正射聖神
『riA』───初代『聖霊君主』リアの血を色濃く受け継ぎ、彼の能力の一端を授かった者たちのこと。自然と刻まれる聖痕が呼称の由来だ。
聖霊であっても『riA』を授かるケースは極めて珍しく、劣等種の人間に至っては……存在しないとされていた。
加えて聖霊は『女性しか誕生しない』『親子に血の繋がりはない』などの種族的欠陥を抱えている為、意図的に『riA』を産み出すことは不可能である。
ではもし、そんな世界で人間の男が『riA』を授かったならば……
───その男の精子は、『聖子』と呼ぶに相応しいだろうか?
「僕の『聖子』が欲しいだろォ!! 僕の『聖槍』にひざまずけよ!!」
勝ち誇って、にへらと?
◆◇◆
その日の夕食はとりあえず、ツバメと食べることとなった。
真ん中からフランスパンにむしゃぶりつくのは、コジ。ハムスターのようにカジカジしながら食べ進めていく。
ツバメは「信じられない……」と呟いて、小さくかじる。
「あっ、美味しい。でも高そう……」
「金貨500枚だぜ」
「!?!? ごご、ごひゃくぅ!?」
「ママぁ、パン折れたよぉ。べちょべちょ〜」
すっかり毒気の抜けたコジは、トマトスープにフランスパンをひたして遊ぶ。
女は相槌を打つかわりにコジの頭を適当に撫でて、「あっ」と何かを思い出した。
「コジ、父親だ。パパパパ」
「パパ? パパ!」
「おう、パパパパ」
二人で「パパぁ?」「パパパパ!」なんて、遊び始めてゲシュタルト。いい加減ツバメも我慢ならない。
「……ちょっと! 何なんですか!?」
「あ゛? なにって、パパだよ」
「パパパパ!」
「だぁ!かぁ!らァぁぁ! もうッ!!怒りますよッ!!」
……まだまだイジれそうだが、説明してやることにした。
◆◇◆
「ようは『父親探し』をしてる、ってことでいいですかぁもう……」
「ツバメちゃんにはちとキツかったか。ギヒヒッ」
父親を『食べる』ために、生きる。ある意味少女とは正反対の生き方だ。
「んでコジ、父親の名前は知らないんだな?」
「……ママ、知らんぷりしたから」
コジが生まれる前に、父親は失踪したらしい。
女は「じゃあやっぱりアイツしかいねぇな」とつぶやき、赤い髪が殺気でざわつく。
「昔とは違って、今は『riA』持ちの人間が2ケタはいるんだが───そいつら全員が異母兄弟、父親が同じなんだわ」
「……え?」
「───『正射聖神』、自称カミサマの人間で強姦魔さ」
精子を『聖子』と呼び、射精を『射聖』と呼び、性交を『聖行』と呼ぶ。
自らが遺伝子の頂点であり、自分より優れた肉棒は無いと宣う。
今まで犯して来た数は、とうに万を超えている。
「笑えねぇのがヤられた方さ、絶対に赤ん坊を堕ろせねぇ。ヤツの『聖子』は子宮そのものを作り変える。堕ろそうもんなら、母親の命までバイバイよ」
女は首を掻っ切るジェスチャーをした。それを見たコジが真似して、おぇーと舌を出す。
「……じゃあ、『riA』を産むしかないんですか?」
「いや、多くの場合───産むより先に子宮が破裂する。『riA』の血が持つエネルギーに耐えきれず、赤ん坊が腹ん中で爆発すんだ。そんで死ぬ、母親と一緒にな」
その死に様は酷く、惨く、穢れて───
「キャァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
女の淡々とした描写を遮るように、ツバメが限界を訴えた。
コジは笑顔でトマトスープを啜る。トマトスープには、千切れた欠片が浮かぶ。
「人間の命を何とも思わねぇ、ってとこだけはカミサマと一緒だな」
「何でそんな奴が……野放しにされてるんですかッ!?」
正義のツバメはお怒りだ。女は好物のガーリックトーストをかじり、口元を抑えて笑う。
「くふっ……答えは単純だ、守ってる奴らがいる。───無詠唱の『riA』、『無詠唱』を探求する、『神聖教団』って奴らだ」
『無詠唱』、一言で言えば───思っただけで願いが叶う力だ。
魔術とは『世界樹』へ願いを告げ、その願いを『世界樹』に叶えてもらう行為である。当然無料ではない。世界樹に願いを伝えるには、魔素の消費が必要不可欠だ。
だが『無詠唱』は願いを告げずとも、世界樹が願いを勝手に汲み取って叶えてくれる───魔素の消費が不要なのだ。つまり、世界樹が『願いを叶える』機能を維持出来る限り……
「際限なく願いは叶う、最強の『riA』にして初代様しか持ち得なかったイカれ能力だぜ。……世界の均衡を崩すほどのな」
コジは反応を示さない、自分には関係のない話だと思っているのだろうか。
「だからってあの神聖教団が悪事を働いてるなんて……」
「外面だけは一丁前だかんな。『神聖救護院』とか『神聖商会』とか、いい商売してやがる」
ツバメは納得できず、半信半疑。『神聖救護院』の薬水には何度もお世話になったし、『神聖商会』の魔術教本で術塊の使い方も学んだのだ。
黒い噂がないこともないが……彼らを心から信用しているツバメにとって、女の話はただの陰謀論にすぎなかった。───この時までは。
「ねぇパパは? パパは?」
「おう、そうだな。パパだパパ」
女はパパパパ言いながら、大きなあくびをかました。
「ぱぁあ……コジパパは強姦でお忙しいからな、神聖教団の支部にでも行こーぜ。明日、いいな?」
「うん! パパに、会いたいな」
目をトロンとさせてコジは子供を演じる。口の周りはトマトスープでベットベトだ、汚い。
「つーことで明日は街行くから、ツバメはこれからどうするか考えとけよー」
女はトマトスープが少し残った鍋を持ち上げて、「うめぇー」と食べながら川の方へと消えていった。
コジとツバメは二人きりに。すかさず口を開いたのは、コジだった。
「……ツバメはさ、死にたくないよね?」
「え? ま、まぁ……」
「ならママの言う通りに、しろよ?」
少女でも分かる、脅しだ。幼さが抜けた孤児の顔には狂気がギットリと浮かぶ。
「……元々、そうするつもりよ」
少女はすでに結論を出していた。殺せずとも、殺さないなんて選択肢は存在しない。
(それに……無かったことにするもんか。この感情を、今の自分を……)
「ふひっ、よかったぁ! これからよろしくね───おねぇちゃん♪」
「よろしくね……コジ」
かくして仮初の姉弟は成立した。手は交わさず、視線で殺意を確認し合った。
孤児はにへらと、少女は包丁に手をかける。
「おーいお前らぁ、早く食器持ってこーい」
「「はーい!!」」
仲悪く、声が被った。