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004 大人への扉

 


「転移!」



 笑顔で見送る母と妹の前から3人が消え、次の瞬間ユイナが昨日到達したお花畑に3人の姿があらわれる。

「うまくいったな。上出来だ。」

「開拓者になるんだからこのくらいできて当たり前だよな。」

 なんのかんの言いながら父も兄もうれしそうに笑っている。



 しかし……



「う、うまくいってよかったけど……、なんかごっそり持ってかれた感じ。なに持ってかれたのかよくわかんないけど……とにかく持ってかれた……。この感覚、超久しぶり……」

 当のユイナはハァハァと荒い息をついて花畑にへたり込んでしまう。

「いきなり3人はきつかったか。まぁきついことしないと能力伸びないからしょうがないぞ。」

「ほら、ゼシュシモ。しっかり噛めよ」

「うげー……、この味苦手だけど……。しょうがないよね。お兄ちゃんありがと。念のためもう1枚いい?」

「お前自分でも持ってるだろ?」

「あっ、リュックに入れたっけ。どこ行っちゃったかなぁ。」

 文字通り苦虫をかみつぶした顔でくちゃくちゃとゼシュシモ、この世界ではほとんどの場所に大量に自生している能力を回復させる効果がある薬草のことだ、を噛んでると徐々にユイナが元気を取り戻す。



「それじゃ今夜も夕食はうちでな。今日中に谷を抜ければ明日の午後にはニームクメに着けると思うから。前にも言ったけど今日の道はきついぞ。覚悟だけはしておけよ。」

「うん、わかった。ありがとう。畑仕事がんばってね。」



「転移」



 父が唱えると父と兄の姿はユイナの目の前から消える。

 ダメージが回復しやる気がでるまでしばらくの間休憩をしている。

「ふー、落ち着いた。それじゃ行きますか。この距離3人でこれだけきついんだ。バランス取れたパーティーだと4人か5人は必要なんだよねぇ。

 しかももっと遠いところを転移しなきゃならないんだよな。頑張んなきゃ!」

 リュックのひもを握りしめて渓谷の道を川沿いに下っていく。




 ◆




「いつまでたってもやまのなかー」

 最初のうちは初めて見る景色に瞳を輝かせていたのにだんだんと死んだ魚の目になってくる。

「長いとは聞いてたけどここまで長いんだぁ。いやいや、こんなことでめげてたら!開拓者なんだから道があるだけまし!

 道が無いところに道を作りながら進むんだから!」

 開拓者のみんながみんな未開の土地を切り開いているわけではない。街道からさほど離れていない、それこそケイルの町より街道に近いところに拠点を作って発展させ、ゆくゆくは街道自体もその町を通るようにすることを狙うものだっている。

 他の種族よりも圧倒的に移動が簡単にできるミヨ族の中で育ったユイナは勘違いしていた。開拓者は未開の土地を見つけて開拓するものだと勝手に思い込んでいた。



「抜けた?抜けたよね、うん!やっと抜けたー!おー!平らだぁ!ヒャッホー!!」

 誰もいないのに無意味に大声で叫んでしまう。誰もいないから恥じらいもなにもない。

「よーし!今日はここまでにしよっと。どのくらい歩いたのかなぁ。昨日と同じ?もうちょっと歩いたかな。まぁいいや。転移!」




 ◆




「飽きたよ。飽きた。もうあそこ歩きたくない。」

「おまえ、それミヨ族以外に絶対言うなよ!あの道を通ってここに来てくれる人多いんだから。」

 もしかすると家族全員がそろっての最後の夕食になるかもしれないというのに緊張感のかけらもどこにも見当たらない。

「きついうえに景色が変わらないんだもん。川沿い下るじゃんー。道曲がるじゃんー。川沿い下るじゃんー。道曲がるじゃんー。ただそれだけー。ずーーーーっとそれだけー。」

「開拓者の中にはそういう道が大好きっていうのもいるらしいぞ。平らなところ歩くのが退屈でたまんないんだとさ。」

「それ、聞いたことあるけど絶対変態だよ!そういう人とは仲間にならない方がよさそうだなぁ。」

「それは誰にも絶対言うなよ!」

 ユイナは川沿いの道でかなりのダメージを負ったようだ。



「あのさぁ、コリーヌ、久しぶりにお姉ちゃんと一緒にお風呂入って……一緒のお布団で寝ない?」

「それ、昨日もまーーったく同じこと言ってたよね……まぁ今日が最後かもしれないしいいよ。久しぶりじゃなくて昨日ぶりだけど。」

「ありがとう!」

 連日繰り返される茶番に開拓者になる娘を決意を持って送り出すはずの家族もすっかり無表情になってしまっている。




 ◇




 翌朝。いつものように家族で朝食を取ったあといつもとは違うお見送りになる。

「お父さん、お母さん。お兄ちゃん、それにコリーヌ。今までありがとうございました。」

 ユイナの頭が下がり束ねた長髪がさらっと落ちる。

「とにかくまずは仲間だ。でも焦りは禁物だぞ。相性がいい種族だからって飛びついたりするなよ。いい仲間が見つかるように祈ってるよ。」

「そればっかりは祈るしかないからね。とにかく元気でね。狩りはほどほど。食べていければいいんだから。」

「無茶なことするなよ。仲間ができてから無茶すると仲間も巻き込むんだからな。」

「さみしくなっちゃうけどわたしもがんばるよ。お姉ちゃんもがんばってね。」



「みんな、本当にありがとう!行ってきます!」

 家の外に出て転移を……しようとしたところで振り返る。



「もし今日仲間見つからなかったら早めに帰ってくるから夕ご飯お願いしていいよね?」

 ……台無しである……




 ◆




「転移!」



 ユイナが出現したのは狭い渓谷から平原に出たところ。森と草原が混在するところを道がまっすぐに続いている。

「まだ下り坂なのかぁ。ケイルに来る人はこれ登ってくるんだよね。もしかすると登りの方が飽きないのかなぁ。」

 ケイルからニームクメへの道を歩く人は川沿いを下る人より川沿いを登る人の方が圧倒的に多い。ニームクメでケイルに転移できるミヨ族の人を見つけるのは難しいが、ケイルからニームクメに転移できる人はユイナの父も含めてたくさんいる。

 希望する旅人がいれば一緒に転移をすることも多い。そしてそれはケイルの人たちにとってはちょっとしたお小遣い稼ぎにもなっている。



 単調な道だけどこの道をたどれば町が近づいてくることはわかっていてからモチベーションは高い。

 高いはずだったのだが……

「なんかこの道、ごろごろした石が多いよ……歩きづらい……。そういえば川どこいっちゃったんだろ?」

 今歩いている道は傾斜は急だが整備をされているので目立たないが、道を外れると石ころ交じりの荒い砂の土地が降った雨を地下に浸透させてしまっていることをユイナはまだ知らない。

 さっきまでユイナと連れ添っていた川の水もそのほとんどが地面に浸透してしまい、街道から離れたところを細い流れで下っている。



 休憩を取りながら歩き続けること半日。

 道の両側の景色には森と草原に畑が混じるようになり農作業をする人もちらほら見える。

「みんなも今頃がんばってるんだろうなぁ。一人減っちゃって大変かもしれないなぁ。」

 ケイルに残してきた家族に思いを馳せるが、すぐに仲間が見つからなければ今夜もまた昨日までと同じく一緒に食卓を囲むわけで思わず涙するようなことは無い。



「あっ、あっ、あれって!あれってあれだよね!やっとついたーーーーーー!」

 道の向こうに家並みが見える。とりあえずの目的地ニームクメが見えてテンションが上がりまくりだ。

「ニームクメ久しぶりだなぁ。おいしいお店もいーっぱいあるんだよね。でも今は我慢。節約しなきゃ。いや、ちょっとだけ我慢だね。頑張って歩いてきたんだから!」

 ニームクメには家族で何度か遊びに来たことがある。父が転移で全員を連れて来てくれた。ケイルとは比較にならない大きな町だ。

「モザンドの方がきれいだけどわたしはニームクメの方が好きだなぁ。ちょっとごちゃごちゃしてるのが逆に好き。」

 独り言も板についてきた。一人旅にもずいぶん慣れてきたようだ。




 ◆




「おー……。ここがニームクメかぁ。お父さんの転移で来るのとは何か全然気分が違うなぁ。違う町に見えるよ。」

 それはただの気の持ちよう。でも、ユイナにとっては自分の力で他の町に足を踏み入れる初めての体験だ。

 周りの人たちがちらちらとユイナを見て、何かを察したように生暖かいまなざしを向けてくる。

「そうだ。まずは酒場だね。酒場。酒場……。うー……緊張するぅ……何件もあるんだよね。どの酒場にするかで運命決まっちゃうかもしれないんだなぁ。」

 この世界では成人しなくてもお酒を飲むのは普通だが、酒場に入れるのは成人してからと決まっている。そしてケイルには酒場は無い。ユイナが成人してからケイルを出るのは初めて。

 つまり……



「どっきどきの酒場デビュー……」

 今ユイナは、なんとなく、という勘で決めた酒場の前に街中での彼女にしては非常にレアな緊張した表情で向き合っている。

 酒場の扉、それはユイナにとって大人への扉でもある。



意識して読んでくださっている方がいらっしゃるかわかりませんが、明日から更新時刻を日によって変更してみることにしました。

明日は18時にしてみます。

1日1回更新は続けます。

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