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031 失敗作Get!

 

 その後の数日、朝は町を散歩。ゆっくり昼ご飯。午後は毛皮屋さんの物色とセイグモルドの町を堪能している。

「この町の近くには狩場はないみたいですね。」

「うーん。まだまだお金はあるけど、不安になっちゃうなぁ。」

「何日かに1度戻って1日狩りをするのはどうですか?」

「そーしよっか。ケイルに行くのはちょっと恥ずかしいからニームクメの北の狩場もう1度行ってみる?」

 新しい日常を彼女なりに楽しんでいるとセイグモルドの秋は少しずつ深くなっていく。




 ◆




「このお店、まだ入ったことないですよね?」

「うん、こっちはあんまり回ってなかったからね。」

 広いセイグモルドの町、情報もなく歩き回っていると思わぬ店に出合うこともある。

「いらっしゃーい。ゆっくり見てってね。」

 愛想のいい店員さんがそこそこ広い店内に迎えてくれる。

 ああでもないこうでもないといいながら物色していると

「違ったらごめんね。お嬢ちゃんたち、もしかしてセイグモルドで初めての冬を越すのかい?」

「はい!そうなんです。寒いから毛皮が必要って聞いていろいろなお店を見て回ってるんですがまだピンとくるのが無くて。」

「最低でも一冬は一緒に過ごす毛皮なんだから納得のいくもの買った方がいいよ。ピンからキリまであるしね。安いのは安いなりだけど中には気に入るのもあるかもしんないからね。

 お嬢ちゃんたちが気に入るのがうちにあるかどうかはわかんないけどじっくり選んでね。」

 店によっては全部の毛皮をチェックする勢いで物色している2人を疎ましそうにみることもあれば、店員にやる気がなく声もかけてこないところもある。もちろんこの店のように2人に声をかけてアドバイスしてくれるようなお店もある。

「どうせ買うならこういうお店で買いたいですよね。」

「うん。同感!!」




 ◆




「ねぇ!メルリー!ちょっと!これ見てこれっ!」

「なんか見つけましたか?」

 少し興奮気味のユイナがメルリーを手招きする。

「ほら、これ。なんかかわいくない?」

「かわいい、というか……変わってますけど……、うん、確かにかわいいかも。」

「ね、いいよね。それでね、お値段がねっ、ほらほら」

「……えっ????えーーーっ?????」

 2人は慌ててさっきの店員さんを呼んだ。



「ああ、これね。この辺は処分品なんだよ。えっと、正直に言うね。失敗作だよ。」

「「失敗作??」」

「そう、失敗作。普通なら売り物にならないから売らないで処分しちゃうんだけど、もしかしたらと思って引き取ったんだよ。だからここへんにあるのはみんなそんなには高くはないんだよ。」

「たしかに……、高くはないけど一番安いのに比べると少し高いですよねぇ。」

「ああ、下処理とか縫製はしっかりしてるからね。」

「そっか、そういうのもあるんですね。」

「こんなの仕入れてる店はうちぐらいかもしれないけどね。捨てるくらいだったら安くでもいいから売った方がお金にもなるし仕留められた獣も喜ぶんじゃないかってね。

 わたしね、こう見えてもセイグモルドに来る前は山の方に住んでて毎日のように狩りをしててイノシシなんてばったばったと……」

 おじさんの長話が始まるが2人は毛皮をじっくり見たり触ったりにおいを嗅いだりして本気モードに入ってる。



「あの、質問していいですか?これ、なんのためにあるんですか?」

「ああ、これね。初めてだったらこれもいいのかもしれないねぇ。

 この辺りはそこそこ雪が降るんだよ。積もっても数日で溶けるからたいしたことはないんだけどね。

 これがあると雪の時……どうなると思う?」

 おじさんはにやっと笑い

「「頭に雪が降ってこない!」」

「そうそう!まぁ、普通はこっちの帽子をかぶるんだけどね。ほら、これだと首の後ろ側も覆えるからね。マフラーも節約できる。」

「そうなんですね。これってわたしから見ると失敗作には見えないんですがどのあたりが失敗なんでしょうか。」

「おっ。もしかするとお嬢ちゃんラッキーかもしれないよ。失敗作扱いで仕入れたやつの中に成功作が混ざってることもあるんだよ。100着に1着あるかないか……だけどね。よし、ちょっと見てやろう。」

 わたしたちは運がいいかもしれない。

 そう思い始めている少女の目がキラキラ輝いてる。




 ◆




「えーっと、ああ、ここか!あーあ、失敗隠そうとしてもっとひどくなってる。こりゃだめだ。だめだめ、売り物にはならないね。これは一冬売れないかもしれないな。覚悟のうえで仕入れたからしょうがないか。」

 そんな2人の希望をおじさんの言葉は無残に打ち砕く。

「えっ。どこですか?どこが失敗??ぜんぜんわからない???」

「わたしにもわかりませんっ!」

「表だけ見てもお嬢ちゃんたちにはわかんないよ。ちょっと裏をみたり触ったりすればすぐにわかる。ほらっ、ここ。」

「「……あぁーーー……」」

 この一品を縫製した人は何を思っていたのだろうか。ブラックな職場で仕事中意識を失いかけていたのだろうか。それとも意識が高すぎるデザインをしてしまい誰にも受け入れてもらえなかったのだろうか?

 本来表を向いているはずの毛があるほうが、コートの中ほどの一角で内側を向いていた。

「これもそうだ。同じデザインだから同じ人が作ったのかもしれないねぇ。同じ失敗してるよ。表にもう1枚貼り付けてるから外からはぱっと見わからないんだよ。毛皮の無駄遣いだよな。素材自体は悪くないのを使ってるからめちゃくちゃ怒られただろうな。」

 隣にある同じデザインの毛皮も同じ状況である。

「あっ、あとな、これはお嬢ちゃんたちはわかんないだろうけど、このあたりとか……こことか。毛並みが逆になってるだろ?触ればすぐにわかるぞ。」

 2人もおじさんの真似をしてコートを撫でる。

「あっ、ほんとだっ!指が引っかかる!」

「ぱっと見はわからないだろうが雪が降ったら一発だ。引っかかってここだけ積もったみたいになっちゃうよ。」

「これってやっぱりあったかさも落ちちゃうの?」

「うーん……あったかさはそんなに変わんないと思うよ。こういう変わったデザインのは見栄えが良くないと売れないんだよ。あったかいだけじゃなくて見た目も楽しむものなんだから。うわー、ひでぇーーっ、同じような失敗作がサイズ違いで10着くらいあるぞ!」

 ちゃんと見てから仕入れろよ!と思ったが、処分品でめちゃくちゃ安く、ただ同然で引き取る代わりに事前確認NGだったりするのかもしれない。別の世界ではありそうな話である。別の世界のとある電器街だと保証なしで籠に入れられて爆安価格で売られていたりするのかもしれない。

「ちょっ、ちょっと待ってください。」

 店員のおじさんから離れた店の隅で2人のこそこそ相談タイムが開催される。




 ◆




「メルリー、どう思った?」

「正直、わかりませんが……デザインは気に入りました。

 それに手触りとかにおいは結構お高いのと変わらないのに安い毛皮よりちょっと高いくらいのお値段というのも……」

「わたしたち、いろんなところに行くとしてもこの町を歩くときは着てなきゃいけないんだもんね。慣れなきゃいけないのかもしれないけど安いやつのにおいは……わたしもちょっときついかなぁ。」

「1か月同じ服を着ていても平気だったユイナがきついっていうことはやはり相当なんですね……」

「いや、毛皮のにおいに慣れてないだけだと思う。って!その話もういいじゃん!今は毎日着替えてるんだからっ!」

「衝撃的でしたから……」

「それはともかく。どうする?買ってみる?」

「たぶんあの品質でこのお値段だと、このお店にある失敗作以外には無いでしょうね。」

「うん……もしサイズがちゃんとあったらおそろいのを買おう。どっちかが無かったら諦めるってことで。」



「すいません。試着させてもらっていいですか?」

「もちろんいいよ。あっ、一つ言い忘れてた。内側に毛が出てるとちくちくすることがあるんだ。みっともないけど丈夫な布で裏打ちすればまぁなんとかなるが……面倒だよ?」

「それで済むなら補修して売ればいいと思うのですが……?」

「だって失敗作だよ。誰が見てもわかるんだ。手間かけるだけ損ってもんだよ。買った人が勝手にやる分には構わない。裏打ちに失敗して水が漏るようになってもうちは関係ないからねw」

 毛皮の縫製は難しいという話をメルリーは聞いたことがある。縫い合わせるのは簡単だけど素人がやると針の穴で保温性や耐水性が台無しになるらしい。また、一度縫製した毛皮を再利用するには針の穴の部分を全部きれいに削ってからでないと同じ問題が起こるのでそんな手間をかけることはしないらしい。

 念のためだが、この世界では、という話である。別の世界でどうなのかはユイナもメルリーも店のおじさんも当然知ってるわけがない。



「うん、これを着て狩りとかは無理だけど歩く分には大丈夫!」

「わたしはこれがぴったりです。足元まであるからあったかいです。」

 黒に近いダークブラウンの毛皮を身に着けてご満悦な2人。安い毛皮のにおいは苦手なのにこの毛皮を着るとわざわざ襟元をくんくん嗅いで慣れない香りを楽しんだりもしてる。元は同じ成分かもしれないのに不思議だ。謎の加工技術である。

 ちなみに、ユイナが「狩りは無理」と言ったのは、彼女が敏捷性を武器にしているからだ。力を武器にしているタイプの狩人なら毛皮を着ていても問題なく狩りはできるのだろう。

「おっ、おじさん!これにします!!」

「ありがとう!いい買い物だと思うよ!嬢ちゃんたちにはこれからも来てもらいたいから少しまけとくよ。その代わりこれからもよろしくね。この品質だと何年かは持つだろうけど、ここに長くいると別のデザインのもたぶん欲しくなるからね。その時までにがっぽり稼いで成功作を買ってちょうだいね!」

「きゃっ!本当ですか?ありがとうございます!」

「ちゃんと手入れすれば長ーく使えるかもしれないよ。春になって洗うんだったら毛皮を洗うのが上手な洗濯屋さんも紹介するよ!」

 ただ同然で仕入れた毛皮がそこそこの値段で2着も売れた。店のおじさんはほくそえんでいた。しかも……



 実は、この毛皮屋のおじさんは2人のことを知っていた。転移騒ぎの時にあの現場を通りかかってた。

 セイグモルドの町でも目立っている2人が自分の店の毛皮を着てくれれば、うまくいけばいい広告塔になってくれるかも、などということまで考えていた。



 2人は格納で収納しないで買ったばかりの毛皮をうれしそうに抱えてセイグモルドの宿に戻っていく。




 ◆




 初めて行くお店で夕食をゆっくり食べて、初めて行く酒場でちょっとだけ(ほんとだよっ!by ユイナ)お酒を飲んで、お宿でくつろいでいる。セイグモルドでの決まった宿泊先はまだ決めていない。いろいろなお宿を試している。

「毛皮も買ったし……、あとはグローブとかもあった方がいいのかな。」

「まだ皆さん冬の服装じゃないからどういう服装かもわからないですね。そろそろ情報収集に本腰入れましょうか。」

 セイグモルドの酒場で開拓者っぽい人に話を聞いても寒くなる前に別の町に移動するという人が多かった。

 この町に来てまもない2人にとって、あきらかに地元に住んでるっぽい人たちが談笑しているところに話しかけに行く勇気はまだ湧かなかった。



「そうだ!忘れてた!さっき試着したときフードかぶらなかったね。」

「そうですね、忘れてました!」

「もう1回着てみようよ♪」

「はい♪」

 本当は今日買った服をもう一度着てみたいだけだったりするのだが……

「ユイナっ!ちょっ!それなに?」

「メルリーこそ!w」



 2人がフードをかぶると、試着では気がつかなかった突起物が2つついていた。

 イノシシなのかウルフなのかクマなのか……よくわからないけれど謎の獣の耳がフードには縫い付けられていたのだ。

「これかぶって町を歩くってことだよね……。」

「雪が降らなければいいんですよ!降らなければ!」

 このデザインの成功作がどういう需要を満たしているのか、2人にはさっぱりわからなかった。

 このわけのわからなさ、もしかしたら、失敗作として売られてきたんだけど、作った人にとっては成功作のつもりだったのかもしれない……。




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