甘い証明
血が甘い、それすなわち魔素が豊富であることの証明。
苦味を感じない、危険信号を感じない、それすなわち───家族の証明、とでも言えようか。
◆◇◆
(血が甘い、あまい……アマいぞ?)
女は信じられず、再度舐めた。甘い。
「あんなバカスカ撃った後でコレかよ? はぁーあ……たまんねぇなぁオイ、たまんねぇなぁ!?……ギヒッ、ギヒヒヒヒッ♪」
落胆と歓喜を、女は同時に感じた。
女の数十倍はある孤児の総魔素量にわずかな劣等感を抱きつつも、落胆を遥かに凌駕する、魂の鳴動。
「生きてて、初めての幸運だぜ?」
神聖教団に売っちまえば……国が一つは買えるだろ、間違いねぇ。奴らが探してる『riA』も案外コイツのことかもな。
女は寝てる孤児の、頭を撫でる。
「安心しろ─── お前はオレの使い魔だ。ギヒヒッ、さーて……どんな『首輪』がお好みかなぁ?」
光挿す教会で魔女は、甘美な笑みを浮かべた。
◆◇◆
「ねぇママ、ママ?…………ママァァッ!!?」
かけられた毛布を跳ねのけて孤児が飛び起きた。青ざめた頬を照らすのは、焚き火の熱気。その優しい橙色の炎は、暗い森すらも暖かい野営地に変えている。
火にかけられた鍋は食材をグツグツと煮込み、赤くなった薪がパチパチと鳴る。よく知らない、いい香り。
「お目覚めだなぁ? 刺青は痛むだろ?」
へその上に何だか違和感があり、寝ぼけながらに見てみると───小さな陣が彫られていた。
「それはな、『必中』の陣だ。お前はオレの魔術を絶対に回避できないようになった、ザマァみろって話だぜ? 他にはな───」
「ねぇ僕の血、なめたよね?」
か細い狼の遠吠えが、とぎれとぎれに哭いている。
女は薪をくべて、仏頂面で答えた。
「舐めたかどうかは、分かんねぇだろ」
「味……僕の味はどうなの? ねぇ、ねぇ?」
震える声で尋ねる。血をなめてくれたのは、初めてだ。
「ちっ……あぁ分かった分かった。答えりゃいいんだろ───テメェの血は甘かった、これでいいか?」
孤児の心に、淡い炎が灯る。それは希望の種火、歩む未来の道標。
───聖母だ、僕だけの聖母だ!
にへらと、確信に満ちた笑みを見せる孤児。
「は? テメェは魔素量だけだろーが……ちっ、バカバカしい。とりあえず飯にするぞ」
女が鍋の蓋を開けると、甘い香りと白い煙がふんわりと視界を覆った。孤児も生唾を飲み込む、肉料理。
「どうよ、狗肉の赤ワイン煮だ。柔らかくて、美味いんだぜ?」
女は唇をペロリと舐め、お肉と木苺が盛られた皿を孤児に手渡す。
小さなオオカミは、夜に吠える。
◆◇◆
「命に感謝を」
女が目を閉じて手を合わせる中、孤児は無言で目の前の肉に喰らいついた。そのさまは獣の食事のようで、だいぶ荒々しい。
「おい。殺して肉食ってんだ、感謝くらいしやがれ」
孤児は口の中を肉で一杯にしながら「いただきまふ」と言った。感謝の気持ちなど僅かにも込められてはいなかったが、獣畜生が「いただきます」と言ったのだ。
「……ま、基本だな」
女はナイフで肉を切り、口に運ぶ。
「───このお肉、アマいね。多分パパだよ?」
赤いソースを口周りにべったり付けて、笑う孤児。ソースをペロペロと舌なめずり。
「なんだテメェ、馬鹿キモいな」
「きっと子供、いたんだろーなぁ。このお肉、その子にも分けてあげたいなぁ」
孤児の異常性に思わず、失笑する女。別に咎める気もなく茶化してみる。
「じゃあテメェは自分の親、食いてえのか?」
「そうだよ?」
嘲笑から一転、女は探るように孤児を見定めた。
───何故、孤児は殺人鬼へと成ったのか? 到底理解出来ぬ動機ならば孤児の『精神汚染』も手段の一つであると、女は覚悟していた。無論、その陣も既に刻んである。
……ただ、そのような外道極まりない陣を刻んでおきながら、起動せずにいるのは───女の甘さ、としか言えまい。
「パパを食べたいから、生きてるの」
にへらと、歪んだ笑みは親譲り。