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007 酔っ払いのダメ人間

 


「うー……うー……」

「うるさいねぇ!ウルフにでもなったつもり!?」

「ごめーん……。でもさぁ。やっぱり仲間って簡単に見つからないもんなんだね。」

「そりゃそうでしょう。ここに来た開拓者さんにも散々聞かされてたでしょ?」

「それはわかってるんだけどさぁ。初日にラニータさんに出会っちゃったから逆に焦ってるのかも。」

「ん?そのラニータさんって誰?」

「すっごいいい人でこの人と一緒ならって思ったんだけどさぁ……」



 開拓者になってからすでに10日以上が過ぎている。

 夜の酒場なら違う人がいるかもと思い、1日だけニームクメの宿に泊まったが、節約するためにとお風呂の無い安い宿にしたら食事も部屋もお値段通りで宿に泊まるのがばかばかしくなりやっぱり夜は家に帰ってきてしまう。

 成果の無い毎日がつらくて今日は朝出掛けることもせずに家でうーうーうなっている。

 別の世界では「自宅警備員」とかいう素敵な称号があるのかもしれないが、泥棒とかがほぼいないこの世界では警備する相手もいないのでただのダメな人である。



「わたしも畑行くから。あんたもゴロゴロしてないで狩りにでも行きなさい!お肉切れそうなのよ。」

「わかったー。もうちょっとしたら行くから。」

「ほんとに行く??信用できないねぇ……」



 今のユイナはどう見ても開拓者には見えない。実家に引きこもって仕事もしないただのダメ人間である。




 ◇




 そんな生活を当たり前のように続けていたとある1日の始まり。

「ふわー……、まだ眠たいけど出かけなきゃ。行ってくるね。」

「相変わらずお寝坊さんねぇ。」

「だってさ、酒場は午前中開いてないし狩りをするならこっちの方が場所わかってるからさぁ。」

「はいはい、わかりましたよ。昨日狩ったウサギ忘れないでね。」

「うん、わかった。うちの分1羽残しておくから。」

「はい、いってらっしゃい。気を付けてね。」

 それから何日か過ぎ、夕食の準備のことも言われなくなった。家族の中で一番寝坊をして朝ごはんを食べてニームクメに「遊びに」行く。それがユイナにとってもユイナの家族にとっても日常となっていた。



「よーし、今日こそは!転移!」



 この時、ユイナが今晩も、明日の夜もここには戻ってこないことが予感できる人は誰もいなかった。




 ◆




「なんか開拓者っていうより商人になった気分だなぁ。」

 ここ数日ニームクメに来ると毎日同じ道を歩いている。



「こんにちはー!今日は2羽持ってきたよ!」

「ユイナちゃん、今日も早いね!助かるよ。」

 肉屋にとっては早い時間に獣が持ち込まれると助かるようで、ユイナはいつの間にか歓迎される存在になっていた。

「いつまでいるの?俺としちゃずっといてもらえると助かるんだけどねぇ。」

「それってわたしなんかが開拓者になれないって言ってますよね。」

「うそうそ!そんな顔で睨まないでよ。早く仲間が見つかるといいねぇ。」

 店先で麻袋を渡すとおっちゃんは一度引っ込んでしばらくするとまた出てくる。

「はい!2羽分。ちょっと大きかったんで色付けといたから。」

「おっちゃん!ありがと!たすかるー」

「ははは。明日もよろしくね。」

「今日仲間が見つかって明日は旅に出ちゃってるかもよー」

「だったらしょうがないけど旅に出るときは挨拶してってくれるとうれしいな。」

「もちろん!あっ、今日は他のお店回らなきゃいけなかったんだ。ごめん。また明日ね!」

「はいはい、毎度!」



「うーん、にぎやかな子だなぁ。狩りの腕はそこそこだけどさばくのはまだまだ……。開拓者になれなかったらうちで仕込んでもいいかもしれないな。店番任せたらお客さん増えそうだ。」

 当のユイナは肉屋のおっちゃんがそんなことを考えてるとは知る由もなく町を歩き始める。



「ふー。雑貨屋行って、そろそろ装備も買わないとなぁ。まだお金足りないか……。鍛冶屋さんも見るだけみておこうかな」

 酒場に行く前にやることはまだまだあると気を引き締めてると……。向かい側から歩いてくる女の子のことをなんとなく見てしまう。

「なんだありゃ?おじょう……さま?ってやつ?」

 自然と目で追っているとそのお嬢さまの目的地はさっき自分がウサギを売った肉屋だった。

 肉屋のおっちゃんは扉を開けて店の中にお嬢さまを迎え入れている。

「あの店の娘さん?には見えないけど……あの店、実はけっこう稼いでるのかも……よくわかんないけどあの服高い気がする……」

 限られた商品しかないケイルで生まれ育ったユイナは15歳という多感な年頃なのに服には無頓着で価値が全く分からない。なんとなくわかるのはきれいかどうか似合ってるかどうかくらいだ。

「やっぱり大きい町ってすごいなぁ。あんな女の子もいるんだ。わたしよりちっちゃそうだし未成年だよねきっと。もっとお金稼げるようになったらコリーヌにああいう服プレゼントしてみようかなぁ。」

 そしてユイナには自分がかわいい服を着るという発想は無い。




 ◆




「カランカラーン」



 すっかり耳になじんだ音とともに酒場に入るとおねーさんがニコッと笑って

「いつもの?」

「はい。お願いします!」

 ユイナも笑顔で軽くうなづく。すっかり常連客になってしまった。

「このお店、居心地いいけどいつまでもここにいるわけにはいかないよねぇ。わたしもラニータさんみたいにセイグモルド行こうかなぁ。開拓者志望が集まってるって本当なのかな。」

 自分はそんなにお酒が強くないことがわかったので比較的弱い麦酒をちびちびと舐めて仲間になりそうな人が来るのを待っている。



「このお店も流行ってるよね。お肉屋さんもそうだけど、なんとなく選んだお店がいいお店ってうれしいなぁ。わたしって意外と引き強いのかも?」

 ユイナが入った頃はお客さんはまばらだったが、いつのまにか空いてるテーブルを探さなきゃならないくらいの適度な混雑になっている。

 それでもユイナのお気に入りになった窓際のカウンターは他にぽつぽつと席が埋まっているだけ。喧騒に背を向けていれば落ち着いた空間である。

「そういえばわたし、ラニータさん見送ってからこのお店で店員さん以外とお話ししてないかもしんない……。お酒飲みに来てるだけって思われてるかも……」

 誰も聞いていない独り言は続く。




 ◆




「カランカラーン」

 ほとんどひっきりなしに鳴っている出入りを知らせる音。その時だけなんとなくユイナはドアのところに目をやっていた。



「……お肉のお嬢さま?」

 ユイナの中で唐突に謎の新ジャンルが誕生した。





 ユイナの中で唐突に生み出された謎の新ジャンル、それはかわいらしい高そうな服に身を包んでお肉屋さんに入っていった少女だ。



 お肉のお嬢さまは店員に軽く会釈をすると酒場の中を見回す。うっかりじーっとみていたユイナは慌てて目をそらすが、そらす前の一瞬お嬢さまがニコッと笑ったのが見えた。

 ま、まさかわたしのところ来るの?お嬢さま未成年だよね。お父さんとかお母さんに……お父さんって肉屋のおっちゃんか。今日売ったウサギがさばいてみたらダメだったの言いに来たりするの?

 さすがに声には出せず冷や汗を流していると。



「あのぉ、お隣、いえ、こちらのテーブルでご一緒してもいいですか?」



 話しかけてきた!コミュ力高すぎ!何この笑顔!反則だろ!



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