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無責任なひと  作者: 大宮聖
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寒気

向かい風が冷たく吹き付ける。おれの寒気がおれの全身を包んでいく。荷物を教室に置いたまま来てしまった――冷めた頭の中にどうでもいいことが浮かんで消える。思考のすべては靄がかかったように曖昧で、頭に浮かぶ考えをとどめておけなかった。あてもなく自転車をただ、走らせる。

 警察がおれを追っているんだろうか。既にそこまでの大事になっているのだろうか。

 今頃おれは悪者として広まっているだろう。花瓶を自分が割ったくせに、逆切れして殴ってくる最低なやつ――真島の精神を殺したやつ。

 思えばおれは、いじめられているときには真島のことをほとんど思い出せなかった。ただ自分の痛みに溺れ、救いを求めて藻掻くばかりだった。

 本当はただ誰かに褒められ、自分を褒めたかっただけ――自分が救われたかっただけ。真島も、花瓶も同じこと。ものすごく純粋で、そして目先のことだけしか頭にない。自分自身の奥底にある浅はかさに気づいてしまった。気づいたらどこにも逃げられなかった。

 気付けば知らない場所に来ていた。陸地が途切れ、大きな橋が伸びて道路が続いている。向こう岸は見えなかった。空は見るに堪えないほどのきめ細やかな青だった。

 真島と会ったあの日の空模様とは似ても似つかなかった。

 真島。今でもおれの頭の中にいる。喚きながらおれを罵っている。おれは顔を歪め、頭の中でひたすらに許しを請う。それが永遠におれの中で繰り返される。

 おれがここまで悩み、喚いているのは罪悪感のせいではなかった。自分の倫理を壊されたからだ。自分の善意だと信じ込んでいたものがただの自己満足、それどころか悪意よりも残酷な末路を他人にもたらしたからだ。それに気づいてしまったからだ。

 薄っぺらな自分は壊れた。人を壊し、壊れてしまったおれはこの世にいられない。

 小学生の時に、隣の席だった女の子を今になってまた、思い出した。幼い頃から人に何かをしてあげることが助けになると信じ込んでいた――あの思い出がその考えを形作るきっかけだったことに、今になって気づいた。十年間のうちに築かれたものは、真島と出会ってからのたった数か月で崩壊した。

 おれは川口の目を抉った。川口に暴力を振るわれたのは初めてだった。なぜおれを日常的にいじめる鷲見や前田でなく、川口だったのか。あの時、すでにもう限界だった。それだけが答えだった。

 そのうち真島に判決が出る。おれはそれを直視することができない。川口に振るった暴力で捕まるより、真島について向き合うことが一番怖かった。考えられる中で、死ぬことが一番ましだった。

 橋の上から海を見つめる。冷たくて、黒々としているように思えた。空を見ているより落ち着けた。

 おれは柵に手を乗せ、足をかける。道路を見回す。名残惜しいものなど何もない。もう傷つきたくないし、傷つけたくなかった。傷だらけの世界に、未練などあるわけがない。

 真島が味わった思いはこうだったんだ。おれは知らなかった。だから無責任な言葉を吐けた。すべてはおれに対する罰だった。それがわかっていても、もう耐えられなかった。おれはどうしようもなく弱かった。

 自転車を橋の歩道に停める。柵に手をかけ、身体を持ち上げる。右足を柵に乗せる。腕を組んで歩いていた男女が視界の隅に映る。彼ら――おれを認めた瞬間、表情を変えてこちらに向かって走ってくる。

 無視して左足も上げ、柵を乗り越え飛ぼうとした瞬間――体の自由を失った。強い力で引っ張られた。腕が痛んだ。

 首を背後に巡らせる。さっきの男子がおれの胴を掴んで離さなかった。その後ろでは女子が眉根を寄せておれの腕を引っ張っている。

 おれは弱々しく抵抗する――女子の力も合わさって、たやすくおれは橋の上――この世に引き戻される。おれは何もできず、歩道にへたり込んだ。

「やめてください」

 力の漲った声。強い目でこちらを見てくる、男子――よく見ると、連れの女子ともども、制服を着ていた。年はおれと変わらないように見える。それでも、おれと男子生徒では何もかもが違っている。

「自殺なんていけないと思います。生きていればきっといいことがあると思います」

 青年はたやすく言い切る。連れの女子も頷き、同じように強い目を向けてくる。

 瞬間的にすべてが真っ黒になった。殴打されたような衝撃と痛みが頭を駆け巡る。青年の言葉が頭の中で回っている。一息ついて、おれはものすごい怒りを覚え、そして絶望した。耐えがたい感情はただ痛みとなって頭を揺さぶる。

 二人に言い返すこともできずに、おれはおれを含めたすべての世の中のひどさに眩暈がした。

少し心情描写がくどすぎる感はありますが、まとめ方としてはまずまずのところまで書き切れたと自負しております。それにしても、なんだか以前の作品と筋書きが似通っているような……。

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