老人』は、本物の化け物であった。
やつは、俺たちの眼前に突如出没した老人の化物は、本気で俺たちを殺そうとしている。そんな不合理がこの世界での常識であり、元居た場所とは全く違う摂理で、この世界は動いているのだ。
『何故だ』とか、『どうして』とか、そんな理屈はどうでも良い――『実感』として、俺はこの世界が、紛れもなく異世界であると納得したのだ。
――だが、納得したところでどうすればいい?
こんな化け物に、対話が通用するとは思えない。かといって、逃げ出しても後ろから襲われるだろうし、立ち向かうだなんて一番の愚行だ。どれをとっても、俺たちが消えることに――死ぬことに、変わりはない。その確定した未来に、入り込む隙はない。
俺が懊悩しているのもお構いなしに、『老人』は、ひた。ひた。ひた。と一歩ずつ、緩慢な動きで近づいてくる。しわがれた体には似合わない、発せられる重い圧が今、この場一帯を支配している。
「ひゃひゃひゃ、話は聞いていたよ、お主ら、転移してきたんだろう? 甦って早々、災難なことじゃなあ」
『老人』はまたも、愉快そうな口調で俺たちを追い詰める。俺たちのことを『災難』だなんて、微塵たりとも思っていないであろう口調で。
……正直、怖いなんてもんじゃない。
だって、一秒後には死んでしまうかもしれないのだ。それも、再び。あの地獄のような苦しみを、そう遠くない過去に味わった俺が、そう思わない方が異常だろう。
このままこんな恐怖を抱き続けるだけならば、もういっそ今すぐに、思考そのものを放棄したほうが、楽になるのではないかという悪魔の囁きが、俺の脳裏をよぎったが――
「ほんに、災難じゃのう。今からお主らは、儂に食われる。文字通りの意味でな……。しかし、儂が出した条件を呑めば、命を助けてやらんことも無いぞ?」
その『老人』の一言で、今度は別の意味で思考が止まる。助けるって? こいつは案外、交渉には応じるスタンスなのだろうか?
「簡単なことじゃ。どちらか一方を差し出せば――お主らのどちらかを儂に捧げれば、もう一方は助けてやる。だから、男か女、好きな方を儂に差し出せ」
しかし、そんな俺の一豪の期待は、すぐに裏切られた。
とんでもない、『条件』によって。
……なるほど。こいつのことがだんだん分かってきた。
つまりこいつは、ただ獲物を仕留めるのではなく――ただ捕食するのではなく、甚振るのが好きなタイプの化け物なのだろう。嘲り、嬲り、詰り、弄び――恐怖のどん底に叩き落としてから殺すのが好きなのだろう。
桜ちゃんを攻撃する時も、俺たちに近づいてくるときも、こいつはずっと笑っていた。厭らしく笑っていた。だからこそ、夫婦の仲を切り裂くような――あるいは、むしろお涙頂戴の献身を促す条件をつけることで、俺たちを更に狼狽させ、さらに恐怖させ、その様子を楽しむつもりなのだろう。
いやはや、質の悪い化け物に、俺たちは目を付けられてしまったらしい。
――だけど。
そんな戯言に、俺が惑わされるわけがないだろう。
結の命を差し出してまで――俺のすぐ横にいる、何よりも大事な妻の命を差し出してまで、俺が助かりたがるだろうとでも思ったのだろうか。そして、その逆もありえると――『俺が犠牲になる』だなんてテンプレの、安い三文芝居をくり広げるとでも思ったのだろうか。
だとすれば舐められたものだ。俺たち夫婦の結びつきを――死んでも死にきれないほど、強い結びつきを。祝福や呪いのようにこびりついた、この縁を。
そうしていつの間にか、俺の頭を支配していた恐怖は消え去り。
代わりに湧いてきたのは、怒りだった。
腹の底から、ふつふつと湧き上がるような怒りだった。
俺たちの仲を引き裂こうとした化け物に対する、底知れぬ怒りだった。
だから俺は――いや、俺たちは、立ち上がった。
「「……え?」」
素っ頓狂な声が、肩透かしな響きで漏れてしまう。二人して、間抜けな顔を見合わせる。
立ち上がったのは、俺だけでなかった。
俺の隣にいる結も、同時に、まったく同じタイミングで立ち上がったのである。
まさか、結も同じことを思ったのか。結も、怒りに奮い起こされて、目の前の化け物への憤怒に突き動かされて、立ち上がってしまったのだろうか。
だから、『化け物に立ち向かう』だなんて一番の愚策を――冷静に考えれば無謀な愚行を、とってしまったのだろうか。
「――ぷっ、くくっ」
「ふふっ、あはははっ」
いつもは正反対の性格なのに。
いつもは趣味嗜好が真逆なのに。
こんな時には、こんな危機一髪な状況では、息ぴったりじゃないか!
そう思うと笑いがこみ上げてきて、先ほどまでの緊張感が嘘のように噴き出してしまった。結もいつもの調子に戻り、大口をあけて高らかに笑っている。
「あははっ、はじめちゃん、やっぱり私たちって、ベストパートナーだよね」
「ふっ、当たり前だろ。俺たちは最高の夫婦だ」
そう言って二人は、拳と拳をこつんとぶつけた。
お互いの結婚指輪が、月明かりに鋭く光る。心なしか、そこから熱が放たれているような感触。
この女性となら、結とならば、この化け物に打ち勝てるかもしれない。そんな根拠のない自信が、体の底からふつふつと湧き上がってくるのを感じる。
愚策に無謀、どんとこい――こんな馬鹿な愚行、馬鹿な俺たちにこそぴったりだ。
「ちっ、つまらんねえ。もっと恐れて藻掻いていればいいのにさ。どうせお前らなんか、打つ手なく死んじまうんだから――ッ!!?」
「そうとも限んないでしょ!」
『老人』が、台詞を言い終わる前に――結は一瞬にして、大地を蹴り上げ間合いを詰めた。まさか相手から仕掛けてくるとは思わなかったのか、『老人』は驚きを隠せないようだ。
(あ、アグレッシブすぎ……!!)
かく言う俺も、あまりに想定外の行動だったため驚いてしまう。息ぴったりとはなんだったのか。いやしかし、まさか圧倒的な化け物へ、ノータイムで距離を詰めるとは思わないだろう。攻撃性ここに極まれりだ。
と、そのように戸惑っている俺の頭の中でもう一人、俺ではない者の声が聞こえた。
(それ、誉め言葉だけどね、肇ちゃん!)
それは、普段から聞き慣れている、元気いっぱいの声だった。
なんと、結の声が俺の頭に響いているのである。まるでイヤホンから音楽が流れているかのように、直に脳内に話しかけられているのだ。
(結!? もしかして聞こえてるのか!?)
(うん、なんかそうみたいだね)
(いや、冷静過ぎるだろ……。て、テレパシーってやつか? まさか俺たちまで、『魔法』が使えるようになったのか? いやでも、俺たちなんてただの一般人なわけだし……)
(細かいことは気にしないの! 今はとにかく、このおばあちゃんを何とかしないと、ねっ!!)
そう言うと――正確には言ってはいないが――結は左の拳を、利き手のグーをその老人の脇腹に鋭く打ち込んだ。
「ぐっ……!?」
『老人』はそのパンチをガードしようとするも間に合わず、もろに攻撃を食らってしまう。その衝撃が相当のものなのか、踏ん張って威力を殺すこともできず、『老人』はなんと、後方10mほどのところまで吹っ飛んでいった。
あの錆びた包丁は手から離れ、遥か遠くの地面へと転がり落ちる――いやいや。
(……どういうパンチだよ。お前、いつも俺にしてるのは本気じゃなかったのか? あんな隠し玉を持ってたなんて)
桜ちゃんでは全く歯が立たなかったこの化け物を、軽々しく吹っ飛ばすなんて……、こいつならともかく、一般人がまともに食らったら命に関わると思う。
常日頃から結の運動神経には目を見張るものがあったけれど、まさかここまでとは。もはやこいつが化け物だろ。
(いやいやいや!? ここまでのつもりじゃなかったよ!? 流石の私でも、こんなの繰り出したこと無いって……やっぱり、不思議な力で強化されてるのかな?)
ところが、攻撃した本人もそこまで威力があるとは思っていなかったようだ。テレパシーと言い肉体強化と言い、何かしらの『能力』を使えるようになったのは確からしい……何故それが開花したのかは、分からないが。
「ひゃ、ひゃひゃ」
吹っ飛ばされた『老人』は、その場に蹲りながらも、掠れた笑い声を出す。
「ひゃひゃひゃ。あひゃひゃひゃひゃ」
立ち上がって体をぐらりと揺らすも、その勢いは更に増していく。
「あひゃひゃひゃ。ひゃひゃひゃひゃ。あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
――仕舞に『老人』は、狂ってしまったかのように、声を荒げながら笑いあげる。先ほどまでの展開でハイになっていたさしもの俺たちも、ただ事ではない目の前の光景に、ぞくり、と、鳥肌を立ててしまう。
動けなくなるほどではないが、しかし相当な恐怖が襲う。
「ひゃひゃひゃ、この土壇場で『発現』したかい。いや、転生したとき、もうすでに……? どちらにせよ面白いねえ、儂をここまで傷つけるとは。いいじゃろう、少しばかり、本気を見せてやるよ」
不気味に思って様子を見ている俺たちに対し、『老人』は気合を入れるようにして続ける。
「とくと見よ、儂が真の姿を……、ふんっ!!」
両の拳を力強く握りしめて、体を震えさせた化け物の――
その背中が、『ボコッ!』と膨らんだ。
いや、そこだけでない。首に肩、上腕、前腕、胸、腹、腰、腿、脛――体の部位が、次々に膨らんでいったのである。
巨大化、という点ではさっきの桜ちゃんと同じだが、部位ごとに破裂するように膨らんでいるので、かなりグロテスクな様相だ――一言で言うと、不気味だ。
「ふぅ、この姿になったのは久しぶりだねえ……。そう、儂こそが、大和にその名を轟かせる大妖怪! 邪悪で悪辣なる魔の存在!! その名も、山姥!!」
蒲柳の老体とは思えないほど巨大化し、筋骨隆々な肉体になった化け物は、息を整えてポージングを取ると、そこら中に響くような大声で宣言した。
この草原に響き渡るような、脳が震えるような、玲瓏たる声で。
爽やかな夜風はいつの間にか、肌寒いものへと変貌していた。俺の背中に、一筋の冷汗がつたう。
御伽噺でしか知らなかった、妖怪変化を目の前にして。