燕は幸福の鳥
上品な紅茶の香りに誘われて、森深くの小さな『お茶会』に小鳥や蝶々が集まってきた……
「───あんなゴミ術塊400万もするわけねぇから!」
下品な女は紅茶片手にクッキーをむさぼり、落ちた食べクズには蟻がコソコソ寄ってくる。
「だって、パパはそう言って……!」
「ギャハハハハ! ありゃどっからどー見ても素人が作ったチンケな術塊だぜェ!……そうだな、せいぜい金貨五十枚ってところかァ?」
具体的な数値を出されて、歯切れが悪くなる包丁少女。仕事で稼いだ金で買った、なんてのは嘘だと薄々分かっていたのだろう。
そんな抗い難い疑念に葛藤する様を見て、「m9(^Д^)プギャヒャヒャヒャァ!」と女は声高らかに笑った。
そして『弱者への嘲笑』という名の最悪な目覚ましで、孤児がのそりと体を起こす。
「おっ、ようやく起きやがったなアホンダラ。テメェの『親指』のせいで朝っぱらから散々だぜ?」
「……なにかな」
少女を見て、ぼんやりとした殺気をまき散らす孤児。寝起きのアクマは隠し事が苦手みたいだ。
「何かと聞かれりゃ───血だよ。血縁者の場所を辿れる『血辿』って魔術があってだな。
このツバメって少女が自分の血ぃ使って『血辿』して、父親の親指がある場所を何故か探し当てちまったのさ」
「じゃあ僕のパパも見つけられる、ってこと?」
「『血辿』程度じゃ無理だろうよ……んで、落とし前はつけてもらうぞ」
詰めるなら小指にするかァ?、と物騒な提案に花を咲かせる女。小指でいいんだ、と納得する孤児に待て待てと言う───
「ちょっと! い、今から殺し合いをするんでしょ!? なんでそれを教えてあげないんですか!!」
少女の怒鳴り声にビクッとした小鳥たちが、東の空へ飛んでゆく。ツバメの包丁は決意と恐怖に震えている。
「なんだ今さら、ビビってんのか? オレがわざわざ必勝法を教えてやったと言うのに」
「そ、それは言わない方が……!?」
「要らんこと気にすんじゃねぇバーカ。よしコジちょっとこっちに来い、ツバメはどっか行ってろ」
ぽかーんとする孤児の顔を見て、女は時間差で納得した。
「あぁ言い忘れてた───お前の名前はコジだ。孤児だからコジ、いい名だろ?」
ギヒヒと笑う女はドヤ顔を決めて、コジにウインクを飛ばす始末だ。
いくらなんでも可哀想だと思ったツバメがコジの顔を恐る恐る見てみると……コジはポロポロと泣き出していた。
「……コジ、コジ、僕は、コジ」
にへらと、笑っていない。感情と呼べるもの全てが抜け落ちた顔に流れるのは涙だけ。
「な、泣くほど嬉しいかァ? いや、まぁ付けた甲斐があるってもんだが……」
「……もしかして貴方、馬鹿なんです?」
ツバメは気の毒そうに孤児を見た後、そっと目を逸らした。
───孤児が名前で呼ばれたのは、生まれて初めてのことだったという。
◆◇◆
「ツバメを殺せ、できなきゃオレがお前を殺す」
コジの涙が落ち着いたのも束の間、女は厳しい口調で指令した。
「うん、いいよ」
遠くにちょこんと座る少女を横目で見て、問題ないと確信するコジ。彼の声にはまだ感情が戻っていない。
「……人殺しは、復讐を受けるのが美学ってもんだ。殺すのは勝手だが、殺した責任はお前が取れ」
「まかせてよ、ママ」
「期待してるぞ、コジ」
不意に名前を呼ばれても、顔色一つ変えない。無表情の六秒間。
「───ママは僕を、どうしたいの?」
そう零した危うい背中を女は軽く押してやる、ツバメの方を見つめながら。
◆◇◆
「コジを殺せ、できなきゃオレがコジを殺す」
時は遡り、朝。孤児が寝ている頃。包丁少女の感動落涙過去話がフィナーレを迎えるやいなや、女が話を切り出した。
「そんな、アタシのために……」
「ああそうだ、お前のためだ。だがコジのためでもある」
「?」
紅茶の香りを台無しにするような煙草の煙を吹かしながら、女は事実を吐く。
「孤児は『riA』つってな───初代『聖霊君主』リアの血を色濃く受け継いでやがんだ」
「!? 初代『聖霊君主』って神々と聖霊達との大戦争を引き起こした、史上最悪最強の聖霊……『悪魔』のことですか!?」
神と聖霊と人間、三大種族が住まうこの地においてかつて『神魔大戦』と呼ばれる争いがあった。多くの人間、多くの聖霊、七体の神が命を落とした大戦争を引き起こした原因となったのは───初代『聖霊君主』リアによる、創造神殺しだと言われている。
神の中の神、第一位階に位置する創造神を失った神々は激しい怒りと悲しみを抱き、望まぬ天罰を執行したのだ。
それ以来、第二位階『転変』の神ゼルミアを筆頭に、『聖滅派』の神々と聖霊達とはいがみ合い続けている。
「……まぁな。ようはちゃっちゃとコジ殺さねぇと、この世界仕切ってる神様にオレまで命狙われちまうっつーワケよ」
少女は喉をゴクリと鳴らし、赤子のように眠るコジを見やった。
「いま、殺さないんですか?」
「何が起きても知らんぞー」
「ちょ!? アタシは人柱なんて御免です!」
「じゃいいわ、寝かせたまま手足縛って湖にポイしちまうからよ」
そんなの可哀想だ、と言いかけたツバメの唇は痛々しいほどに噛まれる。
「……言ったろ、オレはコイツを殺してやりたいんだ。生まれただけで全世界を敵にまわしちまうような『君主』として、じゃなく───善良なる人々を殺しまくった『殺人鬼』として、だ。そっちのが幾分か目覚めがいいだろ?」
理路整然と惨い問いかけをする女は一切容赦もなく、心揺らぐツバメにダメ押しをかける。
「なに、危険な役目を背負わせるんだ、オレも協力は惜しまねぇ。
孤児のことは可能な限り調べ尽くしてあんだ。弱点も、その弱点を突く魔術もオレは知ってる。コジが起きるまでに、お前でも『アクマ』を殺せるようにしてやろうじゃねぇの」
「でもアタシ、魔素量少ないし……」
「は? まともな教育受けてないクセして『使えない』なんて抜かすんじゃねぇわアホンダラ。術塊に頼ってイイ夢見てっから『劣等種の人間風情に魔術なんて無理だよぉ〜』とか言い出すんだよクソ人間が」
「は、はぁ!? アタシそこまでは言ってないですっ!!」
「じゃ、オレを見返してみろ───人間風情のお嬢ちゃん?」
孤児より女の方が『アクマ』みたいだと、怯えたツバメは涙目になった。
◆◇◆
闘いが、幕を開ける───