006 プロってすごい
「わたし、ミヨ族なんです!転移できます!」
開拓者生活初日に巡り合った仲間になれるかもしれない相手にユイナは勇気を絞り出して自分の種族を伝えた。
うつむいていたラニータが顔を上げてユイナの顔をじっと見つめて。
「ユイナさん、転移、なんですね……。わたしは……」
「わたしは……、ソハ族です……」
………
「位置、ですか。」
「はい……」
………
「相性」
「最悪ですね」
「「ははははは」」
さっきまで緊張していた少女たちの表情が崩れて乾いた笑い声が酒場に響く。
「こんなことってあるんですねぇ。まさか最悪とは……」
「うん。わたしもびっくりしちゃった。相性よかったらもうちょっとお話しして、もしかしらこれからも一緒にって思っちゃてたんです。」
「わたしもわたしも!仲間としての相性はよさそうだったんだよねぇ。」
今すぐには仲間にはなれないということがはっきりわかって逆に2人は友だちのように話し始める。
「すいませーん!おかわりもう1杯だけ!」
「わたしもおかわり!」
ユイナが注文した麦酒は4杯目。心なしか店員が笑顔を向けてくることが増えてきたような気がする。いい客になりそうだとでも思われたんだろうか。
◆
「乾杯!」
麦酒が注がれたジョッキを軽くぶつけて乾杯する。
「ふー……、この町で最後のチャンスに!って思ったんだけどダメだったかぁ。」
「初日に仲間に出合えるなんてわたし超ラッキー!って思ったんだけどなぁ。」
「もう1人いればよかったんだけどねぇ。」
「だよねぇ。でもしょうがないかぁ。」
ミヨ族の転移能力とソハ族の位置能力は決して相性が悪いわけではない。だた、その2種族だけ、という場合だけ相性が悪くなる。というかその2人でパーティーを組む意味はほとんどない。
ミヨ族の能力は一度行ったことがあるところに力量次第で自由に転移できる能力。ソハ族の能力は行ったことがある場所と今いる場所の相対的な位置や距離、高度の違いを感知できる能力だ。
全然違う能力なのだが、この世界で必要とされる能力としてみると転移と位置の能力は似たような使い方をされることもある能力なのだ。
初めて来た場所から知っている場所に一瞬で転移できる能力は他の種族の開拓者にとってこの上なく心強い。それが転移だ。
そして、初めての場所が知っている場所からみてどのあたりにあるのかを検知できる能力も他の種族の開拓者にとっては非常に心強い。その能力が位置である。
しかし、転移できるユイナにとって、自分の位置がどこなのかはあまり関心がある事柄ではない。場所がどこであっても転移をすれば好きなところに戻れるから。
位置を知ることができるラニータにとって、転移能力は魅力的ではある。しかし位置を持っているので町に帰る方向を見失ったりすることはありえない。他の種族に比べると転移能力の必要性は低い。
そして、ミヨ族とソハ族以外の他の種族はこの2種族にはない能力をそれぞれ備えている。
自分にはできないことを仲間にお願いする、仲間にはできないことを自分がする、開拓者たちはそういう協力体制を作るのが一般的だ。
もしもユイナとラニータのどちらかが、狩りがものすごく得意とか異様に世間慣れしているとかの特徴があれば種族の相性が悪くてもおそらくパーティーを組んでいただろう。でも、2人とも開拓者に成り立てで他の人に誇れる特徴は自分の種族の能力しか持ち合わせてなかった。もし誇れる特徴があるとしても本人がそれに気がついていない状況だった。
ミヨ族とソハ族以外の開拓者志望がこの場にいて2人の話を小耳に挟んだら、よだれを垂らして食いついてくる不届き物になってもおかしくない。しかし、今ここにいる、仲間を探している開拓者はユイナとラニータだけだった。
◆
「うーん……ちょっと酔っ払ったかも。酒場にずっといると酔っぱらちゃうね。」
「ふふっ、それはあたりまえですけど、何杯目なんですか?」
「えっと、たぶん3?4かな?」
気が緩んだせいかユイナは一気に酔いが回ったのを感じている。
「ラニータさん、明日行っちゃうんだよね。お見送りはするよ。」
「はい。もしまた会えたらよろしくお願いしますね。種族の相性はともかくユイナさんとは楽しく旅ができそうです!」
「うん!わたしもそのうちセイグモルドに行くから会えるかもしれないよ!」
さっき出会ったばかりの少女たちはすっかり仲良くなって肩を寄せ合って麦酒を飲んでいる。
「そうだ、ユイナさん、宿は……、あっ、ミヨ族でしたよね。ってことはもしかすると……」
「うん。転移で家まで帰れるか試してみる。なんか……ごめんね。」
「それはしょうがないですよ。種族の能力ですし。そうだ!もし再会してお互いパーティーに入れてたらお休みの日を合わせてユイナさんの故郷に連れてってくださいよ。」
「もちろんだよ!」
単なる社交辞令になる可能性がほぼ100%だってことはわかっているけれどそれでもユイナはラニータの申し出にほほを赤らめて甘えるようにラニータに寄っかかる。
◆
「そろそろお開きにしよっか。明日出発だもんね。」
「そうですね。今日は楽しかったなぁ。故郷を出てから1番楽しかったかも。」
「もっと楽しいことこれからきっとたくさんあるよ。がんばろうね。」
「うん!一緒じゃないけどがんばろう!」
酒場の会計を済ませて手を振って2人はさよならをする。
ユイナはラニータの宿の場所を聞いて明日訪問することを約束する。
「さーて帰りますか。」
ほんのり酔っぱらった体を夜風で覚まして町から指定されている転移場所に向かう。
「転移!」
◆
「ただいまー!ごはんは!?………ああ、そうだよね。わかってた。」
ユイナが家に帰ると食器は片づけられて家族は思い思いにくつろいでる。
「あれ?お姉ちゃんうまくいったのかと思ったのに……今日は見つからなかったんだね。」
「てっきり初日に運命の出会いをして何年か後に子供連れてくるかと思ってたよ。」
「そんなわけないでしょ!開拓者なんだから!」
「まぁまぁ、ごはんはないけどお風呂は入るでしょ?ってあんた酔っぱらってる?お酒臭いよ。」
「しょうがないよ。ずっと酒場で粘ってたんだもん。」
「ほどほどにね。」
開拓者生活事実上の初日。ユイナは運命の出会いをしそこなった。
そして家を離れて開拓者になる道を選んだはずなのに、今日も慣れ親しんだ布団の中でぬくぬくして眠りに落ちる。
ただ、夕食が干し肉と乾パンになってしまったのは残念。明日は早く帰ってくるぞ!
ユイナは開拓者になる気があるのだろうか……
◇
「お父さん、お母さ……」
「いってきまーす。お姉ちゃん今日は早く帰ってきてね!」
「はい、いってらしゃい。」
旅立ちの挨拶をしようとしたのに……
お父さんやお兄ちゃんはともかくコリーヌにまでスルーされてしまった……。
スルーされてもしょうがない。開拓者って言いながら毎日家でごはん食べてお風呂入って寝てるんじゃ……。
「それじゃ、わたしも行ってくるね。」
「いってらっしゃい。夕ご飯家で食べるときは早く帰ってくるんですよ。」
「うん。ありがとう。」
昨日酒場でお話ししたラニータさんは、もう何か月も家に帰らずに毎日宿で食事をして寝てを繰り返してるんだなぁと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、それができてしまう以上しょうがない。
やっぱり楽で快適な生活からはなかなか抜け出せるもんじゃない。
そこから抜け出したくて開拓者を目指したわけじゃないし……
そっかぁ、逆にパーティーにならなかったからラニータさんを連れてきてもよかったかもしれないな。でもなぁ。わたしだけこんな快適な生活してるって思われるのも……
そんな葛藤を抱えながらも今日も「開拓者の最初の大事なお仕事」に向かう。決して飲んだくれるために行くわけではない。
「転移!」
当たり前だけど初日のような高揚感は無い。ただ、自分の力でケイルからニームクメに転移するのは初めてだったってことに転移してから気が付いた。
ラニータの泊っている宿に行き、(しばしの?)別れの挨拶を済ませたあとぶらぶらと町を歩いて何か変わったものが無いか探している。
「そういえば昨日帰るときも別にきつくなかったなぁ。能力上がってる?いやいや、お花畑の時きつかったからなぁ。でもあれは3人転移したからかも。うー。やっぱり昨日ラニータさんと一緒の転移、試した方がよかったかも……」
ぶつぶつ独り言をつぶやくのも板についた来た。酒場に行くにはまだ早い時間なのでニームクメの町を一回り散歩する。
◆
「忙しいところすいませーん。ちょっと聞きたいんですけどいいですか?」
「ん?なんだよ嬢ちゃん。見ない顔だね。」
「わ、わたし開拓者なんです。まだ開拓者志望ってところですけど……。もしさばいた獣の肉を持ってきたらここで買取してもらえますか?」
観光に来た時には用がなくて気が付かなかったお肉屋さん。そこそこ大きな町だから何件かあるうちでなんとなーく声をかけやすかったお店で聞きたいことを聞いてみる。
「うーん。開拓者に限らず買取はやってるけど……、えっと、嬢ちゃん、気ー悪くしたらごめんな。
さばくの上手かい?」
「?上手???って、えーっと……、ごめんなさい。住んでるところでは近所の人に買ってもらうことはあるけど上手とか下手とかは言われたこと無くてわかんないです。」
「そっか。だったらさばいたのを一度持ってきてくれる?もしうまくさばけてなかったら買取できないかもしれないけどその時はごめんな。
毛皮なんかは雑貨屋で買ってくれるけど毛皮の方が上手にさばけてないとなかなかねぇ。変なところに傷ついてたら終わりだからね。」
「そうなんですね。ありがとうございました!」
大きな町ってやっぱり違うんだなぁ。専門でさばいている人もいたりするのかも。そういう人みたいに上手にさばける自信はないなぁ。
店先から立ち去ろうとすると。
「嬢ちゃん!嬢ちゃん!あんたせっかちだね。」
小太りのおっちゃんに笑い声交じりで呼び止められる。
「さばいてない獣だったら確実に買えるからね。上手にさばいて肉と毛皮をばら売りするよりは安くなっちゃうけど売れないよりはその方がいいだろう?」
「えっ?そうなんですか?だったらそのまま持ってこようかな♪」
「おいおい、楽しようとはしなさんな。開拓者なんだろ?嬢ちゃんの腕前が良ければ高く買えるんだからまずはさばいたの持ってきな。それを見た後ならさばく前のも買い取ってやるよ。」
「わかった!ありがとう!」
ラニータさんが身につけていた装備品なんかは自分で作ることはできないし、今は仕留めるのとさばくのとで共用のナイフを数本持っているだけ。予備はあると言っても今後大きな獣を仕留めなきゃならなくなったときに行き詰まるのは見えている。
食べることには困らなくてもお金を稼ぐ手段は用意しておかないと、開拓者を目指していたはずなのにすぐに家に帰ってくるというとっても恥ずかしいことになりかねない。
稼がないと!
「とはいえ、まだお金もあるし今日は酒場で粘ってみようかな。」
酒場の扉を開けると
「いらっしゃーい!あっ、昨日の席空いてるよ。今日も麦酒でいいの?ナッツもつけとく?」
さすがプロ。2回目なのにすっかり顔を覚えられていた。