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032 本屋さん

 

 現品限りの処分品超お買い得な毛皮(ただしケモミミフード付き)を手に入れた2人は今日もごきげんだ。

「いたっ!行くよ!」



 ザシュッ



「よっしゃー!また一撃!」

「ぜったい上達してますよ!一撃ばっかりじゃないですかっ!!」

「うーん、だったらいいんだけど、たまたまかもしれないよ。えっ、あそこにも、転移っ」

 メルリーと出会ったばかりの時、3日通って1匹も狩れなかったニームクメ北側の狩場でユイナは暴れまくってた。

「ユイナばっかりずるいですっ!わたしも動かないと……」

「うん、あっ、ほら、またいるっ!今度はメルリーやってみてっ!」

 メルリーも苦手だけど狩りをして体を動かしていた。



 毎日おいしいものを食べておいしいお酒を飲んでという生活をしているとだんだんと体が重くなってしまい、これではいけないとがんばっているのだ!

 ニームクメは暖かいので毛皮は着ていないが、毛皮を着て狩りをすれば汗をかいてもっと効果があるのかもしれない。



「ふー、えっ!もう10匹!?」

「ですね。これ以上狩るとおじさまも困るかもしれません。」

「涼しいのに汗だくだよ!お宿でお風呂貸してもらえるかな?」

「聞いてみましょう♪お掃除もしているだろうし無理を言うのはやめましょうね。」

 狩場から町までも転移を使わずに歩いて移動している。それもわざわざ遠回りをして移動している。これも開拓者としての修行……、ではなく、重く感じる体を少しでも軽くするために2人なりに工夫をしているのだった。




 ◆




「こんなところあるんですね。ずっとニームクメにいたのに知りませんでした。」

「あのお宿だと必要ないもんね。お風呂無しの宿屋さんに泊まっている人はここに来ていたのかも。」

 2人が服を着ているようには見えない。嘘つきには服が見えないだけ?



 別に変態になったわけではない。ただ、公衆浴場に来ているだけだ。

 お宿のお風呂は案の定掃除中だったが、ここを紹介された。そんなにお手頃価格というわけではないが、今の2人にとっては余裕である。

「昼間っからお風呂ってさ、なんか勝ち組って感じ~」

「「勝ち組」って、あなた……」

「このあと、どーする?」

「夕食にはまだ早いですし、お酒、行きます?」

「おっ、いーねー。いこいこ♪ねぇ、今日は窓際に座らない?」

 狩りで軽くした体をまた重くすることに余念は無い。



「明日はセイグモルドで泊まろっか。」

「気がつくとここかワウイに泊まっちゃいますもんね。寒さにも慣れなきゃいけませんよね。」

 冬が訪れたセイグモルドは朝夕は冷える。お酒の力も借りられる夜はともかく、もともと朝に弱いユイナはよっぽど気を付けていないと楽な方楽な方に流されてしまう。




 ◆




「寒くなって来たね。」

「でも、このくらいじゃまだみんな毛皮は着ないんだね。」

 町を歩く人たちは厚着はしているがまだ毛皮やグローブまでは装備をしていない。

「もっと寒くなるってことですよね。」

「そうだよね。開拓者になるとここを拠点にする人が多いっていうけど……、やっぱり修行?」

「そうなのかもしれませんね。なんの修行かはわからないですが……」

 ユイナとメルリーもセイグモルドで仕入れた厚手の服を1枚余分に着こんでいる。

「これも毎日お洗濯しないと……」

 お店でつぶやいたメルリーが、お店の人に毎日洗うとすぐにだめになっちゃうから汚れたら洗うようにしてくださいと指導されていた。

 それでも2枚買っておくのはさすがである。ユイナも当然付き合わされた。



 別に決めているわけではないが、平均すると2人の今の行動はこんな感じである。

 セイグモルド泊⇒買い物、食べ歩き、情報収集⇒セイグモルド泊⇒買い物、食べ歩き、情報収集、ワウイに転移して飲み歩き、情報収集⇒ワウイ泊⇒セイグモルドに転移して買い物、食べ歩き、情報収集⇒セイグモルド泊⇒ニームクメに転移して、狩り、食べ歩き、飲み歩き⇒ニームクメ泊⇒狩りをして夜にセイグモルドに転移

 いちおうセイグモルドを拠点にしようとしているという意思はあるようだ。



「あっ、ここの本屋さん、すごく大きいです。入ってみましょう!」

「ほんや、さん?」

「本を売ってる店ですよ!知らないんですか?」

「うん、知らない……」

「そ、そっか。ユイナは知らないかもしれませんね。」

 ケイルの「学校」で読み書き計算という基本的なことは学んではいるが、教えてくれる人が手作りで教材を作っていたので、実はユイナは「本」というものを見たことが無かった。

 ケイルにも紙はある、というか産地であるモザンドから近いので、ニームクメはともかくセイグモルドよりも入手しやすいので貴重品扱いではなく消耗品として使っていたが、それが製本されている本は必要性がなかったためか村には1冊もなかった。

「わたしのこと物知りっていうじゃないですか。本を読んで見つけた知識がほとんどですよ。実際に自分でやって身に着けた知識って織物とか裁縫くらいですね。」

「ふーん……ヒツレング?って服とか袋とか布でできたものを作るのが盛んなんだよね。行ってみたいなぁ。」

「いつか一緒に行きましょう。家族を紹介したいです。あっ、話が変っちゃってる。」

 突然故郷の話に変わってしまい顔を見合わせて笑う2人だった。



「中も広い!すごいです!でも……広すぎてどこに何の本があるのかわからないです……」

「いやいや、入り口からもうなにがなんだかわからないよ。」

 ユイナは本に酔っていた。

「すいません。能力関係の本ってどのあたりにありますか?」

「ああ、それなら……、このあたりにまとまってますよ。」

 店員さんが慣れた感じで2人を案内してくれる。



 メルリーがパラパラとページをめくって

「この本、簡単で要点だけまとまっている上に私が知らないことも書いてあるみたいです。お金出しあって書いませんか?」

「うん!買おう!自分のもそうだけど他の種族のことももっと知っておかなきゃねっ!」

「なんどもすいません。町づくりの本は……」

「それはこの辺ですが、あんまり売れないんでちょっとお高めなんですよ。申し訳ありませんが中身の確認もご遠慮ください。言ってくだされば目次の控えを持ってきます。

 町づくりの本ということはお二人、開拓者さんなんですか?そうは見えなくて……、あっ、失礼しました。見た目で判断しちゃいけないですよね。」

 2人にとって、さほど負担にもならない安くて薄い本を買って開拓者になるためのお勉強も始めることになった。




 ◆




「セイグモルドの近くって狩場無いとは思わなかったなぁ。」

「うん。思ってたのと全然違ったね。」

「それに、冬は狩りをしないっていうのもびっくり!」

「獣のお肉、たっかいですよね。目玉が飛び出るかと思いました!」

 セイグモルドのすぐ近くには狩場は無い。周辺の村や町を拠点にしている人が地元でさばいたのを持ち込んだり、さばく前の獣を持ち込んだりして獣の肉を入手しているらしい。

 雪が降る季節になると周辺での狩りもしなくなり、ユイナとメルリーが通ってきた街道を使って比較的雪が少ないハタシ付近から持ち込まれる程度らしい。

 その代わり、周辺で飼われている飛ばない鳥の肉や、その卵が安い値段で売られている。セイグモルドで大量に消費してもらえるので大量に飼育しているとのことだ。

 乳を出さなくなったウシの肉も流通している。ユイナとメルリーにとってはトリやウシの方が目新しかったが、セイグモルドで暮らす人たちにとっては狩りで獲ったウサギなど獣の方が冬場はありがたいものに思えるらしい。



「わたしも全然知りませんでした。本を読むのも大事ですが、実際に来てみないとわからないことってやっぱりあるんですね。」

「本にも書いてないんだ……。もしかするとここの人にとっては当たり前だから誰も書く人いないし、別に食べ物が少なくなって困ってるわけじゃないから誰も気にしていないのかも?」

「そうかもしれませんね。なんにしても、冬の間、狩りはニームクメ周辺でしましょうか?」

「そうしよう!ハタシってウサギもいるけどウルフが多いって話だもんね。ワウイあたりだとイノシシも出るとか……。

 わたしたちだと逃げるだけになっちゃうかもしれないもん。」

 この子たちもただ食べて飲んで遊んでを繰り返しているわけではない。酒場で情報収集をしたり、本屋で新しい知識を得られそうな書物(薄いけど)を購入して勉強したりもしているのだ。



 たまには……。




 ◆




「メルリーの故郷って雪が積もったことあるの?」

「何年に1回か、ほーんのうっすら積もります。夜に降ることが多いんですが早起きしないと溶けちゃってます。」

「ケイルでもそんな感じだなぁ。ほーんとうっすらなんだよね。セイグモルドってどのくらい積もるのかな。不安なんだけどちょっと楽しみだったりしない?」

「ユイナも!?わたしもです。寒いのは心配だし、雪が積もるっていうのもどんな感じなのかわからないけれど、すっごく見てみたいなって♪」

「だよねだよねっ!早く雪、降らないかなぁ。」

 ワウイのいつものお宿、2人はお風呂でぬくぬくぬくぬくと暖まりながら初めてのセイグモルドの冬に思いを馳せていた。



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