第17話 仲間?
いつもなら鼻歌交じりに運転する彼女だが、今日はとても静かだ。
チラリと顔を見ると、似合わない険しい表情をしている。
「大丈夫......?」
「え!?」
「疲れちゃった?」
彼女は勢い良く首を横に振る。
「今更だけど、入国の言葉が変わってたらどうしようって不安になちゃって。」
入国の言葉。確か次の国に入国するためにはそれが必要だったな。
なんでも、ネットなどには載っておらず、それを知る限られた者しか入国できないとか。
当然私は記憶が無いわけだから、彼女に頼るしかない。
「前行った時はどんな言葉だったの?」
「ハリスとジャスが作った悪魔を滅ぼす呪文。」
「え?」
ハリスとジャス?私が忘れているだけで偉人か誰かか?いや、偉人の言葉だったらネットに載っているか。
それにしても悪魔を滅ぼす呪文だなんてまるで厨二病じゃないか。
「次はケニーの祈りの歌の一節か、夢乃の天使を呼び出す方法辺りだと思うんだけど、なんだったかなあ......。」
彼女はうーんと唸る。
申し訳ないが何を言ってるのかさっぱりだ。
とにかく彼女に任せる他無い。
ふと窓の外に目をやると、広大な草原の中に大きな木がどっしりと構えていた。
立派な木だなと視線を下げると、その気のそばで何か白いものが丸まっている。
あれは......
「猫?」
「え?!猫??何処にいるの?!」
彼女の表情がにこやかなものに変わる。
猫が好きらしい。
「これは……」
「どうしたの?」
「見ない方が……!」
「きゃっ!!」
木の下で丸まっていた白猫の片足は切断され、そこからは大量の血が流れていた。
彼女は悲鳴を上げて、目を伏せる。
しゃがんで確認すると、目を瞑ってぐったりとしているがまだ息はある。
それでも、助かる可能性は……
「2キロくらいのところに村があるみたい!病院に連れて行こう!」
彼女はカーディガンを脱ぐと、私にそれを差し出した。
「ごめん。その子のこと包んでくれる?」
「え?でも……」
「お願い……」
私は彼女からそれを受け取って血塗れの白猫を包んでそっと抱き上げた。
「すみません!この猫ちゃん足が!すごい出血なんです!」
獣医の迅速な処置によって、白猫の命は助かった。
「良かった……」
彼女は安心したように言葉を漏らすと、白猫の頭をそっと撫でる。
3日が経った頃、彼女と病院に行くと白猫が目を覚ましていた。
「綺麗な目!」
彼女が言うように白猫は澄んだ空のような色の瞳をしていた。
白猫は3本の足で、懸命に彼女に近づいてニャンと鳴く。
「乙姫。相談があるんだけど……」
「どう?歩きやすい?」
「ニャン!」
彼女からの相談を受け、キッチンカーでの収入の3分の1を白猫の義足作成に使った。
正直言うと痛い出費だったが、彼女も白猫も嬉しそうなので良しとしよう。
また、頑張らないとな。
「猫ちゃん、今日退院できるんだって!」
「それは良かった。」
私達は白猫を連れてあの木へ向かった。
「またね。」
彼女が白猫を放そうとすると、白猫は彼女の肩に飛び乗って頬擦りをして見せる。
「猫ちゃん?」
「ニャーン!」
「怪我に気をつけてね。」
「ニャーン!!」
白猫は彼女にピタリとくっついて離れようとしなかった。
もしかして……
「一緒に来たいの?」
「ニャーン!!」
白猫の返事を聞いて彼女は嬉しそうに笑った。
こうして2人と1匹で次の国を目指すことになり、白猫は私の膝の上で丸まってすやすやと眠っているという訳だ。
彼女は信号で止まる度、私たちをじっと見つめて優しく微笑む。
1時間ほど車を走らせた頃には辺りはすっかり暗くなっていて、この日は道路脇で休む事にした。
「そうだ!猫ちゃん、お名前は?」
「ニャニャン。」
私たちは顔を見合わせるこの響はなんの文字だろうか。
「もう1回!」
「ニャニャン。」
『ロハン』
「え?」
今頭で誰かの声が響いた。
「ニャニャン!ニャニャニャーン。」
『ロハンだよ!早く彼女に紹介を済ませてくれ。』
まただ。白猫が鳴いた後、頭の中で声が響く。
白猫を見ると、そいつは私にウィンクして見せた。
「まさか......」
「乙姫、どうかした?」
どうやら彼女には聞こえていないらしい。
『早くしないか、乙姫。』
今度は鳴いていないのに頭に声が響く。
「な、なんなんだよ!君は!」
白猫の首根っこを掴んで持ち上げると、そいつはニャーニャーと鳴いて暴れる。
「乙姫!何やってるの?!」
『何をする!離せ!』
「気をつけて!この猫、頭......っ」
「ニャーン!」
「しまった!」
白猫は私の手からするりと逃れると、彼女の豊かな胸に顔を埋めてニャーニャーと喚く。
『乙姫、キッチンのオレンジを見てみろ。』
声に従ってゆっくりとキッチンに目をやると、置いてあったオレンジが綺麗に真っ二つになっていた。
「は?」
『私がやった。次に妙な動きをすれば彼女の喉を切り裂くぞ。私の名はロハン。早く彼女に紹介するのだ。』
白猫を見ると、彼女の胸元で不敵に笑っている。
「乙姫、この猫ちゃんがどうかしたの?」
「え、あ、いや......頭が......良さそうだから悪知恵を働かせるんじゃ無いかと思って......」
「え?」
『ほお?』
「でもまだ何もしてないのに、首根っこ掴んだら可哀想だよ……」
彼女はそいつの頭を撫でながら、少し悲しそうに言う。
「あ、いや、ごめん。そうだよね。私が間違ってたよ。」
「ニャニャン。」
「そうだ、名前だけどロハンって言ってるんじゃないかな?」
「ニャニャン。」
「確かにそうかも!」
彼女は嬉しそうに笑うと、ロハンの手を掴んで私に差し出す。
「仲直り。」
渋々その手を掴むと、ロハンはまた不敵に笑うのだった。
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