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008 お肉のお嬢さま

 

「あのぉ、お隣、いえ、そちらのテーブルでご一緒してもいいですか?」

 ご一緒……ってことは未成年じゃなくて同じ年か……まさか年上?

 急展開にぼーっとしていると

「ごめんなさい、急に話しかけちゃって。びっくりしましたよね。さっき町でお見かけした方かなって思ったんです。」

「あっ、こちらこそごめんなさい。たしかにちょっとはびっくりしちゃってました。わたしも町でみかけたんで少し気になって入ってくるの見ちゃってました。ごめんなさい。」

「やっぱり。見てましたよね。」

 天使のような微笑みを浮かべられるとなんだか意味もなく照れてしまう。

「テーブルでお話ししましょう。」

 注文もしてないのにお嬢さまの飲み物はテーブルに置かれていてそこに窓際から移動をする。

 ぶどう酒だ。

「せっかくの出会いですしまずは……乾杯」

 この世界の習慣でジョッキとグラスをカチンと軽くぶつけて乾杯をする。

 なんでかわからないけれど緊張してユイナの手のひらはじっとりと汗ばんで、その手のジョッキはかすかにふるえている。




 ◆




 2人の少女がテーブルを挟んでいる状況は、流行っているこの酒場でも頻繁に見られる光景ではないので、他の客も興味深そうにちらちら様子をうかがっている。

「改めて、はじめまして。わたしはメルリーと申します。」

「わ、わたしはユイナです。こちらこそよろしくお願いします。」

「ユイナさん、軽装ですね。お強いんですか?」

「ぜ、ぜんぜんそんなことないです!開拓者になりたてで装備がそろってないだけなんです。今はお金貯めて最低限の装備を買ってからセイグモルドに行こうと思ってたんですよ。」

「そうなんですね。それでシルベルおじさまのところに……」

「シルベルおじさま?」

 初めて聞く単語にユイナが思わず素で反応する。

「お肉屋さんでウサギを売ってらっしゃいましたよね。」

「あー、あのお肉屋さんの?……、シルベルさんっていうんですね。何度も行ってるのに知らなかったです。」

 なんとなく照れてしまう。

「えっと、初対面でこんなこと聞いていいのかわからないですけど、メルリーさんって、おっ、じゃなかった、シルベルさんの親戚とかなんですね!実はさっきお肉屋さんの中に入っていくの見かけてたんですよ。」

「いえ、違いますよ?確かにお肉屋さんには行ってますけど……」

 やっと合点が行ったと思ったユイナだが速攻で否定され

「わたし、お肉屋さんでアルバイトさせてもらってるんです。ユイナさんと同じで開拓の資金稼ぎです!」




 ◆




「あ、あるばいと……、か、かいたくしゃ……、ししししきんかせぎ……」

 メルリーの小さな口から予想もしなかった言葉が次々と飛び出してきてユイナは呆けてしまう。


「申し遅れましたが、わたし開拓者なんです。まだ旅を始めたばかりで仲間がみつからなくて、何もしないのももったいないので資金を稼いでるんです。

 足りなくて困ることは有っても余って困るってことはないでしょう?」

「そうなんですかぁ。あっ、わたしも開拓者です!まだ仲間を見つけてないからこうやって毎日酒場に来てるんですよ。」

「毎日来てもなかなか見つからないですよね。わたしもここを拠点にしていたんですが、なかなか見つからないので最近は近隣の町にも行ってます。

 そのついでに狩りをして獲物をシルベルおじさまところとか他の町のお店に売ったり、アルバイトさせてもらったりしてるんです。

 あれ?毎日こちらに来てらっしゃるのにお会いしたの初めてですよね。たしか……6日前にはニームクメに戻ってたからわたしもこちらにいたんですが……」

「6日前?うーん……、あーーー、あの日か……」

「……泊りがけで狩りに行ってたんですか?」

「ま、まぁ、そんなところです。ははは。」

 実家に帰ってゴロゴロしてたらお母さんに怒られてちょっとだけ狩りをしていたなんて言えない……。言える空気じゃない……。

 ユイナは無意識に目が泳いでしまう。




「じ、実は初めてここに来た時仲間になれそうな子と出会えたんですよ。でもお話ししたら、し……あっ!ご、ごめんなさい。今の話は忘れてください……」

 話題を変えようとしてラニータと出会ってお別れした顛末を話し始めようとしたが、開拓者にとってはセンシティブな扱いをされることが多い種族のことに触れざるを得ないことに気が付いて慌てて途中で話を打ち切った。

「お話には聞いてましたが、仲間ってなかなか見つからないものですよね。」

 ふー、スルーしてくれた。口が軽い女って思われてるかもしれないなぁ……失敗しちゃった。気をつけなきゃ。

「ユイナさんって今はあまりしゃべりませんけどおしゃべりなんですよね。」

 あっちゃー!やっぱりそう思われてる!

「本当にごめんなさい。わたしって口が軽いみたいでつい……」

「いえ、大丈夫ですよ。口は軽くても配慮はできる人だってことはわかりましたから。」

「そう言ってもらえると……って、口軽い認定は変わらないんですね!」

「はい。事実ですから。」

「ぐぅーーーっ!」

「あはは、ユイナさん、表情がころころ変わって面白いです!」

 そう言っているメルリーも最初はやはり緊張していたのか、話し始めた時よりも表情がほぐれいろいろな顔を見せるようになってきている。




 ◆




「お肉屋さんのアルバイトってどんなお仕事なんですか?あっ、口が軽い女には話せないと思ったら別に言わなくてもかまいませんからね。」

「やっぱり……、そういうの気にするタイプなんですね。別に秘密にすることではないですから……」

「だって、自分のことならともかく他の人が困ることを言っちゃうのはダメだと思いますから。」

「そう思える人のことはわたしは信頼してもいい人なんじゃないかなぁって思いますよ。だから気にしないでください。」

「ありがとうございます。それで、それで??」

「わたし、シルベルおじさまのところで獣をさばいてるんです。」

「えっ!メルリーさん、さばけるんですか!?」

「失礼ですね!開拓者になろうとしてるんだから獣がさばけないと困るじゃないですか。食事にも困るかもしれないんですよ。」

「えー……、だって……」

「あーーー、ユイナさん、わたしのこと見た目で判断しましたね。それはダメです!」

 メルリーを初めて見かけた時の感想は「お嬢さま」だった。開拓者になろうとしているというのを聞いた時も驚いたがさばけると聞いてもっとびっくりしたのは事実だ。

 このお嬢さまが獣をさばく姿がどうしても想像できない。まさかとは思うがこの高そうな服を着たまま返り血も気にせずさばいているんだろうか?



「わたし、狩りは苦手なんですけどさばくのは得意なんです。もちろん最初からできたわけじゃなくて旅に出る前にすごく練習してました。」

「そうなんですね。ごめんなさい。意外だったんでつい……」

「大丈夫ですよ。そういうこと言われるのには慣れてますから。実は、別の町で仲間にっていうお話をいただいたこともあるんですが、「得意なのは獣をさばくことです」っていうお話をしたら無かったことになったこともありました。」

「えっ、なんですですか!?それってもったいないじゃないですか!さばくの上手な人がいれば稼ぎが良くなるんですよね!」

「そのお相手、男性だったんですよ。もしかすると開拓者なのに良からぬことを考えていたのかもしれません。

 狩りとかさばいたりとか危険だったり汚れたりする仕事は自分がかっこよく決めてわたしの歓心を買おうとでも思っていたのかもしれません。」

「あー、そういうのあるって話は開拓者さんから聞いたことあります。だから長持ちするパーティー作るんなら同性がいいって。

 あと同じくらいの年頃の人と組んだ方がいいって言われました。それはなんでなんだろうなぁ。」

「わたしもそういう話は聞いたことあります。同じ年ごろの人の方がいい理由は年上の人がいると頼ってしまうからだと聞いたことがあります。

 あと、ベテランパーティーに声をかけてもらって大喜びしたら雑用ばかりでなかなか成長できないとかいうお話もありますね。

 先輩開拓者についていくと、急成長する人と仕事をさせてもらえない人、そして、できる人に任せてダメになっちゃう人が極端らしいって。」

「できる人がいるとお任せした方がいいかなぁって思っちゃうのはわかりますね。後をついていくだけでも能力は少しずつ上がっていくみたいだし。

 あーーーー、わたしの場合、間違いなくダメになっちゃうな。ベテランパーティーさんに入るのはやめた方がよさそうだなぁ。」

「なんですか!?その全く不要で褒められないタイプの自信は?」



 会話が途切れるとメルリーは視線を酒場の店員に向けて軽く会釈をする。

 しばらくすると2杯目のぶどう酒がテーブルに運ばれてくる。

 なんかかっこよくてかわいくてうらやましかったけど……

「すいませーん!おかわりくださーい!」

 自分がメルリーと同じことをやっても、きっと店員さんにはわかってもらえないなぁと思い、いつものように元気よくおかわりを注文するユイナだった。



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