悪趣味な女
「───であるからしてぇッ! この童子を! 殺さんといかんのですッ!!」
喚く警官を背にして、資料をめくるソファーの女。
机に脚を乗せ、煙草みたいに飴を舐める。
(首なし死体が27人、うち半数が親指を切られ、もう半数が一文無しに。そんで、27人全てが成人男性、か)
「おいヒゲぇ、ガキの特徴は?」
女はソファーにもたれかかり、上下反転の警官に問う。
「んぐぐぅ……ほら、見たまえよ。これこそがアクマの似顔絵ぞ、赤い目をしておってからに……あぁぁッ! 気味が悪い!!」
尻を掻きつつ、女は陰気な子供の絵を眺めた。
やけに鋭く描かれた赤い目、ボサボサの緑髪───首筋には『riA』の文字。
───驚いて心臓、ベトベトの飴を豊かな双丘に落とした。谷間には『A』がチラリ。
「いやいやぁしかし、いやしかしッ!? 貴殿がアクマを殺るのだッ! これで吾輩の降格処分もぉ? チャラでありますなァァ!!」
「…………ヒゲ。一応、謝罪してやる。───今ある家族を、大事にしろよ?」
女は依頼を、断った。
◆◇◆
赤い長髪にロングコートを着こなして、署から出てきた女。溜め息と悪態を吐き、葉巻に火をつける。
「フゥ…………」
咥えた葉巻を味わいながら、吐いた煙をなぞり陣を描く。
陣の成す魔術は『凝視』、魔術残滓を可視化する魔術だ。
眼に映る残滓は青白い炎と化し、地中からウヨウヨと漏れ出してくる。死霊の盆踊り、と言った感じか。
「───的中、やっぱり隠せてないのな?」
女は白い八重歯をチラつかせた。
何故って、見てみりゃ分かるだろ。
───雲を貫く蒼炎が一縷、太陽すらも焦がしている。
◆◇◆
廃れた教会に一筋、光が差し込んできた。
金貨を傾け輝かせ、にへらと笑う。
「君が、ママだよ?」
刻印まれた女神の横顔、孤児は神父に腰掛ける。
神父の開いた瞳孔は、偶像へと涙を流して───
「よぉ、趣味は殺人かぁ?」
主祭壇の裏からツカツカと、足音を響かせて来た。
孤児は女に気づくも、金貨の女神にゾッコンで。他所見て微笑む女神様を、自分の母だと崇めている。
「───『射』」
ピンッ! 光線は放たれた。穿つ、女神の横顔。
「ッ……ァァァァァァァァァッッ!?!?」
「おっとワリぃ、手が滑った」
女はそう言いつつも「かかって来い」と言わんばかりに、人差し指を2回曲げた。
孤児は慟哭の只中で、ボタボタと涙をこぼし、ボタボタと涙をこぼし、初めて女を殺さんと、魔術を……
「遅ぇ」
孤児は遅かった。ただの急接近にも対処出来ず、細い首は握られた。
飢えた体は片手でもやすやすと持ち上がり、悪趣味な女は主祭壇へと孤児を掲げてみた。この餓鬼を救ってみせろ、と。
「ママ……ママ゛ッァ!!」
呼んでいるのはどの『ママ』だろうか? 床に散らばる無数の金貨、誰一人孤児を見ない。
「可哀想だなァ? あぁかわいそーだ。殺人鬼が『ママァー! ママァ!』って泣いてやがるんだぜぇ?……殺してやりたいくらい、可哀想だわ」
それでも、女は孤児を殺さない。握る首筋の『riA』は、どう見ても本物。
(殺しはナシだな……ったく骨が折れるぞ?)
女は『孤児を殺す』という選択肢を捨てた。放棄してしまったのだ。───油断した、とでも言い換えようか。
「ァァァァァァァァァァァァァァァァア゛ッァァ!!」
女の気が緩んだ一瞬の隙をつく、孤児の金切り声。耳を劈く叫声は所構わず、空間をねじ曲げる!
無論、女の首も例外ではなく、
「ッ!? 『魔術霧散』!!」
すんでのところで回避。だが命と引き換えに右手と左脚が壊死、ギリギリ繋がってるのは救いか。
(アァ痛ェ痛ェイテェ!! コイツっ『無詠唱』かぁ!?)
緊急用の魔術陣を指で二つなぞり、応急処置を済ませた女の魔素は危険値。どうやら『魔術霧散』に七割程度もってかれたらしい。
「僕ノまほうヲ消スとかさぁッ!? ママでもナいクセに、僕のママをうばったヨネぇ!?」
「はっ、そうカッカすんなよ……ふぅぅ、オレの一張羅も血でグシャグシャになったんだァ、テメェも同罪だぜ?」
「ママが最後にくれたんだ!! はじめて、僕にくれたんだ……よくも、よくもよくもよくもォォッ!」
魔術残滓の乱れを肌で感じ、女の表情に緊張が走る。また『アレ』を食らったら、今度こそ死んじまう。
───ただ『アレ』が来るなら、女の勝ちだ。
「ォァァァァァァァァアァァァァア゛ァッッッ!!?」
再度、絶叫───女は孤児を抱きしめた。そこら中の空気がねじれていくなか、孤児の近くは乱れない。
もはや、静寂。
「『睡魔』……子供は寝ちまいな」
ゼロ距離からの魔術を避ける術はなく、抱かれた孤児は眠りに落ちた。
女は左手で小さな頭を支え、ゆっくりと孤児を床に置いた。血と金貨に塗れる、薄汚い子供。
「こういうガキは、うんざりだ」
天を見上げりゃ青い空。憎たらしいほど清々しい。
「……さて、寝てるうちに魔素量測っとくか」
女は寝ている孤児の手を取り、親指にガブリ。血を舐めて総魔素量を確かめる。
「───んだこれ、アマいな」
女は孤児の顔を見た。