005 初めての告白
「よし!入ろう!」
ユイナは引き締まった表情で大人への扉を開く。
「ギー」
っという重厚な音がするのかと思ったら……
「カランカラーン」
「いらっしゃいませー。何人?」
「あっ、あの、ひとり……です。」
「だったら適当に座って!うーんカウンターよりテーブルか窓際の方がいいと思うよ!」
元気な酒場のおねーさんにてきとーな案内をされる。
カウンターにはしっかりした装備をしている強そうな人たちが座っていて、テーブル席では3人、4人、5人、あるいはそれ以上のグループが座って酒を飲んでつまみを食べながら話し合っている。
今日はここにしよう……
両脇に誰も座っていない窓際の一人席。外からは店の中は見えないのに店の中からは表の通りがよく見える。
「ご注文は?」
「む……麦酒……ください」
「はい!麦酒1杯いただきましたー」
「あいよー!」
この世界の酒は主に2種類である。1つが今ユイナが頼んだ麦酒、もう1つはぶどう酒だ。
ぶどう酒の方が甘くて口当たりがいいのだが酔いの周りが速い。値段はぶどう酒の方がちょっとだけ高い。
ユイナが酒場に来た目的はお酒を飲むためではなく仲間になりそうな人を見つけるため。
家でちょこっと飲む程度だったのでそれほどお酒に慣れていないユイナは麦酒1択。
ケイルでは大人でもみんな麦酒を飲んでるけど、町で飲むのはおかしいと思われない?、田舎のお酒を飲んでるって笑われたらどうしよう、そんな余計なことを考えてしまい一瞬注文を躊躇した。
「はーい!おまたせー。ゆっくりしていってね!」
そんなユイナの心配は杞憂に終わり、元気なおねーさんが取っ手付きの陶器に注がれた麦酒を持ってきてくれた。
「ふー……、なんか大人になったって感じー。乾杯!」
相手もいないのに乾杯するふりをして、生まれて初めて酒場でお酒を味わうユイナだった。
◆
「すいませーん。麦酒おかわりくださーい。あと………、これも」
「はーい!麦酒1杯とナッツね!」
何か食べるものが無いと間が持たないけど酒場のつまみメニューはユイナが知らないものばかり。難しそうな名前のなにかを適当に指さして注文したらただのナッツだったらしい。
なんでこんなわかりづらいことをするんだろ?と思ったけど気にしないことにした。
「酒場って人の出入り激しいんだなぁ。」
酒場に入ってから1時間ほど、店内はもちろん窓から見える人波にも注意をはらって仲間になりそうな人を探しているがなかなか見つからない。
「まっ、そう簡単に見つかるもんじゃないよね。なんか仲間になれる人とはお互いピピっと来るって言ってたけどどんな感じなんだろうなぁ。」
客は入れ替わっているが、だいたい座る場所で傾向があることがわかってきた。
カウンターに座るのはベテランっぽい人たちと地元の人たち、テーブルを囲んでいるのは開拓者のパーティーらしき人たちかやっぱり地元の人たち、ユイナと同じように窓際に座って一人ちびちびやっている人は地元のお年寄りが多そうだ。
つまり、開拓者という存在は酒場の中で大多数を占めているってわけじゃないってこと。
数少ない開拓者っぽい人を見つけても、みんなパーティーを組んでる人たちばかりでピピっと来るどころか声を掛けることができそうな人には1人も巡り合えていなかった。
「さすがに1日で見つかるわけないかぁ……まぁそうだよね!これが当たり前!」
期待が諦めに代わったが、開拓者として最初の仲間を見つけるのに何か月もかかったとかいう話も聞いていたからあまりショックは無い。
「よし!もう1杯だけ飲んだら今日は終わりにしよっと。酔っぱらちゃうし。
すいませーん!おかわりくださーい!」
「あいよー!」
もう酔っぱらってる。
酒の力も手伝って注文の仕方もだんだんと板についてきた。
酒場にいるお客さんの中にはユイナをちらちら見る人もいるが、仲間になりそうか値踏みするというより、新米の開拓者だってことを察して微笑ましく見られているようにユイナには感じられている。
「そうだ。夕食頼んでるんだった。」
酒場で腰を落ち着けること数時間。そろそろ転移しないと夕食を食べ損ねるかなと切り上げようとしたその時。
カランカラーン
「いらっしゃーい!あっ、お久しぶり!今日は……おひとりね。ごめんごめん。適当に座って。」
酒場に入ってきたのはユイナよりもきれいな長髪に胸当ても装備した女の子だった。
◆
「うわー……」
思わず声を出してしまい、そのあとの「きれいな人」っていう言葉をかろうじて飲み込んだ。
酒場にいる他の客の反応を見てみると……思ったのと違う。
女性はともかく男性はとりあえずご機嫌とりで軽く会釈くらいはするのかと思ったらちらっと見ただけで無反応である。
「あら?、あなた……初めましてぇ……ですよね?」
うわっ!いきなり話しかけられたよ!なんかめっちゃドキドキする!これがピピってくるってやつ!?初日に!?
「ど、どうも。初めまして。」
あっちゃー!なんか思ってたのと全然違う!わたしだめだめだよ!どーもじゃないっしょどーもじゃ!
声をかけてくれた女の子はテンパってるユイナを優しく見つめている。
これって憐みの目じゃないよね。違うと言ってほしい……
「失礼しました。わたしラニータと申します。開拓者志望です。」
「こちらこそ失礼しました。わたしはユイナといいます。ラニータさんと同じ開拓者志望なんです。
ラニータさん、装備がすごくしっかりしてるんでもう開拓をしているのかなって思いました。はー……すごく緊張しました。」
同じ志望者だということがわかって一気に気が緩んであっという間にいつもの調子に戻ってしまう。
「わたし、狩りが苦手なんで装備が無いと不安なんですよ。ユイナさんは装備無しってことは狩りは得意なんですか?」
「いやいや、そんなことは無いですよ!実は今日初めて酒場に来たんです。ラニータさんと同じ志望者なんていうのも失礼だったかも。そっかぁ……装備も整えなきゃ……お金かかるなぁ……」
「そうなんですよね。わたしは故郷でお金をためてから装備を売ってるこの町に来てすぐに買ったんですけど、今の実力だとせいぜいウサギ1匹でもへとへとなんです。武器も防具も頼りなくって。ウルフ見たら一目散に逃げます。」
「あはは!わたしと一緒!ウルフ、強いですよねぇ。ちょっと高く売れるけど……。
わたしもまだウサギしか狩れません。ウルフは大人たちが狩りをしてるのを遠くから見学したことがあるだけです。
わたしの故郷って田舎なんで子供のころからみんな装備なしで狩りをしてるんです。ウサギはすばしっこいから捕まえるのは大変だけど防具無しでも大けがすることはめったにないですから。」
「へー、そういう場所もあるんですね。やっぱり知らない人とお話しするのは楽しいです。」
ユイナが装備なしである程度狩りができる理由はたしかにそれなのだが、そもそもそういう狩りができる理由は言うまでもなく「ミヨ族だから」である。
転移を使えれば危なくなったらすぐに退避できる。だから非力な子供でもちょっとだけなら危険を冒すことができる。誰に言われたからということはなくそういうものだと子供のころから自然に思っていた。
◆
「わたし、故郷を出てから2か月になるんですけどなかなか仲間が見つからなくて……。しばらくこの町を離れて別の町に行ってみたんですがやっぱりだめ。ニームクメであと1泊だけしてセイグモルドを目指そうかと思ってたんです。」
「そうなんですね!わたしは今日が初めてですから本当はいろいろ教えて欲しかったんですけど邪魔はできないです。」
「邪魔だなんてそんな……。こうやってお話しできるだけでもうれしいです!」
ラニータが頼んだ麦酒も届いて窓際のカウンターで2人で話し込む。
「あの、もし……その……相性が良かったらセイグモルドまで一緒にっていうのはありですか?」
開拓者のマナーとして相手の種族をすぐには聞かないというものがある。能力目当てで「XX族ならだれでもよかった」というわけではないということを相手に示さないと失礼という理由だが、今のユイナはそのマナーをしっかり守って、というより見知らぬ人に「何族ですか?」と聞く度胸が無いだけである。
「そうですね。相性が良ければ……ですよね。」
「はい……」
「やっぱり相性って大事なんですか?」
「あっ、わたしまだ仲間ができたことないんでそんなにわからないんですけど……、今までいろいろな人とお話してみてやっぱり大事だなって思います。
種族の相性はもちろん大事ですけれどそれ以上にいつも一緒にいても苦にならないというか楽しいっていう相性が大事みたいです。
わたしの場合どっちかの相性はいいっていう人はいたんですけど両方合う人は今までいなくって……」
「そうなんですね……。やっぱり難しいんですね……。ありがとうございます。勉強になります。」
会話が途切れ2人の少女はうつむいてしばらく考え込んでいる。
「あっ、あの!あの!わたし!」
先に口を開いたのはユイナ。今まで生きてきた中で一番の勇気を振り絞って。
「わたし、ミヨ族なんです!転移できます!」