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「フランカ、仕事だ」


「判ってる」



いつものようにふたりはコンラッドの運転する車に乗って飛び出した。


行き先は貧民街と言ってもいい、外国人の集まる貧しい街だ。治安も悪く、フランカたちに厄介になるような男も多い。特に外国人地域は、他の場所に比べ入れ替わりが激しいから、フランカたちもなかなか住民を把握することが出来ないでいる。


目つきの悪い住人達を逆に威嚇するような目つきでにらみながら、フランカとコンラッドは通報のあった家に着いた。ここいらでドメスティックバイオレンスの通報があること自体、かなり珍しいことだ。 荒事になれた住民が通報せずにはいられないほど、ひどい暴力なのだろう。


コンラッドはそう考えて、思わずぶるぶるっと胴震いをする。


それから傍らのフランカに目をやってみれば、彼女は唇を固く結んで、険しい顔のまま行く先の家をにらんでいた。あぁ、またやらかすんだろうなぁとむしろ達観しつつ、コンラッドは肩をすくめてフランカのあとに続いた。


扉の前まで来たふたりは、呼び鈴を押す。


だが、中からは怒声と何かの壊れる音がするばかりで、一向に出てくる気配はない。腰から銃を引き抜いたフランカは、コンラッドと顔を見合わせ、うなずきあう。


1,2,3でドアを蹴破ると、二人は家の中に転がり込んだ。そしてそのまま凍りつく。


なんと言う、巨体。


まさに雲突く大男が、ひげもじゃの赤ら顔を怒気にゆがめて、大声で叫んでいる。その向こうには髪の長い、これまた夫に引けを取らない大女が黙って夫をにらみつけていた。


彼女の口の端から、血が流れ出している。


と、彼女が大声を上げながら夫に飛び掛った。


その瞬間、ぶんと唸りを上げた大男の丸太のような腕が、彼女の大柄な身体を壁まで吹っ飛ばす。数メーター飛んだ女の身体はどかんと爆発したような音とともに壁に激突し、その一部を破壊した。


すさまじい衝撃だ。


その大音響で我にかえったフランカは、銃を構えて男の脚に狙いをつけた。


そしていつものように、そのまま引き金を引こうとした瞬間、大男はフランカの銃に気づき、巨体からは想像もつかない身のこなしで、ひらりと倒れたテーブルの向こうへ身を隠す。



「なんだ、おまえ達は!」


「警察だ。DV課の捜査員だ。妻に暴力を振るっている男がいると聞いて、やってきた。傷害の現行犯だ。逮捕する。大人しく両手を上に上げて……」


「はっはっはっはっ! 何かと思えば警察だと? おいおい、これはただの夫婦喧嘩だよ。早とちりはやめて欲しいな」



大男が豪快に笑うと、フランカはますます表情を硬くしてにらみつけた。



「自覚がないから手に負えない。ただの夫婦喧嘩? 現に奥さんは大怪我をして……」



ひゅん!


銀色の光が、フランカの前を横切る。


驚いてその行方を確認しようと視線を移したその先に、信じられない光景が飛び込んでくる。大男の分厚いグローブのような手が、長い金属の矢のようなもので、壁に縫い付けられているではないか。



「な……」



フランカが言葉を失っているのにはかまわず、大男は壁に縫い付けられたまま大声で叫んだ。



「おい! 休戦だ、休戦! 警察が来ちまった!」



言いながら、金属の棒を造作もなく引き抜く。



「おお痛ぇ。なんだっておまえはすぐに物を投げるんだ。見ろ、火かき棒が曲がっちまったじゃないか。こないだは鉄の花瓶をぶん投げてくるし。火かき棒だってタダじゃねえんだからな?」


凄惨な様子とあまりにそぐわない、その放牧的とさえ言える雰囲気に、フランカとコンラッドは言葉を失っている。すると向こうからまゆを吊り上げて、男の女房がやってきた。



「警察が、いったい何の用だい?」


「あの……通報がありまして。奥さんが、旦那さんに暴力を振るわれていると聞いて……」



コンラッドがしどろもどろで答えるのを聞くと、



「暴力ぅ? ははは、そんなご大層なものじゃないよ。ただの夫婦喧嘩さ」



女は豪快に笑い飛ばした。 その言い様に、男のほうはフランカに向かってにやりと笑いながら「な?」と片目をつむって見せる。フランカは気を取り直すと、女房に向かって言った。



「でも、旦那さんに殴られたのは事実でしょう?」


「そりゃそうだ。ケンカしてるんだからね。その代わり今日は手を縫い付けてやった。あんたが上手く注意をそらしてくれたからさ。礼を言うよ」


「そ、そんな……」



なんと答えていいか判らずに、フランカは絶句してしまう。その様子に思わず吹きだしたコンラッドをにらんで黙らせると、彼女はずいと一歩踏み出し、夫婦に向かって言った。



「何と言っても、これは傷害事件です。おふたりには、事件の当事者として……」


「まった」



大男が困り果てた表情で両手を挙げ、淡々と語るフランカを制した。



「夫婦喧嘩をするのが法律に触れるとは知らなかったんだ。許してくれ。この国の法律を破るつもりはない。俺たちは、じきにこの国を出てゆく。どうか見逃してくれ」



厳しい表情のままこちらを睨むフランカでは話にならないと思ったのか、大男はコンラッドの方に向き直り、嘆願する。



「俺たちは、海の民だ。デンマーク・バイキングの末裔なんだ。だから荒っぽさは勘弁してくれないか? 別に本気で殺しあっているわけじゃない。来月、警察に捕まっていたかしら出所()て来るんだ。やっと、海に帰れるんだよ。なあ、頼むよ」


「バイキング……ですか……」


「女に手を上げるなんて野蛮な人間だと思ったら、やっぱり海賊なんて下種なのね」



フランカが嘲笑した瞬間、大男の顔が激変した。


まさに烈火のごとくといった様子で、フランカを怒鳴りつける。



「おい! 女! 今なんと言った? 海賊だと?」


「あんたが自分でバイキングだって言ったんじゃない」


「ふざけるな!」



大男は真っ赤に充血した目をかっと見開いて、その強靭な腕を伸ばしフランカの首根っこを締め上げた。フランカは首を絞められて引きずりあげられながらもホルスターから銃を抜いて、大男のどてっぱらめがけて発砲しようとする。


一瞬。


風をまいて飛び掛ったのは、男の女房ではなくコンラッドだった。


コンラッドの長い足がムチのようにしなり、唸りを上げてフランカの銃を蹴り飛ばす。それから大男の右腕のひじの辺りに、指を食い込ませた。 指伸筋群を強く押されて、男は思わず手を離す。そのままコンラッドに向かって飛び掛りそうになったところで。


当のコンラッドが深く頭を下げるのを見て、思いとどまる。



「すみません。彼女の無知を許してやってください」


「う……」



大男が黙ったところに、女房の方が進み出て、フランカを睨みつけながら言う。



「海賊をやるのはノルウェーバイキングだ。デンマーク・バイキングは勇敢な海の兵士なんだよ。あんた、殺されても文句は言えなかったんだ。デンマーク・バイキングの誇りを傷つけたんだからね。ここがあんたの国でよかったな?」


「そんなこと……」


「知らないのは罪じゃないかもしれないが、知らないなら黙っているのが、節度ある人間のやることだ。私らを野蛮だと言うあんたのほうが、よっぽど礼儀知らずじゃないか」


「な……しかし……」


「フランカ、やめろ。君が悪い」


「なによ!」



フランカは怒鳴った。


怒鳴った瞬間、彼女の中で何かが切れた。コンラッドに向かって、目じりを吊り上げながら、金切り声に近い叫びを上げる。



「あんた知ってたのなら、早く教えてくれればいいじゃない。カッコつけて、そんな野蛮人の味方なんかしちゃってさ。ろくに仕事も出来ないくせに、こんなときばっかりカッコつけないでよ」


「めちゃくちゃだ」



コンラッドの至極正当な感想は、フランカの怒りに油を注いだ。



「男なんてみんな一緒だ! 頭のなさを体力で補おうとして、女をチカラで黙らせるんだ。でも私は黙らないよ? 男なんかに、暴力なんかに負けるものか!」



その言葉に、バイキングが口を挟む。



「おまえさんの銃は、暴力じゃないのか?」


「黙れ、野蛮人! ノルウェーでもデンマークでもさっさと帰ればいいじゃないか! なんでヒトの国に来てまでトラブルを起こすんだ」


「俺たちのカシラを不当に捕まえたのは、そっちだ」


「黙れ、黙れ、黙れ!」


「おい、フランカ。いったい……」


「うるさい、うるさい、うるさい! 男なんて、みんなケダモノだ! 力が強ければ、何をやってもいいと思ってるんだ! 暴力で女を従わせることを、当然だと思ってるんだ! 男なんて、みんな死んじまえばいいんだ!」



幼少期から押さえつけてきたものが、いっぺんに吹き出してしまったのか。


フランカは 、やがて顔を覆って泣き叫び始めた。


バイキングの夫婦とコンラッドは当惑したまま、フランカを眺めている。



やがて、泣き叫んで落ち着いたのだろう。


フランカは静かになった。


コンラッドはその肩をそっと抱えゆっくりと立たせると、寄り添って歩き出す。


一度だけ夫婦を振り返り、にっこりと底抜けに明るい笑みを浮かべて、手を上げた。



「早く、みんなそろって、あんた達の海に帰れるといいね?」



荒っぽい夫婦は、仲良く寄り添い、笑顔でうなずいた。

 

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