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062 誰も見たことがない景色

 


 4人に守られて青い顔をしているメルリーは言った。

「『転移できない場所で誰かが行動不能になった場合には、動ける人だけで転移不可エリアから脱出する』そういうルールです。

 今ならロープをたどれば昨日テントを張ったところまででも戻れると思います。

 そしてみんな麓まで帰れると思います。」



 その「みんな」にはメルリーは含まれていない……。



「…………、い、いやっ!この雪の中動くのは危険ですっ!」

「そう!そうだよな!そうに決まってる!!雪が止むまでは動かない方がいい。」

「だよねだよねっ!みんなわかってるー♪ここで夜を越える方法を考えようよ。きっと楽しいよっ!」

 ユイナが元気を振り絞って明るい声で話すがメルリーはもちろん他の3人からの反応はない。

 雪の中無理やりテントを張ったとしても寒さをしのぐことができるのか、そして、明日の朝を生きて迎えることができるのか……、だれも答えを持っていない。

「そうだ!私聞いたことがあります。雪で洞穴を作るんです。

 そうすると意外と暖かいらしいですよ。」

「そんな方法があるのか!でも下が冷たいと……」

「あ、あの、わたし、敷物を格納してるので……それを敷けば……いいと……」

 苦しそうなメルリーも役に立とうと必死に声をあげる。

「ごめんね、苦しいのに。ちょっと待っててね。」

 力作業担当になっているティラと、力は無く雪にも慣れていないがなんとなくそういう役回りだと自分で思っているユイナが5人が入れる雪の洞窟を作れそうなところを探し、場所が決まるとミクホも雪洞の設営作業に加わる。その間もイベーナは懸命にメルリーの治療を続けている。

「できたぞ!ここなら十分だ。入り口で焚火を焚こう。」

「みなさん、すごいです……、シートとコンロと……、燃料や食料も解放しますね。かいほう……かいほ……う」

「回復!メルリー!無理しないでくださいっ!」

「だって、こうしないとみんな、みんな……」

 メルリーの声がか細くなり

「みんな死んじゃう……」



 イベーナが何度も治癒を使ったのにメルリーの顔色はどんどん悪くなっていく。

 たまらずユイナはメルリーを抱きしめるがその体はびっくりするほど冷え切っていた。

「メ、メル……リー……、死んじゃ……やだ……、絶対やだ、死ぬなんて絶対!ぜーーーーーっったい許さないんだから!!」

 完全に取り乱してメルリーの体が揺さぶられているが、それにもメルリーは反応がなく首が力なく揺れている。

 3人もそれを力がこもらない目で見つめることしかできない。



「治癒が効かないなんて……、寒さのせいなのか?もっと焚火を大きくすれば……」

「そうすると燃料が朝まで持たないかも……」

 泣きじゃくるユイナと意識を失いかけているメルリーを見守ることしかできない3人は沈痛な表情で見守っている。



「あっ!もしかして!?」

「なんかいい方法が!?」

「やるだけのことはやってみます!」



「解毒っ!!!」



 イベーナがメルリーに向かってそう言葉をかけると、メルリーの体がびくんと動く。

「これは……、毒だったのかもしれません。」



「解毒」

「解毒!」



 メルリーの体が反応しなくなるまで解毒を繰り返す。



「どく……だった……、いったいどこで……」

「崖から落ちた時に固い枝が刺さってましたよね。もしかしてそれが毒だったのかも。」

「そういえば!すぐに抜いて治癒で血も止まったから大丈夫だと思ってたんですけれど、毒も持ってたんですね。」



 メルリーの顔色は少しずつ良くなって、そのうちスースーと小さな寝息を漏らし始める。

「死んじゃヤダ!」と言いながら泣き続けているユイナはメルリーが快方に向かっていることにも気づかずに、メルリーを抱きしめて冷えた体をさすり続けている。



「メルリー、だめ、だめだか……ら……、ぜった……」

 ユイナも泣き疲れてメルリーを抱きしめたまま寝息を立て始める。




 ◆




「なんかさ、ちょっと嫉妬しちゃいますね。」

「うん……。たしか私たちと出会うほんの数か月前にこの2人は出会ってるんですよね。たった数か月前。」

「なのにさ、なんか2人の間には入り込めないよな。」

「入り込む気も無いですけど。ユイナはいっつもうるさいし、メルリーは時々怖いし……」

「ふふっ、確かにそうですね。」

「なんか、やっぱりうらやましいかも……」

「でも、でも、もしかするとユイナとメルリーも私たち3人を見てそう思っているのかもしれませんよ。」

「そっか……、そうかもしれないですよね、自分ではそんなこと無いと思ってるけど。

 この2人も自分たちが特別だとは思ってないのかもしれませんね。」

 炎で暖まってきた雪洞の中で抱き合って眠りに落ちている2人を3人が見守る。

「今日は3人で一緒に見張りしましょうか。その代わり明日は休ませてもらいましょう。」

「そうですね。明日になれば2人とも元気になるでしょう。代わりに存分に働いてもらいましょう。」



 メルリーの様態が安定したことを確認した3人は、眠ってる2人を見守りながらおしゃべりしながら夜明かしをすることに決める。




 ◇




「あっ!寝ちまってた!!」

「あっ、おはよっ!火が消えそうだったから燃料足しといた。」

「ユイナ!起きてたのかっ!」

「おはよう……、ございます……。」

「メルリーもっ!」



 明け方が近づいてきてさすがにうつらうつらし始めた3人、イベーナ、ミクホの順に落ちていき、最後の最後でティラも睡魔に負けてしまっていた。

 ティラが寝落ちをして1時間も立たない夜明け、昨夜の雪は嘘のように外は晴れ上がっている。

「お、おはよう?ユイナ?」

 ユイナの耳元で少女のささやく声が聞こえる。

「んっ、見張り交代……?んー、えっ!あっ、メっ!メルリーっ!!!」

「おはようございます。ずっとあっためてくれてたんですね……。

 おかげですっかり元気になりました。たぶん……」

「ほんと?ほんとにメルリー!ほんとなのっ!!!

 死んじゃったかと思った!よかったっ!よかったメルリー!!」

 ユイナはあらためてメルリーをギュッと抱きしめてギャン泣きする。

 すぐ横で大騒ぎをされているのに見張りに疲れた3人は座ったままぐっすり落ちていた。




 ◆




「イベーナのおかげで助かったんですね。ありがとうございます。」

「おかげで、なんてことはないです。すぐに気がついて解毒していればこんなことになりませんでした……」

「そんなの関係ないよっ!って解毒してくれてたの?」

「ユイナ……、何も覚えて無いんですね……」

「ほんと、メルリーのことしか見えて無かったんだよなw」

「な、なに?その言い方!なんかひっどっ!」

 ピーカンに晴れた空の下、雪景色の中で5人は久しぶりにいつもの調子が戻ってお茶を飲みながらおしゃべりをしている。さすがにお酒は自重した。

「やっぱり山って怖いねぇ。どうする?もう戻る?」

「うーん……、戻った方が安全なのはもちろんですけれど、もう少しなんですよね。」

 山の稜線はすぐそこ、手が届きそうな距離にある。平地なら10分、ユイナが走れば5分もかからなさそうに見えるところだ。

「メルリーは?まだ体調万全じゃないよね。」

 ユイナはメルリーをちらっと見る。

「はい。万全と言ったら嘘になります。嘘にはなるんですけれど……」

 メルリーはユイナの目をじっと見て、そのあと他の3人の目を時間をかけて見つめてから

「迷惑をかけてしまうかもしれませんけど、ここまで来たら山の向こう側、見てみたいですっ!」

 力強くそう宣言した。




 ◆




「よしっ!準備出来たね。行くよ!」

「はい!よろしくお願いします!」

 昨日の吹雪で積もった新雪を踏みしめてユイナを先頭に5人は稜線を目指し始める。

 ユイナの後ろにはミクホ、その次にメルリー、後ろから2人目がイベーナ、一番後ろがティラというフォーメーションだ。

 5人は全員、鉱山見学の時に買った丸兜を装備している。

 メルリーが崖を滑り落ちた時、もし運悪く岩角に頭を打ち付けていたらその瞬間に事切れていただろう。イベーナの力でも死んでしまった人のことを蘇生することはできない。

 険しい山を歩く時にはせめて頭は守ろう、5人は危ない目に遭って初めてそのことに気づいた。



 そして、もう一つ。

「みんな!歩きづらくない??」

「大丈夫です。長さも十分なので。」

「足元には注意しろよ。もし引っ張られそうになったら声かけろよ。」

 5人はロープでつながれていた。

 数か月未開拓領域を歩き回っても足りるくらい大量に持ってきた目印用のロープ、それを2本重ねにしてそれぞれの体、腰のあたりにくくりつけている。

 足は論外としても腕に結び付けるとか脇の下を通すとかいろいろ試したが腰のあたりをくくるのが一番邪魔にならなかった。



「ほら、もうちょいっ!がんばるよー!」

「「「「はいっ!」」」」

 昨日までとは違いユイナが後ろのみんなに声をかけながら、昨夜積もったばかりの柔らかい雪を踏みしめて進んでいく。

 後ろをついていく4人はロープをさばきながら先頭のユイナが確認した足場を慎重にたどっていく。

「あとひとがんばりだ!」

「ユイナ、疲れてませんか?」

「まだ大丈夫!上に着いたらちょい休憩しよっ!」

「はいっ!」




 ◆




「「「「「うわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」」」」」

 ユイナを先頭に5人は稜線に立ち、誰も見たことがない山脈の向こう側の景色を見て歓声をあげた。






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