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「今まさに妻に暴力を振るっている男がいる」


近所の人間の通報で駆けつけてみれば、確かに男が女の髪をつかんで持ち上げ、その顔を殴っているところだった。女はもう、殴られすぎて意識が半分飛んでいるのだろう。無抵抗のまま、ひゃぁひゃぁと、時折、か細い悲鳴を上げるだけだ。


コンラッドが眉をひそめて「クズが」とつぶやいたとき、すでにフランカは車外に飛び出している。



「フランカ! まて!」



同僚の叫びを無視して、フランカは庭先で凶行を繰り広げている男に駆け寄った。



「なんだ、てめえは?」



男の誰何すいかの声に低くくぐもった音が重なる。


ぼしゅ!



「また、やりやがった……」



あきらめ顔でコンラッドがつぶやくのに一拍遅れて、男の口から悲鳴が上がる。問答無用で発砲したフランカの銃弾が、彼女の胴体ほどもある男の右の太ももを貫いたのだ。 男は憤怒の形相でフランカにつかみ掛かってきた。彼女は落ち着いた様子で、銃を構えている。



「よせ!」



コンラッドの声は男のほうに向かっていた。今までの経験から、同僚の方を止めることは不可能だと判っているのだ。無駄なことはしない、合理主義者のコンラッドらしい選択である。



「がぁぁぁ!」



しかし彼の親切な意見も、男には届かないようだ。


怒りに我を忘れた男は、大きな身体に勢いをつけ、まるで手負いの獣がごとくフランカに向かって突進してくる。 フランカは顔色一つ変えず正確に、機械的に引き金を三度引いた。三発の弾丸は残った左ももと両肩に、それぞれ正確に撃ち込まれた。


着弾のショックで仰向けに倒れたまま、男は失神していた。


その男に殴られていた女が駆け寄ると、彼の名前を叫びながらすがりつく。それからフランカを振り返り、キッとにらんだ。 フランカは慣れているのだろう、まったく表情を変えずに無機質な瞳で見返したまま、蛋白に言い放つ。



「死んではいない。傷害の現行犯だから、このまま確保してつれてゆく。どきなさい」


「いやよ! 私は訴えないわ! 帰ってよ!」


「あんたが訴える訴えないは関係ない。傷害事件だから。邪魔すると、公務執行妨害で逮捕するよ? その男と居たいなら、牢獄の中で一緒に居るかい?」



一瞬、言葉に詰まった女は、しばらく考えたあと、ゆっくりと男のそばを離れた。


そこで初めて、フランカは笑みを浮かべる。



「それでいい。身を挺してまでかばう男じゃないよ。たくさんの思い出があるから、勘違いしてしまうけれど、あんたはあんたが思ってるほど、その男を愛してないのさ。むしろ惰性だね」



女がその言葉に反応して何か言い返そうとするのを制して、フランカは言葉を継いだ。



「今は判らなくていい。だけど、今まで積み重ねてきた日々を忘れて、一度、冷静に考えてみて欲しいな。本当に愛しているのか、本当に必要としているのか」



女は急に優しくなった彼女の言葉に、何かを考え込む風に黙り込んでしまった。



「おせっかいな女だ」



後ろからやってきたコンラッドの言葉に無表情で一瞥をくれると、顎で倒れた男を指す。



「はいはい、力仕事は男の役目ってか? こういうのは性差別って言わねえのかなぁ?」



細身の身体からは意外なほどの膂力で、 ぶつぶついいながら男を担ぎ上げると、コンラッドはそのまますたすたと歩き出した。 クルマの後部座席に男を放り込み簡易救急キットで止血をすると、運転席に乗ってクラクションを鳴らす。


女と何事か話していたフランカはその音に手を上げて答えると、こちらへ帰ってきた。



「彼女、どうするって?」


「まあ、まだ考えはまとまらないでしょう。でも、賢い子だから、判ってくれると思うわ」


「ほんと、おせっかいだよなぁ」


「好きでやってる。放っておいて」


「いや、今回みたいに判ってくれそうならまだしも、逆切れして訴えるって人もいるんだぜ? そのたびに俺は、おまえに付き合って始末書だ。ほどほどに頼むよ」


「一緒に来いなんて頼んでない」


「ちぇ、やっぱり可愛くない」



肩をすくめたコンラッドは、車を発進させた。

 

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