Mother-fucker
───生まれて初めて見る父親の姿は、ちんちん『丸出し』のバスローブだった。
その時すでにコジは屋敷の人間を五十人ほど殺めていて、返り血を拭うのも面倒に感じるほどだった。
血でベトベトの息子と、『聖子』でベトベトの父親。クソッタレな邂逅だ。
「どの息子かと思えば、見たこともないガキか……よくもまぁズケズケと、僕の『聖行』を邪魔してくれたなぁ? 貴様の一生は洗脳奴隷確定だぜェ!! ニヒヒヒッ!」
後ろに二人の騎士を引き連れている『正射聖神』、アダムは余裕綽々だ。なんせコイツらは『神聖騎士団』の中でもエリート中の───
「『邪魔だ』って、言わなきゃ分かんないの?」
二人の騎士は存在ごと消滅された。血が出ない殺し方を選ぶとは、コジの趣向に反するだろうに。
邪魔者は跡形もなく綺麗に消えて、薄暗い廊下に親子水入らず。カーテンは閉め切られ、灯りは燭台の蝋燭が数本だけ。
「……ほぅ、さすが僕の息子だねぇ。何の『riA』かな、『自由詠唱』? 今の芸当を『多重詠唱』でやってのけたのなら賞賛してやるよ」
内心焦るアダム、彼の遺伝子には戦闘技能が全く組み込まれていない。『riA』が刻まれているぶん一般人には負けないが、鍛えられた人間や他の『riA』達には逆立ちしたって勝てないだろう。
しかも彼にとって戦闘は血生臭い、最も忌み嫌う野蛮な行為だ。殺人に使える魔術なんて、彼は一つも覚えちゃいない。
厄介な戦闘は全て部下任せ、自分は『聖行』に励めばいい、それが『正射聖神』の常だった。
そんな常識、『無詠唱』には通用しない。鮮血に堕ちた『riA』は腹黒い父の影を踏む。
「いただきますの前に、いいかな」
廊下の闇を従えて、赤い目をした悪魔の子。アクマの父は容赦なく、非常連絡用の魔術陣を起動した。
全支部に『正射聖神』の危機を一斉通達するこの魔術陣は、アダムと言えど総魔素量の約八割を消費してしまう。一般人約5万人分の魔素を消費する、と言えば分かりやすいだろうか。
魔術を駆使してコジから逃げよう、そんな思考は論外。彼の辞書に『逃亡』という二文字はないのだ、絶対にやり返す、『クソガキ諸共このホルンを火の海にしてやんだよォッ!』
……などと妄想しながら、彼は笑顔で息子の願いを聞き入れた。
「いいよ聞きなよ、何?」
「───ママのこと、覚えてる?」
「ほぅ? 貴様は肉を失くした骨に、名前を付けて愛でろと言うのか! よろしい、ならば宣言してやろう、僕はどの女も平等に覚えちゃいない!」
にへらと、鏡写しの父がいる。ママを忘れた誰がいる?
孤児の家族をバラバラに引き裂いて、息子の顔して笑ってる誰かさん……誰?
コジはポタポタと、涙をこぼす。孤児は『家族』と『愛情』だけで、正常になれたはずなのに。
異常なコジは愛する父と、孤独。
───なんのために、人をころしてたんだったけ?
にへらと、口の端からヨダレがだらり。
「……僕はパパを食べるために、殺してなかったんだね」
寂しさを誤魔化すように、コジは自分の指を噛みはじめた。
会話が途切れぬよう、アダムが繋ぐ。生きるため……違う、クソガキ相手にイキるため。
「しかしそのママとやらも不憫だ。一人ひとり愉しんでやってる僕とは違って、息子が無差別に人を殺す猟奇殺人者だと知ってしまったら……きっと悲しくて死んでしまうだろうねェ! せっかく死なずに産めたのに、ママが可哀想でちゅねww」
「───ママは、自殺したよ?」
「おいおい、おいおいおい。僕は神だぞ? そんな陳腐な悲劇で楽しめと言うのか? 数年前に『聖行』した女が病んで死にました……えっ、それだけ? 勝手に死んどけ死んどけ」
チグハグな会話劇は茶番にすぎない、この親子に親愛の情は介在しない。
食欲ジュクジュクなコジに、『神は死なん』と嗤うアダム。時間稼ぎはそろそろ限界。
「何を言っても無駄だよ。食べちゃえば、一つだもん」
「……お前、まるで僕の息子みたいだな。どの息子より僕に似てる、非常に気持ち悪くて勘当するよ。誰だか知らんが」
「えへへっ、パパ、大好き♡ じゃあ───『いただきます』ッ!」
女の教えを守り、肉への愛情を口にして、物語は幕を閉じるのか?
コジが魔術を唱える瞬間───廊下を灯す蝋燭が一斉に、全て消えた。